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ひよっこ魔導技師、金の亡者を目指す~結局一番の才能は財力だよね~  作者: 廃くじら
第四章

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第26話

この話を含めて四章完結まであと三話。

「……やっぱりかなり厳しいわね」


クロエ──エルフの女魔術師は【遠見】の呪文で安全圏から翼竜とカノーネ、アリーゼ、マザーの三人の戦いを観察し、予想の域を出ない現実に顔を顰める。


翼竜と人類最高峰の英傑三人との戦いは既に半刻以上続いていた。今のところ与えたダメージで言えばカノーネたちが圧倒しているが、どちらが優勢かは一目見て明らか──翼竜である。


確かにカノーネたちは翼竜にダメージを与えてはいるが、そのダメージは都度凄まじい速度で修復されており、翼竜の体力・生命力には全く底が見えない。


一方カノーネたちの体力は限界が近づきつつある。マザーが参戦して以降ほとんど攻撃を受けてはいないが、それは裏を返せば一撃でも喰らえばいつ均衡が崩れてもおかしくないということでもあった。


竜種相手にたった三人で均衡を保っていられるということ自体が本来あり得ない偉業なのだが、それはクロエの満足する結果とは程遠い。


「……ここで私たちが参加したところで結果は変わらない──いえ、むしろ悪化するかもね。あっちはまだ本気じゃないようだし」


クロエから見て翼竜にはまだ余裕があった。全力で暴れカノーネたちを殺そうとしているのは間違いないが、そこに危機感が全く感じられない。結局自分が死ぬかもしれないとは考えていないのだろう。だからああして自分にとって不利な地上で呑気に暴れていられる。


いくらカノーネが妨害していようと翼竜が本気で逃れようとすればこういつまでも地上に食い止めていられるはずがない。翼竜にまだ余裕と遊びがあるからこそあの綱渡りのような均衡は続いているのだ。もしここにクロエが参戦すれば翼竜はとうとう本気になって敵を蹂躙する最善の行動をとるかもしれない。更に人数を増やすことができたとしても翼竜は不利を悟って一旦退却するだけだろう。


「翼竜の出現は既に帝国上層部にも伝わってる。もう目的は果たしたし、欲を言えばここで倒してしまいたかったんだけど……流石にそれは高望みだったか」


クロエの本来の目的を果たす上で竜種の討伐は避けては通れない課題だ。


飛行能力にリソースを割き、竜種の中では比較的戦闘力に劣ると予想される翼竜。それを相手に自分たち人類がどこまでやれるかを確かめる良い機会だったのだが……やはり現実はそれほど甘くないようだ。


戦いの結末は見えたし、これ以上引き延ばせばアリーゼやマザーの身が危うくなるだけ。


さてそれでは、いいとこどり、人として最低最悪の交渉を始めようかとクロエが苦笑を浮かべた瞬間──


「…………はぇ?」


彼女の視界に、全く予想だにしなかった光景が飛び込んできた。


◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


時は少しだけ遡る。


翼竜との戦いはマザーの参戦により多少盛り返しはしたものの、当初カノーネが思い描いたそれとは全く異なる展開に陥っていた。


「ぐ……ぬぅっ!」

「ちぃっ!?」


翼竜の爪撃を弾いた衝撃でアリーゼの鎧の右肩部分が弾け、マザーの持つ槍の一本が半ばから折れる。


マザーは舌打ちしながら予備の武器に持ち替え、後方で援護するカノーネに向けて叫んだ。


「こっちはそろそろ限界だよ! 誘導するなら早くしとくれ!」 

「できるならとっくにそうしてるわよ!?」


当初の作戦通り撤退しながら翼竜を引きつけ人気のない方へと誘導しようというマザーの言葉に、カノーネは杖を手から血が滲むほど強く握りしめて反駁した。


「呪文を唱える時間を稼いで!」


翼竜からの撤退と言っても彼我の速度差は明らかだ。いくら人間離れした身体能力を持つアリーゼやマザーであれ、走って翼竜から逃げられるはずがない。


必然、撤退はカノーネの呪文頼りにならざるを得ないのだが、現状そのための呪文を唱える余裕がなかった。


いくらカノーネが人類最高峰の魔術師であれ、この状況で有効な移動系呪文──他者を巻き込んだ長距離転移を行おうと思えば、一定の準備時間は不可欠だ。


その準備時間は決して長いものではないが、その間カノーネは他の呪文を使えない。正確にはごくごく初歩の呪文しか併用できなくなる。そしてカノーネの呪文の援護が途切れればアリーゼとマザー二人がかりでも翼竜を地上に押しとどめることは難しく、あっという間に蹂躙されてしまうだろう。彼女たちが翼竜と一時的であれ均衡状態を作り出せているのは、奇襲により戦場の優位を確保できているからにすぎないのだ。


カノーネは戦況の危うさを理解しているからこそ援護を途切らせることができず、撤退に移ることができずにいた。


──ああもうっ! 完全にジリ貧じゃない! せめてあの子がここにいてくれれば役割を分担できるのに……何が保険よ! どうせどこかで見てるんでしょう!? とっとと助けに来なさいよ!


胸中で旧友に毒づき、罵声を浴びせる。


まさかと思うが、自分たちが追い詰められたタイミングで現れて、思い切り恩に着せるわけじゃあるまいな、とカノーネが怪しんだ──その時。


──シャン


「──え?」


──シャン、シャンシャン


思い描いていたのとは全く異なる存在の登場に、カノーネは一瞬呆気にとられ、危うく戦いの手を止めてしまいそうになる。


意味が分からない。それはカノーネだけでなく、アリーゼやマザー──翼竜さえも同じことだった。


何を言っているのか分からないと思うが、ありのまま今起こったことをここに記す。


危険なこの戦場からほど近い小高い丘。その一番高く目立つ場所で、至高神の神殿騎士の一団と──その中心で舞う一人の少女がいた。


◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


何もない即席の舞台で、至高神の巫女衣装を纏った少女──リンが一心不乱に奉納の舞を舞う。


音楽も舞台演出もないが、本人の容姿の良さと背後に控える神殿騎士の威容もあり、そこには確かな神聖さが感じられた。


──ひぃ……!


帝都で神殿騎士団の小隊長を務めている次兄とその部下たちに見守られ、その更に後ろにはブランシュと彼女に籠を抱えられたカエル姿のウル。亡霊のリンダは流石に兄たちと対面させるわけにはいかず離れてもらっている。


ブランシュとウルはまだしも、神殿騎士団の面々は詳しい事情も知らされないままこんな地獄のような戦場の近くに連れてこられ、兜の上からでもその表情が引きつっているのが伝わってきた。


そんな彼らからすれば自分は死神の仲間か、恐れを知らぬ神の使徒、果たしてどちらに見えているのだろうと、リンは益体もないことを考えながら舞い続ける。


──ぴぇぇぇ……! 何で、何でこんなことに……!?


傍目には一心不乱、トランス状態にあるように見えるリンだったが、その内面はビビり散らかす神殿騎士たちと大差ない。というより、実際に彼女の状況、与えられている情報は背後の神殿騎士たちと大差なかったのだ。


数日前ウルから『あんたの伝手で神殿騎士に繋ぎをとって欲しい。地位は低くてもいいから融通が利いて上昇志向と保身が強い人間がいい』と頼まれ、コッソリ次兄と連絡を取っていたリン。そして翼竜が出現し、急遽次兄たちと合流するなり彼女はウルに『ここで舞え』と要請された。


──本当に、意味が、分からない……っ!!


叫びだしたくなるのを奥歯を噛みしめて堪え、リンはひたすら舞い続ける。


当然初対面──しかもカエルの意味不明な発言にリンの次兄は困惑した。わざわざ自分たちを呼び出した挙句、この非常事態に何を馬鹿なことを言っているのだ、と。


だがウルは時間が無いと詳しい説明を避けた。


『ここで彼女が舞い、至高神の威光を見せつければこの苦難は解決する。貴方方はその証人だ。これにより教団は帝国に大きな貸しをつくることができ、教団は貴方方の功績を高く評価するだろう』


全くもって意味不明な発言。次兄もこれがリンの紹介でなければ気が触れたと見做して無視していただろう。


『詳しい事情を知ればその身に危険が迫るかもしれない。私が真実を述べているかどうかは至高神の使徒であれば判断できるはずだ』


意訳すると『何も聞かずに従え。あんたらに損はさせない。俺が嘘を言ってるかどうかは【真偽判定】が使えるあんたらなら判断できるだろ?』と。


──何で兄さんも、あんな怪しい提案に乗るかなぁ……っ!?


普通ならとても納得できる説明ではなかったが、次兄はウルの横で黙っているリンの存在もあってウルの提案に応じた。見栄っ張りな次兄のことだから、部下をここまで動かして今更何もせず帰りますとは言いづらかったのかもしれない。


戦場に近づくのはリスクがあったが、翼竜を発見してしまった以上どうせ偵察の一つもしなくてはならないのだ。ウルが狂って意味のない要請をしていたのだとしても、今更目立つ以上のリスクは無い。


そしてリンはリンで、次兄が勝手にリンをウルの一派だと勘違いしたせいで今更引くに引けない雰囲気と状況を作られてしまったことに憤慨していた。


──そもそも何でもいいから適当にそれっぽく踊れって何ですか……!?


踊り子であるリンは特殊な効果を持った舞を習得している。だが当然、その舞の中に竜種をどうにかできるようなものは存在しない。


戦闘用の自己バフ、対霊戦用のデバフ、そして同信仰を持つ者の奇跡の効果を引き上げる奉納の舞。


一番見栄えの良い奉納の舞を舞ってはいるが、これに何の意味もないことはリン自身が一番よく理解していた。


加えてわざわざ呼び寄せた次兄たちが突っ立っているだけというのも納得がいかない。何か至高神の奇跡を必要とするのかと思っていたが、彼らは本当にリンの後ろに立っているだけで何もしていないのだ。


リンは踊りながら一瞬ウルに視線を走らせるが、ウルが何を企んでいるのかカエルの顔からは何も読み取ることができない。


唯一、彼と一緒にいるブランシュはその意図を理解しているのか、彼が神殿騎士を呼び寄せたときから唖然としていた。


──ここまで巻き込まれてるんだから、せめて事前に説明くらいしてくださいよ……!?


リンはことが終わって生きていたら絶対ウルたちを問い詰めると心に決め、ヤケクソ気味に舞い続ける。


そしてはたして自分はいつまでこれを続けていればいいんだろう、と思った瞬間──


「────え?」




「……そういうことか。クソッ。誰かは知らないけど、やってくれたわね……!」


【遠見】の呪文でリンの舞と神殿騎士の一団を見ていたクロエは、その意図に気づいて思わず親指を噛んだ。


「計画の大勢に影響はない。ただし無視をすれば……」


獲物を横から掻っ攫われたと理解しながら、クロエにはそれに乗る以外の選択肢がなかった。




──グギャァァァ……ッ!?


「──え?」

「……ふむん?」


何の前触れもなく突然、暴れていた翼竜が光に包まれその動きを止めたことで、カノーネたちは何かの前兆かと警戒姿勢をとる。だが──


「……どういうことだい?」

「消えて……」


光に包まれた翼竜はそのまま泡のように消えていく。


カノーネにはその現象が亜空間への放逐と酷似しているように思えたが、現代最高峰の魔術師たる彼女をもってしても正確な理解は叶わなかった。


唐突に戦いが終わり、何が起こったか分からず呆然と顔を見合わせる三人。


「普通に考えればあの子の“保険”が作動したってとこなんでしょうけど……」

「タイミング的にはむしろ……」


彼女たちが視線を向けた先には、同じように呆然と立ち尽くすリンと神殿騎士たちの姿があった。

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