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第1話

連載はじめました。

どうぞよろしくお願いします。

「ひ、ひひっ……こんな浅い階層に精石が転がってるなんて、迷宮ダンジョンも案外ちょろいじゃん」


大陸一の規模を有する迷宮都市エンデの大迷宮。

その第三層、岩盤に覆われた薄暗いエリアの一角で、黒髪の少年が拳大の鉱石を手に一人ほくそ笑んでいた。


ただしその言葉は内容こそ威勢がいいが、緊張で声音が乾き、口元は引きつって震えている。


「質は……あんまり良くないけど、消耗品の素材としてなら十分使えるだろ」


その少年──ウルは暗がりの中ゴーグル越しに鉱石をためつすがめつした後、素材回収用に準備していたズタ袋に鉱石を放り込む。


まずは一つ。

果たしてこれにどんな値がつくかは分からないが、少なくとも無駄にはならないはずだ。


ソロで迷宮に潜らざるを得なくなったからには、無理せず、堅実に稼ぎを積み上げていくしかない。


ウルが気を引き締めなおし、他にも何かないか周辺の地面を見回している──と、背後で何かが蠢く気配を感じとり、咄嗟に腰の武器に手をかけ振り返る。


──キィキィ!


甲高い鳴き声と羽音。

体長一メートル弱はありそうな黒いシルエットの何かが天井の暗がりからウルに向かって急降下してきた。


「当たれっ!」


──バシュウン!


飛びかかってきたその正体が大蝙蝠だと気づいたのは、ウルの魔導銃から放たれた力場がその胴を射抜いた後だった。


「…………」


か細い悲鳴を上げて地面に落下した大蝙蝠に近づき、まだピクピク翼を動かし悶えているそれに銃口を突きつけながら恐々と見下ろす。魔導銃の一撃はきちんと致命傷を与えていたようで、大蝙蝠は一〇秒ほどで完全に動かなくなった。


ウルはつま先でツンツンとつついて大蝙蝠が死んでいることを確認した後、その翼を指先でつまんで持ち上げ、死体を観察する。


「……これも一応、魔物なのかな? とりあえず皮膜は補強用の素材かツナギとして使えそうだけど……試しにサンプルとして丸ごと持って帰るか」


とはいえ蝙蝠は重量は軽いが、翼が大きく解体せず持ち運ぶには少し邪魔だ。ロープで縛ってコンパクトにできないかと運び方を考えていると、再び天井方向から鳴き声が聞こえてきた。


「まだいたか!」


一匹仕留めたことで精神的に余裕ができたウルは、先ほどよりスムーズな動作で鳴き声のした方向に銃口を突きつけ──


「──ひぇっ!?」


奇妙な悲鳴を上げて身体を硬直させた。


そこにいたのは予想通り大蝙蝠──ただし少なく見積もって三〇匹以上はいる。


──ギィ、キィキィ!


大蝙蝠たちは仲間を殺された怒りを表すかのようにその眼を暗闇に光らせ、一斉に急降下してきた。


◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


「──ちょ、もうちょっと条件何とかなりませんか?」

「不満なら他をあたりな」


冒険者ギルド併設の酒場で、いかにも新人と思しき“キレイな”装備を身に纏った少年が、屈強な三人組に追いすがり懇願している。


「いや、でも固定給で一日銀貨五枚って、それじゃ地上で日雇いのバイトした方がマシじゃないっすか!?」


新人──ウルの言葉に三人組のリーダーにあたる無頼ローグが面倒くさそうに溜息を吐いた。


「当たり前だろ。テメェみたいな新人、迷宮ダンジョンじゃ荷物持ちぐらいしかできやしねぇんだ。足手まとい連れてって経験積ませてやろうってんだから、逆に俺らが金を貰いてぇぐらいだぜ」

「お、俺は魔導技師アーティフィサーです! 魔導銃だって持ってるし、素材の鑑定だってできる! 必ずお役に立ちます!」


ウルの必死のアピールに三人組は顔を見合わせ、鼻で笑った。


「あのな、坊主。魔導技師なんざ、何するにも素材だ道具だ必要な金食い虫じゃねぇか。道具で魔法を再現すると言やぁ聞こえはいいが、それなら魔術師ウィザード雇った方がよっぽど安上がりで手っ取り早いんだぜ」

「……ぐっ」


的を射た指摘にウルは言葉に詰まる。

魔導技師は何をするにも金がかかる上、再現できる魔術は同レベルの専業呪文遣いと比較して一、二段劣る。逆に魔導技師には金と素材と時間さえあればリソースをストックできるという強みはあるものの、それが揃えられなければハッキリ言ってただの劣化魔術師でしかなかった。


「それにその魔導銃ってのも、矢弾の消費無しに魔法の弾丸を撃てるってのは面白ぇが、威力や射程は弓と変わりゃしねぇだろ? それなら斥候もこなせる狩人ハンター衛士レンジャー雇ったほうが役に立つさ」

「う……ぐ」


これもまた事実。

魔導銃は便利な遠距離攻撃手段ではあるが、威力は長弓と同程度、射程は三〇~五〇メートルと弓より劣る。


矢弾の消費がなく魔法属性で弓より扱いやすいという利点はあるものの(ただし魔導技師にしか弾丸を装填できない)、普通に戦えば訓練された弓使いの方が強かった。


「ついでに言うと素材の鑑定? 別に現地で鑑定なんぞせんでも、持ち帰ってギルドで確認すりゃいいわな」

「…………」


もう言葉もない。


「あと勘違いするなよ。俺らも別に、テメェが魔導技師だからって特別悪い条件を提示してるわけじゃねぇ。何かあった時の治療費は俺ら持ちだし、銀貨五枚ありゃ最低限飯は食えるし寝床も確保できる。ひよっこはそうやって経験を積んでステップアップしていくのが普通だぜ?」

「いや、それは──っ!」


ウルは口をついて出そうになった反論を寸でのところで呑み込む。


男たちの言葉は正論だった。

食事は一食銀貨一枚前後、宿はうまやと大差ない環境で良ければ素泊まり銀貨一枚から。多少切り詰めれば装備更新のための積立もできなくはないし、実際に普通の新米冒険者はそうしている。


だがウルがここで素直に頷けない理由は、魔導技師という彼の職業クラスにあった。


魔導技師とは魔道具を作成し、それを使いこなす者であり、その真価を発揮するにはとにかく金か、せめて素材がいる。もちろんウルも新人の内は中々金も素材も思うようには手に入らないだろうと覚悟し、金を貯めて魔導銃など素材消費無しで汎用的に使える装備を準備してきた。


しかしいざ迷宮都市を訪れてみると、当初想定していなかった問題が一つ──宿のセキュリティだ。


ウルも故郷で冒険者の先輩から話を聞いて必要経費などは予め調べていたが、その前提となっていたのは鍵どころかドアも仕切りもない安宿への宿泊。実際に宿を確保し、いざ荷物をおいて冒険に出かけようとしてさあ困った。魔導技師の加工・調合用の道具は相応に値の張るものが多いわけだが、それをこんな危ないところに置いておけるはずがない。


嵩張る道具を迷宮に持っていくこともできず仕方なくギルドの貸金庫を借りたが、これだけで月額金貨二枚。金貨一枚=銀貨一〇枚換算なので、日に固定給銀貨五枚では生活費や冒険の消耗品、装備の整備費を差し引いたら、かなりの確率で足が出てしまう。


「んだよ。何か言いたいことでもあんのか?」

「……いえ」


だがそんなウルの事情は目の前の冒険者たちには関係のない話。話したところでまた鼻で笑われるのが目に見えていたので、ウルは俯き言葉を呑み込んだ。


そんなひよっこ冒険者の態度をどう理解したのか、三人組の一人が鼻を鳴らして突き放すように言う。


「フン。まあ、取り分に不満があるなら同じひよっこ誘って潜ったらどうだ? 運が良けりゃ、日雇いでバイトするよか儲かるかもしれんぜ」

「いや、それは……」


危険な迷宮に技術も経験もノウハウもない新人だけで潜るとか、どう考えてもない。


元軍人や傭兵で戦闘面で不足のない者であっても、初めて迷宮に潜る際には経験豊富な案内人を雇うものだ。


新人同士仲良く組んで迷宮に潜りましょ、とか控えめに言って頭がイカレている。


「ま、不満があるのに無理に連れてってやる義理もねぇ。勝手にしろや」

「あ……」


煮え切らないウルの態度に業を煮やしたのか、三人組は席を立ちウルに背を向けギルドを出て行ってしまった。




その後、ウルは二日間にわたって様々なパーティーに加入交渉を行うも、見事に撃沈。


そもそも扱いどころの難しい新人魔導技師など相手にされないケースが多く、加入OKでも日に銀貨五枚どころか生活費直接負担で分け前無しといった奴隷契約のような条件を提示されることもあった。


丸二日を無駄にし、懐がどんどん寂しくなっていったウルは、焦燥から冷静な判断力を喪失し、通常であれば思いもよらない愚かな決断を下してしまう。



──迷宮も浅い層は魔物も少なくて危険は低いって聞くし、ここでうだうだしてるよりそこで素材集めした方が早くね? パーティー組んだら非効率過ぎて赤字確定だろうけど、ソロなら案外採算取れるんじゃ……



ちなみに、パーティーを組めなかったり、実際の実入りや人間関係に不満を抱いて離脱し、ソロで迷宮に潜ろうとする者は、実はウルに限らず一定数存在する。


ただし、彼らの大半は──


◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


「──っ!?」


頭上から一斉降下してくる大蝙蝠の群れめがけて、ウルは反射的に手に持った魔導銃の引き金を連続して引く。


──バシュ! バシュゥ!


不可視の力場は狙いをつける必要もなく大蝙蝠の身体を射抜くが、この大群を前には一、二匹落としたところで焼け石に水だ。混乱したウルは更に引き金を引くが──


──カチッ! カチ、カチッ!


「何でッ!?」


魔導銃から力場は発生せず、空撃ちになってしまう。一瞬、故障という可能性がウルの頭をよぎったが、原因はすぐに分かった。チャージ切れだ。


魔導銃は矢弾の消費こそないが、その代わり発射にあたっては弾倉にあたる部分を操作してエネルギーを再装填リロードする必要がある。装填可能な弾数は三。そしてその作業には約一〇秒必要だ。


しかしこの状況で悠長に再装填などしていては、大蝙蝠の群れに取りつかれ、あっという間に干物になってしまうだろう。


「うわぁぁぁぁぁぁっ!?」


ウルは群れに背を向け、みっともなく悲鳴を上げて逃げ出した。


手に持った魔導銃を再装填しようとするが、走りながら、しかも恐怖と混乱で震える指先では正確な操作などできようはずがない。魔導銃の機構は引っかかったような金属音を響かせるばかりで全く思い通り動かなかった。



後から冷静になって振り返ってみれば、仮に魔導銃が使えたところであの群れ相手にどうにかできたとは思えないし、移動速度を考えれば逃げ切れるはずがない。だからその後の展開は──まあ、運が良かったのだ。



──ガッ!


「うおっ!?」


両手が塞がった状態で慌てていたこともあり、足がもつれて躓き身体が地面に転がる。直ぐに立ち上がろうとするが、追いついてきた蝙蝠のタックルを背中に食らい、再び身体がつんのめる。


「だっ!? う、うわぁぁぁっ!!」


続けざまに襲い掛かる蝙蝠のタックルに、ウルは立ち上がることを諦め地面に転がったまま駄々っ子のように手に持った魔導銃を振りまわす。腰には近接専用の長剣も一応ぶら下がっていたが、その時は無我夢中で使い慣れない剣のことなどすっかり忘れていたし、こんな体勢では振るうのが剣でも銃でも大した違いはなかっただろう。


蝙蝠たちは互いの身体が邪魔をしているのか、あるいはウルの反撃を警戒しているのか、ヒット&アウェイでバラバラに攻撃を仕掛けてくるため、今のところ群れに取りつかれて身動きが取れなくなるようなことにはなっていない。


だがこのままでは動けなくなるのも時間の問題。蝙蝠の体当たりや噛みつきは、着実にウルの身体を打ちのめし、削っていた。


「だ────っ!?」


恐怖と痛みで完全にパニックに陥っていたウルが、それを手にしたのは全くの偶然だった。


地面を転がりまわったはずみで、ベルトポーチから子供の拳大ほどの球体が転げ落ち、ウルの胴を転がって顔の横にポトリと落ちる。


ウルはその球体が、自分が冒険者になるにあたって切り札として自作したものだと理解して行動したわけではない。ただ腕を振り回すのと同じ感覚でそれを手に取り、無意識に刻み込まれた動作で安全弁を引き抜き投げつけた。


大蝙蝠の群れの中心に投げ込まれた球体──爆裂弾は、その内の一匹にぶつかった衝撃で起爆。


──ドヴァァァァン!


ウルが作成した爆裂弾は、火薬を用いて爆風と破片でダメージを与える一般的な爆弾とは異なり、圧縮した火精石の爆炎で範囲を薙ぎ払う【火球ファイアボール】の呪文に近しい効果を持っていた。


──キィィーッ……!!


大蝙蝠たちは爆炎に飲まれて群れごと吹き飛び、範囲外で致命傷を免れた個体も炎に怯え散り散りになって逃げだしていった。


「だぢぃっ!?」


至近距離で爆発したことでウル自身も爆炎を浴び、腕や顔などに少なからぬ火傷を負う。ウルは痛みに悲鳴を上げてポーチから霊薬ポーション──薬師の姉から餞別にもらった秘蔵品──の瓶を取り出し、中身の液体を火傷部分に振りかけた。


姉がお守り代わりに持たせてくれた品だけあってその効力は高く、赤黒くなって爛れかけていたウルの皮膚は見る見る間に正常な肌色を取り戻していった。


「はぁ、はぁ……はぁ……」


肩で息をしながら周囲を見回し、これ以上大蝙蝠の襲撃がないことを確認して、ウルはようやく安堵の息を吐く。


周囲には焼け焦げた大蝙蝠の死体や肉片が散らばっていて、惨状と言ってよい有様だ。混乱した思考を落ち着かせながら、ウルは状況確認、これからどうしようかを熱を帯び回転の鈍い頭で考える。


失った物は攻撃と回復の切り札。

幸いと言うべきかダメージはほぼ回復していて装備に破損もない。


逆に今回の探索で得られたものはほとんどなく、純度の低い鉱石が一つと、ボロボロになった大蝙蝠の死体が転がっているだけ。このままではどう考えても赤字だ。


体力的にはまだ探索を続けることも不可能ではないが、一度死にかけた気力を立て直すことは難しい。だがこのまま何の成果もないまま引き返していいものか──


『……ごい音しなかった?』

『こんな上層で──』


ウルが判断に迷っていると、迷宮の順路の方から人の声と足音が近づいてきた。先ほどの爆音を聞きつけて、何か異変が起きたのでは考えたらしい。


「────っ!!?」


ウルは焦った。別に他の冒険者に見られたところで何がどうなるわけではないのだが、先ほどの自分の姿が醜態だと理解していただけに、それを知られたくないと顔が紅潮する。


これは羞恥だ。


慌てた彼は立ち上がって服の乱れを直し、荷物を確認。その場を立ち去ろうとし──大蝙蝠の死体を持って帰るかどうか一瞬悩む。重たく、邪魔で、さしたる価値があるとも思えないが、それでも少しでも成果の足しになればと一番状態の良い死体を一つ肩に担ぎ、何食わぬ顔でその場から離れる。


「あれ? なあ、さっきこっちから大きな音が──」


途中、若い冒険者の一団とすれ違ったが、ウルはさも急いでますといった風を装い、軽く会釈。


「あ。ちょっと僕が実験してたんです。驚かせちゃってすいません」

「へ? ちょ、ちょっと話を──」

「すいません、急いでるんで」


呼び止める声を無視し、小走りでその場から立ち去った。


顔の紅潮が収まらず、恥ずかしさと情けなさで顔が歪む。意味もなく叫びだしたくなる衝動を必死に堪えながら、ウルの初めてのダンジョンアタックは苦い記憶と共に幕を下ろした。




【今回の収支】

<収入>

 ―

 ※未換金の素材の代金は含まない

<支出>

 金貨2枚 銀貨5枚 銅貨4枚

 ・貸金庫(1月分) 金貨2枚

 ・生活費(2日分) 銀貨6枚 銅貨4枚

<収支>

 ▲金貨2枚 ▲銀貨5枚 ▲銅貨4枚

 ※使用した爆裂弾、霊薬の費用は含まない


<所持金>

(初期)金貨3枚 銀貨13枚 銅貨32枚

(最終)金貨1枚 銀貨 8枚 銅貨28枚


【Tips】

現代日本の通貨に換算すると、金貨は万円、銀貨は千円、銅貨は百円程度の価値を有する。

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