第11話
冒険者として休業状態でも人は働かなくては食べていけない。
幸いにも今のところウルたちには当面働かなくても生きていけるだけの貯えがあったが、働かないというのは外聞が悪いだけでなく癖になる。堕落しないために労働は必要不可欠なものであり、ウルたちは皇子たちの情報収集に努める傍ら、各々個別に労働活動も行っていた。
カナンやエイダは所属しているクランから襲撃を受けるリスクの低い地上での仕事を回してもらい、レーツェルとエレオノーレもそれに付き合っていた。どさくさに紛れてカナンによる二人の取り込みが進行しつつあるのは如何なものかと思うがそれはそれ。
一方で、そこに関われないのがウルとリンだ。
ウルが女性専用クランの仕事に混ざるのは問題があるし、教会から派遣されているリンの役割はそのウルの監視。
その為、その日ウルはリンを護衛に連れ立ってスラムで顧問を行っている事業の打ち合わせに赴いていた。
「消臭剤や衛生用品とかの売れ行きは順調なんだが、やっぱり絶対的なパイが小さいというかこれ以上拡大するのは難しそうなんだよなぁ……」
「まぁ一通り街での認知もされた後だし、こっから先急激な拡大はね。でもペースは鈍っても着実に売り上げは伸びてますし、むしろ売上見込みが立てやすくなっていいんじゃないですか?」
製造現場での技術指導や問題点のヒアリングなどを終えた後、管理責任者の男と打ち合わせ。
ウルが帝都に言っている間に管理責任者が変更となっており、新たに犬ジイから派遣されたこの男はその期待に応えようと少し張り切り過ぎているフシがあった。
「高望みだってことは十分理解してるさ。ただスラムの雇用は今でも全然足りやしない。お前さんのおかげで冒険者稼業に手を出す人間も増えてきたが、それができる人間はまだまだ少数派だ」
彼の言うお前さんのおかげとは、ウルの働きで教会関係者が迷宮内を巡回し、治癒や蘇生を行うようになったことを指す。この活動により迷宮内の安全は飛躍的に高まり、冒険者の死亡事例が減っただけでなく、スラムの住人を中心に新たに冒険者稼業を始める人間も増えていた。
「そこで考えたんだが、前から少しずつ生産してた煙幕やらトリモチとかの冒険者向けの商品を増やしていかないか? 数だけじゃなくて種類も。こういうサポートアイテムが増えればもう少し冒険者になろうって奴も増えると思うんだ」
「う~ん……」
ウルは男の提案に腕組みして考えるそぶりをする。
そして「ちょっと外しますね」と耳打ちして出ていくリンに軽く手を振って応えてから男に向き直った。
「冒険者になりたがらない一番の理由は、“何となく”怖いからだと思うんですよ。迷宮内で使えるアイテムが増えたところで使わない人間に実感として伝わりはしないだろうし、冒険者になろうって奴は増えないんじゃないですかね」
「……だが、既存の冒険者の安全性が高まれば、そいつらを見て“これなら自分も”って思うことはあるだろう」
「それは迂遠すぎやしませんか? そもそもその手のアイテムはあくまで保険ですから。いくら値段を抑えてるとはいえ、使用前提で探索してたら浅層で活動してる冒険者なんてあっという間に赤字になっちまいますよ。リスクを負って赤字にしかならない冒険者の姿を見せるのはむしろ逆効果なんじゃないですかねぇ?」
そこでウルは一旦言葉を区切り、ジトリとした目で問いただす。
「というか──本音は?」
責任者の男はウルの追及に一瞬ウッとした表情になり、やがて観念した様子で口を開いた。
「……今はこんな情勢だろ? 治安や経済が乱れたら必需品以外の需要はどうしたって落ち込む。他にカバーできる札を持っときたいんだよ。冒険者向けの商品ならニーズが落ち込むことはないし、軍需物資としても転用できるんじゃないかと思ってな」
予想通りの回答にウルは天を仰ぐ。
別に男の意見はおかしなものではない。むしろ商売人として、部下を抱える責任者として、正しく問題に向き合おうとしているとさえ言えた。
「……言いたいことは分かりますが、少し先走り過ぎてるように思いますね」
「先走り過ぎてる、か?」
「ええ。このまま内紛が本格化すればそうなる可能性もありますが、まだそうなると決まった訳じゃありません。最悪、無駄な在庫や人員だけ抱えることにもなりかねませんよ」
「…………」
ウルに水を差されて、責任者の男は顔を顰める。
「だが商売ってのはタイミングだろう。予め準備しとかなきゃ他の連中に後れを──」
「それができるのはキチンとした資本のある大手だけです」
男の反論を遮り、ウルは冷静な口調で諭す。
「新興の商人が商売を潰す理由の一つが、調子がいいからニーズが見込めるからと足元を固めないまま勝負に出てこけることです。これは商売じゃなくてギャンブルです。本当に先行投資ができる商人ってのは、こけても立ち上がれるだけの備えが出来てる人を言います──が、俺らはそうじゃないでしょう?」
「むぅ……」
「ついでに言えば、このタイミングは他にも仕掛けてくる商人がいくらでもいますよ。別にすぐさま物が不足するってことはないでしょうし、それなら俺らみたいな信用のないとこじゃなく、真っ当な商人から買うでしょ。俺らの商売はその需給の状態を確認してからです」
ウルの言葉に責任者の男はしばし難しい表情でうなり、やがて気落ちした様子で溜め息を吐いた。
「……はぁ。ま、そうだよな。俺らは所詮スラムのどぶさらい、か」
ウルは急に落ち込んでしまった男に苦笑し、フォローを入れる。
「いざとなった時に製造に取り掛かれる備えだけはしときましょう。ただそれにしたって、冒険者向け商品とかフワッとしたニーズじゃなく、もう少し的を絞っておきたいですね」
「……だな。とりあえず他の商人連中に話を聞いて回ってニーズを探るとこから始めてみるか」
一先ず責任者の男が立ち直り、前向きな結論に落ち着く──と。
「──すいません、お待たせしました」
打ち合わせの途中で席を外していたリンが突然事務所に戻ってきた。
どうせトイレか何かだろうし、彼女は打ち合わせには直接関係ないのだから一々断りを入れる必要はない、と言おうとして、ウルは彼女が左手で引き摺っているモノを見て目を丸くした。
「おかえ──……それは?」
「さあ? 見張られてるようだったので捕まえておきました」
あっさりと言うリンが引き摺っていたのは血塗れで息も絶え絶えの町人風の男。しかし破れたその服の内側には帷子と複数の刃物が下げられていて、見た目通りの一般人でないことは明らかだった。
唖然とするウルを尻目に、責任者は平然とした様子で血塗れの男の顔を覗き込む。
「……ふむ。スラムの人間じゃねぇし、取引相手や敵対してる連中含め見覚えはねぇな」
「でしょうね。多分、エンデじゃなくて外部の人間ですよ、この人」
「ほう? どうして分かるんだ?」
「ほら。ここの靴のすり減り方。これはかなり長距離の移動をしてきた人間のものです」
「あ~……なるほどな」
リンと責任者の男は息の合った様子で捕まえた男の素性について話し合う。
一緒に行動しだした当初は、至高神の信徒とスラムの住民では水と油かと懸念したが、リンは元々信徒の中でも後ろ暗い部分を担当していたため裏稼業の人間に忌避感がない。また、昨今至高神の神殿騎士たちが迷宮を巡回し治療などを始めたこともあり、スラムの住民の中には彼らに助けられた者もいた。友好的とまではいかないが両者の間で真っ当な交流が行われるようになったことも大きいだろう。
「外部となると、お前さんらが最近噂になってる関係か?」
「可能性は高そうですね。申し訳ないですけど、その辺りの確認や処理については、そちらから“犬”にお願いしてもらっていいですか?」
リンの意外な申し出に責任者の男は目を丸くする。
「そりゃ構わねぇが……いいのか?」
「構いません。バックにいる人次第だと、うちの上はスタンス的に反応せざるを得ないかもしれないので。正直、あまり関わり合いになりたくないっていうのがうちの総意なんですよ」
「……なるほどな」
ざっくばらんなリンの言い分に、責任者の男は苦笑しながらも納得する。
厄介事でしかない外の内紛よりも今始めた迷宮での巡回事業を軌道に乗せて迷宮利権に食い込む方を優先させたい、ということなのだろう。正義と秩序を司る至高神の信徒としてはどうかと思うが、組織としては間違いなく正しい判断だ。
「一応、情報だけは下さいと念押ししておいてください」
「あいよ」
責任者の男は気楽に請け負うと、血塗れの男の服を破り雑に傷口を縛って応急手当を済ませ、部下を呼んで手際よくいずこかへ運んで行った。
その場に残されたのはウルとリン。
ウルは呆気にとられた様子でリンを見つめている。
「……何ですか? ジロジロと」
「いや……大丈夫だったのか?」
「ああ……」
リンは苦笑して無傷の身体を一回転させて見せる。
「御覧の通り無事ですよ。まあ、相手はギリ一人前ってレベルでしたから。一応私、これでも対人戦は得意なんですよ?」
その言葉通り、リンはああした手合いとの対人戦では決して弱くはない。
踊り子と言う職業故に中途半端で弱いと思われがちだが、単純な武器の扱いでは戦士にもひけをとらず、寸止めの模擬戦ではエレオノーレとも五分に渡り合えるほどだ。
どうしても筋力や耐久力に劣るため強靭な生命力を持つ魔物や頑丈な鎧を纏った敵が相手には通用しないが、ああした軽装の人間相手とは戦い慣れていた。
ただウルはそうしたリンの実力を見る機会があまりなく、ハッキリ言えば彼女のことを見くびっていたわけで。
「あんた、意外と強かったんだな」
「……意外って何ですか? そりゃ本職に比べたら劣りますけど私だって普通に戦えますよ」
顔を顰めるリンに、ウルはつい素直な本音を漏らしてしまう。
「悪い。正直、中途半端で役に立たない無能とばかり──」
「ぶん殴んぞ」
何か心のクリティカルな部分に触れたらしく、据わった目つきで平たい声を出すリンを無視して、ウルは「そうか……強かったのか」としつこく頷く。
あまりに反応が失礼なのでリンの目つきがスッと細まり。
「警告はしましたよ?」
「あ、ちょ、待っ──」
──あれ? 何か今、繋がりそうだったような……?
その時、ウルの脳裏に浮かびかけた閃きは、リンの拳に撃ち抜かれて泡と消えた。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「レオンハルトの行方はまだ確認できんか?」
「申し訳ございません」
陣幕でのオッペンハイム公の詰問に、ヒルデスハイム伯は普段通りの無表情のまま、声に若干の申し訳なさを滲ませて答えた。
「……弁解するつもりはございませんが、帝国各地でレオンハルト皇子潜伏の噂が流れており、確認のための人員が足りていないのが現状です」
「よい。責めるつもりはない」
その言葉通り、状況が思うように進んでいないにもかかわらずオッペンハイム公の声に不機嫌さは微塵も感じられなかった。
叱責されることを覚悟していたヒルデスハイム伯は不思議そうに少しだけ目を見開く。
「恐らくレオンハルトは自分が何らか工作を行うための時間稼ぎにそのような噂を流したのであろうよ。奴は兄上に権力を制限され側近にも恵まれなんだが、その代わりに透波どもを独自に抱え込んでおった。奴が本気で情報を隠蔽しておれば、居所を特定することは難しかろうよ。恐らくは噂のあるいずこかの都市に潜伏しておるのだろうが、そう見せかけて帝都内に潜んでおる可能性も否定はできん。一つ一つ確認しておっては、我らが干上がってしまうわ」
「…………」
ヒルデスハイム伯は無言で頭を下げ、オッペンハイム公の言葉の正しさを認める。
それは同時にレオンハルト皇子の身柄を確保してから決戦に臨むという自身の戦略が破綻したことを意味していた。
しかしそのような状況にも関わらずオッペンハイム公の表情に不満は見えない。
「しかしヒルデスハイム伯。折角卿が骨を折って決戦の段取りをしてくれたが、こうなっては卿の策を採るわけにもいかぬ。決戦で兄上を討ち果たそうと、疲弊した背後をレオンハルトに突かれてはたまらんからな」
「…………」
「兄上に力及ばず敗北するならまだしも、レオンハルトごとき小僧にこの国の舵取りを任せるわけにはいかん。兄上との決着は一先ず諦め、次善の策をとることとしよう」
「……御意」
ヒルデスハイム伯は深々と頭を下げながら、あるいは主はこの状況をこそ望んでいたのではないか、と胸中で呻く。
その考えを裏付けるように、頭を上げた伯の目に映るオッペンハイム公の瞳は、悪童のような爛々とした輝きを放っていた。
三日後。
オッペンハイム公の別動隊が彼と非友好的な三つの領に同時に攻めかかったとの一報に、再び帝国中に激震が走った。




