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ひよっこ魔導技師、金の亡者を目指す~結局一番の才能は財力だよね~  作者: 廃くじら
第一章

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第10話

「ふわぁ~……」


予期せぬ深夜の襲撃者の影響か、睡眠時間そのものは普段とほとんど変わらないはずなのに、やけに頭がボンヤリする。


ウルは荷物を詰め込んだ背負い袋を担ぎ、商業地区へと続く通りを歩きながら大きく欠伸をした。


今はまだ日が昇って一刻ほど経過した頃合い。通りでは冒険者ではない真っ当な労働者たちが足早に職場へと向かっている。かくいうバイトがある時のウルも、前日の片づけや朝の準備があるのでこのぐらいの時間帯には通勤していた。


「まだ……ちょっと早いか?」


忙しげな雰囲気を漂わせた通行人の姿に、ウルはふと、いつもの感覚で家を出たのは失敗だったかもしれない、と考える。このタイミングで訪問しては、どこも朝の準備でバタバタしていて押しかけても迷惑だろう。少し時間を潰すか、とウルは周囲に視線を巡らした。


目に留まったのは偶に利用しているサンドイッチなど総菜パンを売っている屋台──と、ちょっとだけお洒落なカフェ。普段節制して贅沢とは縁のないウルだが、臨時収入で懐は少しだけ温かい。せっかくだから今日これからの話の持っていき方について、少し腰をすえて作戦を練ろうとカフェへと足を運んだ。


──後をつける者の存在に、その時はまだ気づいていなかった。


◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


素材買い取り業者

『消臭剤? ふ~ん、まあ置いてみて感想聞かせるぐらいは別に構わねぇけど』


冒険者ギルド受付

『臭いですか。正直、今更気にしたことはないですけど……休憩場所とかに置いておくぐらいで良いのであれば』



バイト先と知り合いのギルド受付に、試しに使って感想を聞かせて欲しいと自作の消臭剤を押し付けた時の反応がこれ。


まあ今まで特に必要を感じていたわけでもない臭い対策、しかも得体の知れない品を見せられた人間の反応なんてのは大体こんなものだろう。明確な拒否反応が出なかったことにウルは一先ず満足していた。


問題はこの後。それがある状態とない状態を比較して、彼らがどう反応するかだ。


消臭剤のサンプルはあと二つ残っているし、もう一か所ぐらいどこか飛び込んで試してもらってもよいが、この迷宮都市に来てまだ一月も立っていないウルには伝手も心当たりもない。かといってまだ昼前で帰るには中途半端な時間帯。


──さて、どうしたもんか……


飛び込み先を探す──無駄足に終わる可能性高い。


帰って何か作る──作る物の構想も素材もない。


明日からまたバイトだし、今日はもうリフレッシュのために街を散策──まあ、悪くはない。


──とは言え、だ。ここまで来たら一度ケリをつけといた方がいいよなぁ。


ウルはチラリと背後に視線をやる。


「…………」

「…………」


ジトッとした視線が自分に突き刺さっている。ウルは特にそうした気配を察知するような訓練を積んでいるわけではないが、相手方に隠れる意思がなく、朝からずっと付きまとわれていれば流石に気付かざるを得ない。今もこちらが視線を向けたことに尾行している相手は当然気づいているはずだが、全く隠れようとする気配がなかった。


──お前の方から話しかけて来いってか?


そう考え、ウルはすぐに違うな、とかぶりを振って否定する。あれは単にどう話しかけていいか分からないだけだろう。


「──おい」

「…………」


近づいてぶっきらぼうに話しかけたウルを、彼女は逃げることもせずブスッとした表情で見上げる。


コミュニケーションとはキャッチボールだ。こちらが投げたボールに相手が反応を返して初めて成立する。故に、返ってくる反応が無ければ、大抵の人間は反応を引き出すためにより強いボールを投げてしまう。


つい自分でもどうかと思うぐらい攻撃的な言葉。


「昨日の詫びに飯奢れ」

「──望むところだ」


喧嘩腰の反応ではあったが、昨晩寝込みを襲ってきた女にはこれぐらいで丁度よかったらしい。


◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


「私の名前はレーツェルです。昨日はすいませんでした。反省してます──ふぅ」


近くの少しだけ値の張る定食屋に入り、ウルの分と二人分の日替わり定食を注文した犬ジイの孫娘──レーツェルは、棒読みで自己紹介と謝罪らしき言葉を口にし、やり切ったと言わんばかりの表情で額の汗を拭った。


「さ。あんたも昨日のことは水に流して爺ちゃんに執り成すってここで約束して」

「そのツルツルの棒読み謝罪と勝手な言い分に、どうして『はい』って答えると思うんだよ」

「えぇ……!?」

「いやそんな『完璧な流れだったはずなのに』みたいな顔されてもな」

「でも私の脳内シミュレーションじゃ完璧だったのよ!」

「そりゃきっと脳が腐ってたんだんだよ」

「あんたの?」

「……そうかもな。現在進行形で頭が茹だって腐りそうだよ」

「ああ! ウソウソ、冗談……!」


まあそんな、照れ隠しなのかひねくれてるのかよく分からないやり取りをした後、レーツェルはテーブルに頭が付くほど深々と頭を下げた。


「ごめんなさい」

「…………」


ウルは頭を下げたままの彼女をしばし無言で見つめた後、そっぽ向いて頬杖をつき、深々と溜息を吐いた。


「……はぁ。もういいよ。元々あんたも、俺を助けようとしてくれてたみたいだし」

「……気づいてたの?」

「気づいたのは今朝あんたが出てった後だけど」


顔を上げて目を丸くするレーツェルに、ウルは淡々と答える。レーツェルが否定しないということは、つまりウルの予想が当たっていたということなのだろう。


レーツェルはウルに害意をもって昨夜の襲撃に及んだわけではない。いや、害意が無かったと言えば語弊があるか。祖父の大事な家に入り込んだウルに対する怒りや敵意は当然にあったはず。


だが、それだけで祖父に確認もせずウルの寝込みを襲い掛かってきたわけではない。


そもそも冷静になって考えてみれば、不審者を発見したとしても、彼女がたった一人でそれに対処しようとするのはいかにも不自然だった。


レーツェルの身なりや昨夜もみ合った感覚からして、彼女は恐らく斥候職でそれほど腕が立つというわけではない。いくらウルが眠っていたとはいえ、実力の分からない未知の相手に一人で挑むのはリスクが高い。相手の正体も分からず、差し迫った問題があるわけでもないのなら、祖父に話を通してそちらから動いてもらう方が確実で安全だ。


最初は頭に血が上ったとか感情的な理由で動いたのかと思っていたが、だとすれば逆にウルがあの程度で済んでいることがおかしい。


そして、ウルが気絶する直前に聞いた「大人しく白状すれば、爺ちゃんに見つかる前に逃がしてやろうと思った」という発言。


「あんたは俺が犬ジイに見つかったら間違いなく殺されると思った。それが例え、何も知らずあの家に住みついた間抜けだったとしてもね。それを避けようと寝込みを襲って追い出そうとした──違う?」

「……爺ちゃんは普段冷静だけど、身内が絡むと時々タガが外れるから」


レーツェルは視線を逸らしながら「……いや、見せしめのために態とタガを外してるのかもしれないね」と呟く。


その様子を見てウルは、彼女は自分を助けたかったわけではなく、祖父の手を不必要に汚させたくなかったのだろうな、と感じた。


だが、その辺りはどうでもいいと、ウルは肩を竦める。


「……事情はどうあれ俺は一〇〇パー被害者だし、そっちにどんな事情や背景や思惑があろうと知ったこっちゃないんだけど」


そう言って、ウルは彼女に刺されまだカサブタが固まり切っていない首の傷を指でトントンと叩く。レーツェルの表情に申し訳なさと少しの反発が混じって歪んだ。


「う、ぐ……」

「──それでも善意で行動した人間を責め続けんのも面倒だ。昨日の件はここの払いで手打ちにしましょうや」

「…………うん。ごめんなさい」


レーツェルはそう言って、もう一度、今度は何の虚飾のない態度で頭を下げた。



そうこうしていると、ちょうど店員が日替わり定食を運んでくる。二人は昨夜の話はこれで終わりと切り替えて食事を始めた。


ちなみにメニューはメインが豚肉のローストで、それにパンとサラダ、スープが付いたごく一般的な内容。迷宮都市だからと言って魔物の肉が料理に出てきたりはしない。飢饉などで必要に迫られれば魔物肉を食べることもあり、過去には好んで魔物肉を食していた勇者もいたらしいが、魔物に蓄積された魔素は人体にとって有害なため、一般的に魔物食は推奨されていない。一度や二度食べた程度で健康を害することはないが許容量は人それぞれで、重症となれば四肢や内臓が腐れ落ちることもある。


逆に豚は街中でも生活ごみを食べてすくすく育つため、都市では食肉目的でも公衆衛生目的でもポピュラーな家畜。田舎育ちの人間は逆に、街中で豚が人の排泄物を食べている光景を見て食欲を無くすこともあるらしいが、街育ちの二人にそうした忌避感はなかった。



「へぇ~、じゃああんた、まだエンデに来て一月も経ってないんだ」

「まあね。正直、見通しが甘かったってのもあって、まだ冒険者らしい活動は一つもできてないよ」


食事をしながら互いの身の上について雑談する。ちなみにウルの中で、ソロで迷宮に突入して自爆したあの一件は無かったことになっていた。


「ああ、魔導技師アーティフィサーだっけ。確かに見習いの稼ぎじゃ道具や設備を維持するだけでも大変よね」

「ホントそれ。クラフト系の職業クラスが冒険者に少ない理由を嫌ってほど思い知らされたわ」

「確かにね。クラフト系が本気で冒険者やろうと思ったら、他所である程度経済基盤を確立した上で雇う側に回んないと難しいかもね。それにしたって、素人に雇われたいって冒険者は少ないだろうから簡単な話じゃないだろうけど」

「……どう考えても採算取れる見込みが見えねぇな」


客観的に自分が冒険者としてやっていくことの難しさを指摘され、ウルは溜息を吐く。


だがだからと言ってまだ一月も経っていないのに故郷に帰るとか損切りができるほどの思いきりもなく、問題から目を背けて話をレーツェルに振る。


「そっちは? そこそこ稼げてんの?」

「あ~……あたしも今はバイト暮らしだわ」


レーツェルは何故か目を逸らし、乾いた笑いを漏らす。


「迷宮には潜ってねぇの?」

「……今はね。ちょっと前まで固定パーティー組んで、見習いも卒業してそこそこ稼げてたんだけど、どうも方針が合わなくて」

「ふ~ん」


つまり今はソロということだ。

繊細な話題に思えたので、ウルはその辺りの事情を敢えて聞こうとはしなかった。


──実はウルはつい数日前、レーツェルがソロになった経緯を目撃しているのだが、そのことは全く記憶に残っていない。


レーツェルはがばっとテーブルに突っ伏して、わざとらしく嘆いて見せる。


「あ~……お金欲しい。それかせめて金にうるさくなくて優しくてあたしを立ててくれる腕の立つ仲間が欲しい」

「…………同感」


後者については「それ仲間か?」と思わなくもなかったが、共感できる意見ではあったので同意する。


金が全てではない。が、金があれば大体のことは解決する。仲間に関して、互いが互いに候補としても思い浮かばなかったのはご愛敬だ。

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