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第15話

「……何だ、ありゃ?」


スラムからオーク部族が住む半迷宮へと向かう道すがら見かけた光景に、ウルは呆気にとられ立ち止まった。


スラムのゴロツキどもがたむろしている。

粗末ではあるが武装しており、その立ち振る舞いからして恐らく最近新たに迷宮に潜り出したにわか冒険者だろう。


そのゴロツキどもと親し気に談笑しているのは神殿騎士の一団だ。

鎧には至高神の聖印が刻まれており、迷宮巡回事業を担当している者たちではないかと予想される。


ゴロツキと至高神の神殿騎士が一緒にいて揉め事が起きていない時点でちょっと普通ではないのだが、そこまでならまだ説明がつかなくもない。例えばあのゴロツキどもが迷宮で怪我をして神殿騎士たちに助けられたとか。それで神殿騎士たちはその治療費の取り立てにやってきて、ゴロツキどもは表向きにこやかに下手に出ながら値下げ交渉を行っているとか。


だが問題はそこではない。


「…………」


目をこすり、俺は頭が沸いているのだろうか、と視覚と正気を同時に疑う。


そのゴロツキと神殿騎士たちに交じってオークの戦士が数名何やら話をしていた。決して険悪な雰囲気はなく表向き友好的に見える態度で。


しかもその一人は今まさに彼が会いに行こうとしていたエレオノーレだ。


──どうなってんだ……?


ウルは見てはならないものを見た気になり、慌てて建物の影に隠れ様子を窺った。


──ゴロツキどもが何かを渡してる。あれは……金と、食料……か?


神殿騎士たちに渡しているのは小さな布袋。雰囲気からすると恐らく金銭──冒険の過程で発生した治療費だろうか?


一方でオークたちに渡しているのは干し肉や乾パンなどの食料。オークたちに金銭を渡しても直接街で買い物をするのは難しいから、現物支給になるのは自然な形だ。


──いや、そうじゃねぇだろ。どっちか一方だけならまだしも、何で神殿騎士とオークが同時に……どういう状況だ?


オーク部族はスラムと繋がりを持っていて、用心棒や力仕事を引き受けて報酬を得ることもある。だがそれはスラムでも相応の上役から振られる仕事だし、あんなゴロツキ風情が関与することはほとんどない。ましてや神殿騎士とオークを同席させまとめて報酬を支払うなど、一体どう間違えばそんなことが起きるというのか。


遠目で見る限り揉めている雰囲気はないし、割って入る必要はなさそうだ。


話しかけて事情を聞いてもいいのだが──この時ウルはまるで妻の浮気現場を目撃してしまったような奇妙な罪悪感を覚え、エレオノーレたちに近づけずにいた。


「何コソコソやってるんですか?」

「──うおっ!?」


突然背後から話しかけられ、ウルは思わず変な声を出しのけぞってしまう。


「……いや、そんな驚かないで下さいよ」


声をかけてきたのは呆れた表情のリン。

彼女は驚き胸を押さえるウルと彼が見ていた場所を胡乱な目つきで交互に見やり、それだけで事情を理解したようだった。


「……ああ。確かにあれは初めて見ると驚きますよね」

「──へ?」


リンはうんうんと頷きながらエレナたちがいる一団の様子を見つめている。


「事情を知ってんのか?」

「ええ、まぁ……」


リンはウルに向き直り、口元に手を当てどう説明したものか少し考える仕草をし、口を開いた。


「一言で言うと──仲良くなったみたいです。あの人たち」

「────は?」


聞き間違いか、あるいは何かの隠語か──例えば人質を取っての交渉をリンたちの世界では“仲良く”と呼ぶのでは──と真剣に思考を巡らせるウルの反応を無視して、リンは淡々と説明を続けた。


「私たちが帝都でゴチャゴチャやってた時のことらしいので、私も隊長からの伝聞でしか知らないんですが……ウチの巡回部隊が迷宮で間違って亜竜の領域に踏み込んじゃった所をエレナに助けてもらったらしいんですよ」

「……ほう」


まさかそれだけで仲良くなったとでも?


「それで素直に感謝して終わっとけばいい話だったんですが、その後ウチのが恥の上塗りをやらかしまして。助けてくれたエレナに攻撃するわ、その余波で他の魔物を刺激してスラムのにわか冒険者を巻き添えにするわ、とにかく色々あったそうで……」

「………ほほう?」


何か思ったより話が大きくなったな。


「最終的にウチの団員と巻き込まれた冒険者数名が重傷を負って魔物の領域に取り残されることになったんですが、エレナがカナンさんたちに加えて自分の部族からも応援を呼んで彼らの救出に向かって、事なきを得たそうです」

「…………」

「で、そこまでされて亜人だ野蛮だの言えるほどウチの連中も頭が固くて恥知らずなわけじゃなくてですね」

「別に俺はそんなこと一言も言っとらんが──」

「助けられた巡回部隊のリーダーが『この借りは必ず返す……!』とか気持ち悪いツンデレみたいなこと言いだして、迷惑かけた冒険者の活動範囲を優先的に巡回したり、何度かサービスで治療したりしてる内に、コロッと絆されちゃったみたいで」

「…………」


──どうでもいいがこの女、身内のはずの教会関係者に少し辛辣じゃないか?


薄ら笑いを浮かべて語るリンへのツッコミを放棄し、ウルは改めて顎をしゃくってエレナたちを示し、疑問を口にした。


「……連中が顔を突き合わせても殺し合わずに済んでる経緯は分かったが、結局あれは何やってるんだ?」

「多分ですけど、一緒に迷宮潜って報酬を分配してるとこじゃないですか?」

「分配? 神殿騎士やエレナはまだしも──他のオークも?」


いくら多少仲良くなったとしてもわざわざ一緒に迷宮に潜る理由まではないだろう。ウルの疑問にリンは瞳に少しだけ同情の色を浮かべて続けた。


「ええ。あの人たちは──オークも含めて、この先どうなるか分かりませんからね。今のうちに稼げるだけ稼いで、色々と備えようとしてるみたいですよ」


それはつまりスラムの住人もオーク部族も、最悪の事態を想定して彼らなりにできる準備をしている、ということか。


「彼らほどじゃないにしろ、ウチの人間も今回の帝国の動きには不満を持ってますからね。だからっていうわけじゃないですけど、彼らの境遇には結構同情的で……アレも本来の巡回部隊とは別に、非番の連中が彼らの護衛を買って出たみたいですよ」

「……それであんな俺の目から見ても素人臭い連中がたむろってるわけか」


神殿騎士団が本気でフォローしてくれるなら、あんな素人同然の連中でも安心して迷宮に踏み込めるだろう。表情も明るいし、かなり利益が出ているのかもしれない。


「いくら借りがあるにせよ神殿騎士がそこまで親身になってくれるもんかね」

「意外ですか?」

「……正直」

「私もそう思います」


リンはあっさり認め、肩を竦めて続けた。


「ま、横暴な帝国上層部に対する共通の不満が団結させたって言うのもあるのかもしれません。私が知る限り、今回の内紛で唯一良かったと言えることですね」

「まとまるには敵が必要、か……」


ありふれた理屈だが一つの真理ではあるのだろう。

外敵のいない集団は内から腐敗し崩壊するものだ──今の帝国のように。


「…………」


ウルは先の見えない状況でそれでも団結し対抗しようとするエレナたちの姿に無言で目を細めた。


「……行かないんですか?」

「俺が割り込んだら変な空気になるかもしれんだろ」

「ハハ、確かに。ウルさん、ウチの連中から変な目で見られてますもんね」


言いづらいことをアッサリと言って笑うリンをジロリと睨みつける。


だが彼女はそんなウルの視線など今更気にすることなく、むしろ悪戯っぽくニヤリと笑って続けた。


「てっきり『俺はその辺りの事情聞いてないんだか?』とか、エレナ相手に拗ねてるのかと思いました」

「…………」


図星を突かれて黙り込む。

リンはウルをやり込めて心の底から楽しそうにケラケラと笑った。


「ま、詳しい事情を説明したら、心配かけて色々ウルさんに負担をかけると思ったんじゃないですか、エレナも」

「……かもな」


リンに言われるまでもなく、そんなことは理解している。


ウルは多少エレオノーレに対して過保護なところがある。彼女が教会関係者と接触を持っていると聞けば心配して色々首を突っ込んでいただろうことは想像に難くない。


カノーネの一件などでゴタゴタしていたウルを心配して、中々事情を話せなかったのだろう、と。


そして結果的にその判断は正しかったのだ。ウルが首を突っ込まなくとも、ウルが何かしなくとも、エレオノーレは立派に人の心を動かし、彼女の理想へと一歩近づいた。


自分が何かしなくても周囲は着実に変わっていく。自分だけが世界を動かしているわけじゃない。その当たり前の事実がやけに眩しく感じた。


──敵に……皇帝、王……商人……劣化、不足と人手………ん?


ゾクリと、降ってわいた荒唐無稽な閃きに身体が震える。


──あれ? ひょっとして、全部、どうにかなっちゃわないか……これ……?

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