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ひよっこ魔導技師、金の亡者を目指す~結局一番の才能は財力だよね~  作者: 廃くじら
第五章

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第2話

アルビオン帝国はオルタナ大陸中央部を支配する大陸最大国家だ。


国外に目立った敵はなく、建国から五〇〇年以上の歴史を持つ大国だが、その頂点に立つ皇帝の力は実のところそれほど強固なものではない。有名無実とまでは言わないが、せいぜいが国内で一番力を持った貴族に過ぎず、それも二番手、三番手が手を組めば容易く覆る程度の差だ。


こうした決して盤石とはいえない統治が五〇〇年以上も続いてきた理由は、偏に国内の貴族たちが群雄割拠し、勢力争いを繰り広げてきたことにある。


帝国では大義名分さえあれば領主間の紛争をほとんど禁止しておらず、勢力拡大のために多少強引な手段に出ても特にお咎めはない。


ただどちらかが滅びるまで殺し合うことになっては流石に問題があるため、皇帝が仲裁に入れば停戦に応じなければならないという暗黙の了解があった。


つまり皇帝とは裁定者であり国家の重し。多くの貴族たちにとって例え敬意や忠誠の対象ではなくとも、最終的な安全装置として都合がよく、必要とされる存在だったのだ。


◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


「ふむふむ。それで叛乱を起こしたオッペンハイム公というのはどういった人物なのだ?」

「皇帝陛下の弟。確か……皇位継承権二位とかだっけ?」


セキュリティの問題があるからと詳しい事情説明もないままロイドに連れられ政庁の会議室へとやってきたウルたち。


強制力を持たないはずのロイドの言葉には拒否を許さぬ圧があり、また『皇帝の弟が叛乱を起こした』という重大事を、詳細を聞かないまま無視するというのも難しい。彼らは渋々ながら同行に応じざるを得なかった。


そしていざ政庁に着いてみればこうして説明もないまま待たされるハメに。仕方ないのでその間、ウルは帝国の政治事情に詳しくないオークのエレオノーレに皇室周りの事情について説明していた。


といって、彼も決して政治に詳しい方ではない。曖昧な部分は言葉を濁していると、ロイドがそこを補足してくれた。


「はい。オッペンハイム公の皇位継承権は二位。ただ継承権一位はレオンハルト皇子で、陛下には他にも御子がおられますから、実際にオッペンハイム公が皇位を継ぐ可能性は極めて低かったでしょうね」

「む? 二位なのにか?」

「レオンハルト皇子に万一のことが起きた場合、その弟君たちの継承権が繰り上がることになります。オッペンハイム公が皇位を継ぐとすれば、皇帝陛下とレオンハルト皇子が同時にお亡くなりになった場合しかあり得ませんので」

「……何故そんなややこしいことを。最初からその弟の継承権を上にしておけば良かったのではないか?」


意味が分からないと眉を顰めるエレオノーレに、ウルは苦笑しながら説明した。


「そこは年齢とか公爵家への配意とか色々あるんだろ。確かレオンハルト皇子以外の皇子はまだ成人もしてないはずだからな。皇帝と皇太子に万が一のことがあった時、成熟した皇帝の弟と幼い皇子、どっちが皇帝に相応しいかって話さ」

「付け加えるなら今の皇帝は先代が早逝したせいで若くして皇位についたけど、母親の血筋で言えば元々弟のオッペンハイム公の方がよかったんじゃないかしら」

「ええ。先帝が早逝しなければオッペンハイム公が皇帝になっていたと言われているし、実際に今からでもそうすべきだと主張する貴族もいると聞くわね」


ウルに続いてレーツェル、エイダが自分たちの知る皇位継承事情を付け加える。


「何ともまぁ……誰が長になるかなど殴り合って決めればいいだろうに」


騎士やヒューマンの文化に憧れはあっても、ドロドロした皇室事情はその対象ではないらしい。エレオノーレは珍しく呆れた様子でオークらしい意見を口にした。


「ハハハ。ま、叛乱を起こしたってことは、ある意味じゃ殴り合って決めようってことなんじゃね?」

「他の人間巻き込まずに自分らだけでやってな、って感じだけどね~」

「実際、他の貴族たちはどこまで関わることになるんだろうな? どっちかに肩入れしてもさほど旨味はなさそうだし、案外どこも静観方針ばっかで小規模な小競り合いで終わりそうな気もするけど(チラ)」

「いやいや、こういうシチュエーションで日和見は無しでしょ。とっちも必死に圧をかけてくるだろうし。少なくとも叛乱を起こしたオッペンハイム公側は皇室との戦力差を埋める算段があるはずよ(チラチラ)」

「…………」


ウルとレーツェルは自分の考えを口にしながら少しでも情報を引き出そうと横目でチラチラとロイドの反応を窺う。しかしロイドもそれは理解しており、彼らの揺さぶりに直立不動で表情をピクリともさせない。


オッペンハイム公の叛乱というのがどういう形で行われたにせよ、レーツェルの言う通り何らか成算あってのことのはずだ。皇室と公爵家には戦力に明確な差がもうけられている。不意打ちや奇襲ならその差を埋めることも可能やもしれないが、もしそうだとしたらとうに決着がついているはずで、ロイドの態度にももう少し緊迫感があるだろう。


であれば次に考えられるのはオッペンハイム公側についた貴族がいるということだ。


だが今の皇室はそれほど強い影響力を持っているわけではない。仮に皇室の争いに介入して後ろ盾を得たとしても果たしてリスクに見合うだけの旨味があるか……


有力な貴族がそんな軽挙に走るとは考えにくいが、だとすればオッペンハイム公が叛乱を起こせた理由が分からない。まさか勝算もなく義によって立ち上がったなんて馬鹿なことを言うはずもあるまいし。


ウルたちのそんな疑問に答えたのはロイドではなく、つい先日まで帝都でドロドロの権力争いを間近で見てきたカノーネだった。


「打算抜きでオッペンハイム公側に付く貴族は結構いるんじゃない? だってほら、今の皇帝ってアレだし」

『あ~……』


カノーネの言葉に、その場にいたエレオノーレとロイド以外の全員の声が重なる。


「んん? どういう意味だ?」


一人だけ事情が分からずにいるエレオノーレの疑問に彼らは顔を見合わせ、代表してウルが口を開いた。


「ほら、さっき帝国じゃ代々皇帝が貴族同士の紛争を仲裁する役割を担ってるって話をしたけど、今の皇帝にはちょっと黒い噂があるんだよ」

「というと仲裁結果がどちらかに偏っているとかか?」

「いや。そもそも皇帝が積極的に紛争を煽ってるんじゃないかって話」

「仲裁者が……煽る?」


心底意味が分からないと腕組みして首をかしげるエレオノーレに、周囲の者たちはそういう反応になるよな、と苦笑した。


「ハッキリした証拠があるわけじゃないんだけど、今の皇帝は治水とか土地開発とか商業利権とか、ワザと領主間の紛争を煽ってるんじゃないかって思うような執政が結構あってさ。そういう噂は即位当時から絶えないらしい」

「それは……執政というよりただの失政では? ワザと紛争を引き起こして皇帝に何のメリットがあるというんだ?」

「貴族の力を削いで皇室の影響力を高めることができる」

「…………」


即答したウルの言葉に、エレオノーレはその意味を頭の中で咀嚼するように沈黙した。


自分が上に居続けるために仲間の力を削ぐという発想が彼女には本気で理解できなかったのかもしれない。


今言ったような噂は真偽のほどはともかく市井では広く語られるものであり、少なくとも現皇帝オトフリート二世が即位してから領主間の紛争件数や規模が大幅に拡大したことは事実だ。


一部の口さがない者たちからは陰で『謀略帝』などと呼ばれている。


「その噂の真偽はともかくとして、今の皇帝の政治を面白くないと考えている貴族が多いことは確かだよ。カノーネさんが言ったみたいに多少無理をしてでもオッペンハイム公の叛乱に協力して、皇帝の首を挿げ替えようって貴族が出てきてもおかしくはないね(チラ)」


ウルたちは皇帝に対してかなり問題のある発言をしているがロイドは無言無表情を保ち続けている。ここまで不敬な発言をしても何の注意も無いということは、オッペンハイム公叛乱の背景は当たらずとも遠からずといったところか。


「ふむぅ……まぁ、納得はしがたいが理解はした。で、結局その叛乱とやらが私たちにどう関係してくるんだ?」


ドロドロとした人間関係に興味は無いと言いたげに嘆息し、エレオノーレが結論を求めてくる。


ウルも何か結論を出せるほど事情が掴めているわけではないのだが──


「エンデは自治都市で、一応あらゆる紛争に対して中立を維持するって建前があるから叛乱とかに関わる必要はないんだけど……まぁ、ここに呼ばれたってことはそうもいかない事情が起きたってことなんだろうなぁ(チラチラ)」

「…………」


ロイドは徹底して反応を示さない。


「で、何で俺たちが、って意味だと──」


ウルたちの視線が自然と一転に注がれる。


「──ま、私でしょうね」


皆の視線を受けて、カノーネはアッサリと肩を竦めた。叛乱、戦力が必要とされる状況で人類最高峰の魔術師である彼女を無視するなどあり得ない。


都市の防衛か、あるいはどちらかに肩入れして欲しいという相談があるものと思われるが──


──コンコンコン


会議室のドアがノックされる。


「皆さん。詳しくは申し上げれませんが、くれぐれも失礼のないようにお願いします」


ロイドがいち早く反応し、短く注意を発するとドアの向こうに『どうぞ』と返す。


──ギィ……


ドアを開けて入ってきたのは体格の良い禿頭の老人と、その後ろから金髪碧眼のいかにも貴族らしい青年の二人だ。


とにかく貴族か、偉い人には違いないだろうと頭を下げようとしたウルたちは、貴族風の青年の胸元に刻まれた白獅子の紋章に気づき、ハッと息を呑む。


『────!』


その意味を知らないエレオノーレの腕を掴んでサッと床に膝をつき、最上級の礼をとる。エレオノーレは戸惑いながらも空気を読んで真似をした。


「よい。楽にしてくれ」


青年はそう告げるが、ウルたちはそれに反応を返せない。


白獅子は現皇室にのみ許された紋章。それを身に纏う二〇代半ばの青年──間違いない。


アルビオン帝国皇位継承兼第一位、皇太子レオンハルト殿下がそこにいた。

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