第13話
状況説明を終えロイドがウルの自宅から立ち去った後、ウルたち一同はそのまま自然解散となった。
リン、エレオノーレ、カナン、エイダは今得た情報をそれぞれが所属する母体へと報告に向かい、カノーネとウルは自室に。
レーツェルも同じように宿に帰るのかと思いきや、ウルについてするりと彼の部屋に潜り込んできた。
「…………」
「ん? なに?」
シレッとした表情で首を傾げられるとツッコむ気も失せる。
「…………いや」
一人になりたくないタイミングもあるだろうとウルはそれ以上何も言わず、そのまま彼女の好きにさせ、自分は作業机で今考えている魔道具の図面を引く作業に取り掛かった。
その魔道具自体は実際に製作する予定はなく、ここ最近手慰みに描いてる代物だ。妄想好きの子供がノートの端に「ぼくのかんがえたさいきょうのしゅじんこう」の設定を書き連ねるようなもので、ウルは難しい問題に直面した時、こうした現実逃避に耽る癖があった。
全く荒唐無稽で実現不可能な代物かというとそうではなく、技術的・資金的問題をクリアすれば製作自体は可能なあたりまさしく”夢”であろう。
……まぁ、実際に同業者にこの図面を見せれば「どこの誰がこんなもん使うんだよ? 一発撃つだけで国が傾くぞ」と呆れられること間違いなしだが。
「…………」
「…………」
──シャー、シャ、シュー
部屋の中にウルが羽ペンで線を引く音だけが響く。
レーツェルはウルのベッドに腰掛けて、話しかけてくるでもなくジッとその様子を見つめていた。その視線が気にならなかったと言えば嘘になるが、それもしばらくすると作業に没頭して忘れていた。
「──ん……ん~!」
一時間──いや、日の傾き具合からするともっと経過したのかもしれない。ずっと座り作業をしていて硬くなった身体をほぐすように、ウルは大きく伸びをする。
その一息ついたタイミングを見計らったように、レーツェルがポツリと話しかけてきた。
「…………ねぇ」
「うん?」
そこでまたレーツェルは躊躇うように沈黙。ウルは急かすことなく待ち、彼女はたっぷり一分ほど間を空け再び口を開いた。
「これから……どうなるのかな?」
「ふむ……」
主語も目的語もないため何のことを言っているのか分からない──などと惚けるつもりはなかった。
「それは、犬ジイと迷宮のことか?」
「…………うん」
ウルはペンを机に置いて腕組みし、背中を逸らして天井を見上げながら考えるそぶりを見せたが、すぐに諦め溜め息を吐いた。
「……分からん。状況が複雑すぎる」
「だよね~」
放り投げたウルの態度を非難するでもなく、レーツェルは同じように溜め息を吐いてだらんとベッドに手足を投げだした。
「そもそも私ら一介の冒険者なわけだしさ。こういう国単位の話は正直手に余るどころか全体像の把握も難しいよね~」
「…………」
「皇帝もその弟も皇子も皆何企んでんのかよく分かんないし状況はどんどん動いていくし勝手にやってくれとは言いたいけど、街も師匠も巻き込まれて無関係じゃいられそうにないしさ~」
「……カノーネに関しちゃ、このまま皇子が引き下がってくれれば上手く収まるかもしれんだろ」
ウルが絞り出したフォローらしき言葉をレーツェルは鼻で嗤った。
「ははっ。心にもないこと言わないでよ。あの皇子がそう簡単に引き下がるわけないじゃん。もうここまできたら、実は最初からここまで織り込み済みだったとか真のプランみたいなの語り出しても私は驚かないよ?」
「……いや、そこは驚いとけよ。マナーとして」
そりゃそうだ、とケラケラ笑うレーツェルの様子に影を感じ、ウルは彼女が一番気にしているだろうことを尋ねた。
「犬ジイの様子は?」
「ん~……いつも通り。少なくとも私にはそうとしか見えない」
彼の立場を考えれば、その胸中がいつも通りなどと言うことはあり得まい。それはつまり、彼にとってレーツェルが本音を吐露するに値しない存在だということを意味していた。
ただそれは誰にとっても気の毒ではあるが、やむを得ないことだろうともウルは思う。まさか未熟な孫娘に、彼の数十年分の重荷を背負わせろなどと言える筈もないのだから。
「ただ弱ってるのは間違いない……と思う」
「だろうな。だけど、ただ弱ってしょぼくれてるような可愛げのある爺さんじゃねぇだろ。裏で色々対策を練ってるんじゃねーか?」
「……うん」
個人的に言えばむしろ心配なのは犬ジイが思い切った手段をとることだ。
以前彼はウルに無茶はせず自嘲しろと言ったが、それは言い換えれば最悪の場合は自分がことを起こすという意味なのでは、とウルは疑っていた。
「……実際、どうなると思う?」
「だから分かんねーよ」
ウルは即答しつつ、しかし可能な範囲で考えながら続けた。
「皇帝が獲るにしろオッペンハイム公が獲るにしろ、エンデ──というかこの迷宮が今まで通りじゃいられないことだけは間違いないだろうな」
「…………」
「今までエンデが自治都市でいられたのは皇帝含め特定の勢力が迷宮資源を利用してイニシアティヴをとることが望まれなかったからだろ。今まで帝国には明確な“敵”もいなかったから、それをどうこうする大義名分もなかったしな。だけどこれからは違う。トップの直轄領にされるのは避けられないし、迷宮そのものの管理も厳重なもんになるだろうさ」
そこでウルは一旦言葉を区切り、お手上げと言いたげに肩を竦めて続けた。
「──予想できるのはそこまでだ。どこまで迷宮の管理が厳格化されるのかは分からんし、冒険者ってもんがどう扱われるのかも分からん」
「…………」
「……ただ、今みたいに簡単に迷宮に出入りすることは難しくなるだろうし、犬ジイの動きを怪しむ人間も出てくるだろうな」
それがウルやレーツェルが懸念している部分。
犬ジイは迷宮に囚われた自分の妻を解放するために活動しているが、そのことは表向き秘匿されている。それは迷宮の正体が為政者に知られた場合、彼らがどのような反応を示すか予想がつかないからだ。
少なくとも真相を知った者がそのまま放置してくれるとは考えにくく、詳しい調査をということになれば迷宮のコアとなった彼の妻が調査対象として調べつくされ、実験動物のように扱われてもおかしくない。
そのため犬ジイは迷宮の守り人としてこの地に残り、妻と迷宮の真相に近づく者を排除してきた。
だが迷宮の管理体制が変化すればそうした活動は難しくなり、本人が迷宮に立ち入ることさえ難しくなってしくるかもしれない。
「逆に考え過ぎってこともある。上が変わっても迷宮の管理にまで手が回らんと放置される可能性もあるし、案外自治領主が頑張って今の体制を維持できるように交渉してくれるかもしれん。悲観的な想像はいくらでもできるが、実際どうなるかはなってみないと分からん」
「……まぁね~」
レーツェルも溜め息を吐いてウルの言葉の正しさを認めた。
「実際、帝国がきれいに二つに割れるって保証もないし、状況が二転三転してるから予測も全然当てにならないしね」
「まぁ、曲がりなりにも帝国の舵取りをしてきた連中だ。俺らみたいな政治の素人に先を読まれるようじゃ問題だろ」
「うん。オッペンハイム公や皇子が有能だってのは噂に聞いてたけど、それと渡り合ってる皇帝も実は結構凄いのかもね。周りに暗愚だの人の足引っ張るしか取り柄がないだの言われながら、結局のらりくらり今の地位を維持してるんだから」
「他の思惑もあってのことだから、どこまでが本人の能力かは分からんけどな」
「……いっそ、一番立場の弱い皇子を立ててエンデを独立させちゃう? 師匠の協力と引き換えならいくらか交渉もできるかも」
レーツェルは思い付きを口にするが、直ぐに自らかぶりを横に振って否定した。
「──いや、無理か。そんなことしたらエンデが戦争の火種になるだけよね」
「だな。それに皇族相手に交渉とか無謀にもほどがある」
ウルの言葉に「だね~」と頷き、レーツェルはぱたんとベッドに背中から倒れ込み天井を仰いだ。
「あ~……盤面の予測もできない、誰か動かしてコントロールすることもできない、か。何かこう、盤面をひっくり返すような何かがあればなぁ……」
それが出来ないことは口にしたレーツェルもよく分かっているだろう。
犬ジイやカノーネなら盤面を根本からひっくり返すことも不可能ではないし、それだけの力がある。
だが人としてそれだけはしてはならないと、先日犬ジイ本人から注意されたばかりだ。
もしそれが許されるとすれば──
「個人じゃなく、か……」
「え?」
「……いや、何でもない」
特別な何かではない解決策。そんなものが──




