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ひよっこ魔導技師、金の亡者を目指す~結局一番の才能は財力だよね~  作者: 廃くじら
第五章

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第10話

「先に言っとくが、皇子が噂を流した証拠を見つけるのは難しくない──が、意味がないぞ」

「どうしてだ?」


犬ジイに先んじて釘を刺されエレオノーレは目を瞬かせる。


しかし犬ジイはウルとレーツェルを睨みつけ、少しは自分たちで説明しろとそれ以上説明しようとはしなかった。


ウルとレーツェルは一瞬顔を見合わせ、一先ずウルが口を開く。


「……証言だの証拠だのってのは、対等まではいかなくてもある程度近しい身分間じゃないと意味がないんだよ。平民の俺らが皇子に証拠を突きつけたところで、彼が『自分を陥れるための捏造だ』って言えばそれで終わりだ。捏造じゃないことを証明しろって言われてもできるわけないし、逆に皇子を陥れようとする罪人として告発されかねない」


建前として全ての人間は法の下に平等だが、実際に法を運用する側の人間はそうではない。例えば貴族と平民の間の紛争では貴族が平民を殺害しても貴族の側に余程際立った問題がない限り実際に罰せられることはないように。


そしてこの場合の際立った問題とは、他の貴族が支配する民を多数害するなど、あくまで()()()()()()()()に限られる。


平民が皇族を告発するなど失笑すら引き出せまい。


「ふむ……ではリンに頼んで至高神の【真偽判定】の奇跡を願うのはどうだろう? リーダーも先の帝都の一件ではそれをチラつかせて帝国を脅したと聞いたぞ?」

「論外よ」


即答で否定したのはウルではなく、呆れ顔のレーツェル。その反応にエレオノーレは不満そうに口を尖らせた。


「むぅ……どうして? 証拠が捏造だと言うなら、皇子に身の潔白を立てて貰えばいいだろう?」

「……はぁ。理由は山ほどあるけど、そもそも皇族の言葉を疑うこと自体が不敬でしょ」


元々あまり仲の良くない幼馴染同士ということもあり、エレオノーレはレーツェルに食い下がった。


「だが疑うに足る理由があって、至高神がその真偽を確かめるのであれば──」

「だからぁ! この程度の事情で皇族相手の揉め事に教会が介入できるはずがないでしょうが!」


聞き分けの悪いエレオノーレに、レーツェルも苛立ち、ムキになって反論し睨み合う。


「だが、帝都の一件では──」

「あれは帝国が滅びるかもしれない大事件! こっちは精々帝国の頭が挿げ替わるだけの内紛! 事情が全然違うでしょうが!」

「ぐぬ……!」

「しかもその件だって実際に介入したわけじゃない」

「脅したんだから似たようなものだろう!?」

「全然違うわよ! いい? この手の札は実際に切らなきゃいけない状況に陥ったらもう負けと一緒なの。切ったら最後、もう全面対決するしかなくなるんだから。帝都の一件は聞く限り、帝国側に明らかな弱みがあったから匂わせるだけで退いてくれた。でも今回はそれじゃ止まらない。皇子は完全に腹を括ってるんだから」

「…………」


ここまで言われても全く納得した様子のないエレオノーレに、ウルが溜め息を吐いて補足した。


「……例えばだけど、仮に皇子が噂に関してクロで、それを【真偽判定】の奇跡で確認したとして、もし皇子が『真偽判定官は嘘を吐いている。至高神神殿は自治領主やオッペンハイム公に加担して私に不利な発言をしている』とか言い出したらどうする? 【真偽判定】の奇跡そのものは絶対だけど、その結果は術師本人にしか分からない。神官と皇族どっちを信じるんだって言われたらイタチごっこだろ」

「むぅ……」

「奇跡や魔法は決して万能じゃない。教会もそれは重々承知だ。だからこそ皇族相手に【真偽判定】かけろつっても絶対に協力してくれない」

「……なるほどな」


エレオノーレは納得した様子で深々と頷く。


レーツェルは自分が散々説明した時は食い下がってきたくせに、ウルの説明にはあっさり納得した彼女の様子に青筋を立てていたが、空気を読んで何も言わなかった。


「ついでに言うと、皇太子が噂を流したってことが証明できたとして、お前らそれをどうするつもりだ?」


犬ジイがこちらを試すように付け加える。

ウルとレーツェルは理解していた様子で顔を顰めるが、エレオノーレは表情をキョトンとさせていた。


「どうするって……それはもちろん、皇子に証拠を突きつけて噂を流したことを糾弾するんだろ?」

「その後は?」

「……その後?」

「糾弾してどうするんだ? 例えば噂を訂正させるとなれば、皇太子が不正な情報工作で中立都市を内紛に巻き込もうとしてたって話を広めることになるが、それでいいのか?」

「???」


エレオノーレは犬ジイが何を言わんとしているのか理解できず目を白黒させている。


エンデのオーク部族という狭い世界しか知らない彼女からすると、その何が問題なのか本気で理解できないのだろう。


「例えば至高神神殿が差し違える覚悟で皇太子の不正な情報工作を立証したとする。そうなれば当然、皇太子は失脚する可能性が高い」

「それはそうだろうな」

「オッペンハイム公は厄介な皇太子を排除できて勢いづく。間違いなく決戦に突入するだろう。そして皇帝側も負ければ全てを失うんだ。皇太子が保険として機能しなくったことを踏まえれば抵抗は余計激しくなるかもしれん。内紛の規模は拡大するだろう」

「うん……」

「そうなった時、帝国にとって、あるいはこの街にとって、皇太子を失脚させる場合とさせない場合、果たしてどっちが良い結果をもたらすんだろうな?」

「…………」


そこまで言われてようやくエレオノーレも犬ジイの言わんとするところを理解する。


世の中は嘘を吐いた人間や不正な手段を用いた人間を糾弾し、正してそれでめでたしめでたしとはいかない。


特に今回のケースでは皇子への糾弾が軍事衝突の最後の引き金を引くことにもなりかねず、犬ジイはウルたちに『お前らにその責任がとれるのか?』と仄めかしていた。


「……だが、それを理由にカノーネが声を上げることもできず犠牲にならなくてはならないというのは筋が違うのではないか?」

「分かってるさ」


無垢なエレオノーレの反駁を、犬ジイは否定することなく肯定する。肯定した上で懸念を返した。


「だが自分の身を守るためとは言え、結果的に被害を拡大させるようなことになればカノーネは気を病むだろう。それこそ皇太子の思い通りに転がされた方がマシなんじゃないかと思うかもしれん」

「それは……うん」


実際、そう思い悩んでいるフシのあったカノーネの姿を思い出し、エレオノーレの反論は勢いをなくし萎んでしまった。


八方ふさがりの状況を理解し沈み込んでしまうエレオノーレと、その姿に苦笑する三人。場の空気を切り替えるように、ウルはエレオノーレの肩を叩いてワザとらしい声を出した。


「あんまりイジメないで下さいよ。俺らも慣れない企みごとに巻き込まれてヒイヒイ言ってるんですから」

「別にイジメてるつもりはねぇが……」

「爺ちゃん、グダグダ説教くさいこと言わずに、何かこうイイ感じに助けてちょうだいよ。その方がかわいい孫娘の好感度稼げてお得だよ?」

「かわいい? いや……とんと心当たりがねぇなぁ?」


甘えたそぶりを見せるレーツェルに犬ジイがすっとぼけ、レーツェルが『なにおぅ?』とゲシゲシ祖父の足を蹴りつける。


茶番で場の空気が和み、エレオノーレの表情にも笑顔が戻った。


そしてレーツェルは今日訪問した本命の目的を、今度は祖父の目を見ながら改めて口にする。


「爺ちゃん。ホントどうにかなんないかな?」

「……どうにか、とは?」

「惚けないでよ。あたしらも何とかしたいけど、こういう国絡みのいざこざはどう考えても手に余るんだって。ほら、助けてくれたら師匠も恩に着て、色々と捗るかもしれないよ?」

「…………」


レーツェルは冗談めかして言っているが、彼らの本来の目的を達成する上で、世界最高峰の魔術師であるカノーネの協力が得られるのは大きなメリットだ。メリットではあるのだが──


「……別に。古代にはあいつクラスの魔術師がうじゃうじゃいたんだ。あいつ一人いたからって劇的に何か変わるわけじゃねぇだろ」

「爺ちゃん!」

「???」


犬ジイの発言にレーツェルは非難するような声を出し、事情の分からないエレオノーレは目を白黒させながらも空気を読んで口を挟まずにいる。


彼らが抱える迷宮にまつわる問題は今よりはるかに発展した魔導技術を持つ古代人でさえ解決できなかった問題だ。しかし犬ジイの発言は正論ではあったが、本音でもない。


「……分かってるっての。だが現実問題、今回の一件はどうしようもねぇだろ」

「…………」


初めて見る祖父の弱音ともとれる発言に、レーツェルは押し黙った。


ウルはその空気を取り繕うようにおどけたように言う。


「いやいや。確かに今回の一件は大事ではありますけど、あんたがその気になればどうとでもなるんじゃないですか?」

「お前──いや……」


犬ジイは一瞬顔を顰め、ウルたちに向き直り少しだけ真面目な表情になって口を開いた。


「お前ら俺を過大評価──というより、根本的に勘違いしてるようだから、一つ訂正しとくぞ」

「勘違い……ですか?」

「ああ。俺やカノーネは人間って枠の中じゃ、そこそこ腕が立つ方だと自負してるが、それでもあくまで個人だ。個人は組織──国には勝てない」

『…………』


それはごく当たり前の道理ではあったが、しかし納得しがたいものでもあった。そんな思いがウルたちの表情にも出ていたのだろう。ウルたちが何か言う前に犬ジイは続けた。


「お前らが何を言いたいかは分かる。俺やカノーネがその気になれば、それこそ国を相手取っても勝てるんじゃないかって思ってるんだろう?」

『…………』


無言の肯定。


「実際、なりふり構わずやり合えば手も足も出ねぇとは言わねぇ。それこそ皇族全員暗殺するぐらい難しかねぇし、カノーネに至っちゃもっと派手に城ごと吹き飛ばすぐらいはできるだろうな」


それはウルたちが想像したイメージそのもの。


犬ジイが本気になれば城に潜り込んで皇族を暗殺するぐらい容易いだろうし、カノーネに至っては適当に呪文で星を降らせ、疲れたら長距離転移で逃げ出すのを繰り返すだけで帝国軍に完勝できる。実際には同格の英雄の妨害もあるだろうし思いどおりには行かないだろうが、国相手でも十分に渡り合えることは想像に難くない。


「だがそれだけだ。国を滅茶苦茶にすることは難しかねぇが、俺らが人間である以上そうなった時点でもう負けだよ。敵をすべて皆殺しにすれば勝ちなんてのは人間の道理じゃねぇ。それを勝ちと呼ぶなら、そいつはもう人間とは呼べない。強い弱いじゃなく、人間として認められやしないのさ」

『…………』


個人は組織に勝てない──勝ってはならない。


人間としてあるのならば。


「力があっても何でも思い通りにできるわけじゃない。俺らはどこまで行こうが人間だ。人間として問題に向き合わなきゃならない。だから──」


そこで犬ジイはウルに視線を向け、釘を刺すように言った。


「──今回ばかりはやらかすんじゃねぇぞ」

「…………」


何故か犬ジイだけでなく、レーツェルもエレオノーレも同じような視線を向けてきた。


解せぬ。

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