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花束を抱えて  作者: 枇榔
9/9

最終話 弥生の手紙

 喫茶店の閉店日以降、娘の家の近くに引っ越すため、家中の物を片付けていた。弥生(やよい)の部屋に入ることは滅多になかったから、入るのに少しだけ躊躇した。衣類やアクセサリーなどの小物は、姉が引き取りたいと言うのでダンボールにまとめ、不要なものはゴミ袋へ。押入れの奥は薄暗いのに、それは、てらっと光っていた。お菓子の缶箱のようだ。開けると、たくさんの押し花と、日記帳、それから、ラベンダー色の封筒が入っていた。


ーーー紫郎(しろう)くんへ


 手に取ると、ずいぶんと分厚い。どんなことが書かれているのか、想像がつくような、そうでないような。顔面に力を入れながら、意を決して、手紙を読み始めた。

 紫郎くんへ


この手紙を読んでいるということは、

私はもう、この世にはいないということ。

いつ、そうなるのかわからないから、

結婚式の次の日に、書いています。


私の心臓が生まれつき弱いのは、知っていたよね。

小さい頃は入退院を繰り返していて、

小学生の時に大手術をして、

それからしばらく経過観察だったけど、

体調は安定してた。

でもね、高校に入学してから、

自分の体に違和感を感じるようになって、

ずっと経過観察だったのに、要精密検査。

循環器内科と心臓外科に通ってた。

今すぐ死ぬとかそんなことはないけど、

いつそうなるかわからないって思ったら、

いてもたってもいられなくなって、

我慢も葛藤もたくさんしたけど、

高校三年生の夏休みまでに生きていたら、

紫郎くんに会いに行って、プロポーズしようと決めていました。

それまで生きていられて、本当に良かった。

小さい頃は、病院にいるか家にいるか、

どちらかしかなくて、

お母様もお父様も、家の中で退屈しないようにと、

習い事や催し物で楽しく過ごせるように工夫してくれていた。

でも、それじゃ満たされないこともあって、

近所までなら、と外に散歩に行くのが一番大好きだった。

そして、隣の花屋さんで紫郎くんと初めて会って、

その時に一目惚れ。

路上でお絵描きしたり、お花のことを話したり、

短い時間だからこそ充実した時間をくれた紫郎くん。

喧嘩するようになってから、なんとなく、

私のことを、避けていたよね。

前みたいに遊べなくなったのは、

幼心に寂しかったけれど、

それは紫郎くんの優しさだったんだよね。

だから、ずっとずっと、想い続けていたよ。

ちょっと怖いね。


病気のことを隠してまで、

紫郎くんと結婚したかったのは、

待ち受ける"死"をただ待つのではなく、

やりたいことをやりつくして、

その時が来た時に、それを受け入れられるようにしたかったから。

実際、その時がきたら、"まだ死にたくない"!って思うんだろうけど、

それは誰しもがそうだから仕方ないね。


私は、病気がわかった時から、

自分のことしか考えてない。

自分がどうしたら楽しいか、嬉しいか、面白いか、幸せか、

それだけを考えて、生きてきた。

自分勝手で、情けないなと思うけど、

短いかもしれない人生を、

豊かに過ごしていきたかったの。

だから、紫郎くんがプロポーズを受け入れてくれたこと、

心の底から嬉しかったよ。

あの日会いに行って、本当に良かった。

大好きな人と結婚できて、

それだけでも十分に幸せなのに、

子宝にまで恵まれちゃって。

私は本当に幸せ者です。

 

心臓に爆弾を抱えてる、って言うのかな。

いつそれが爆発するのか、

大爆発なのか、そうじゃないのか、

何もかもが分からないの。

これからも、秘密にしていくと思います。

だってきっと、私の病気のことを知ったら、

紫郎くんは、結婚はしてくれても、

"私のために"って、色々なこと我慢したり、

思い出作りをしたり、しちゃうでしょ?

それってなんか、お別れの準備をされているみたいで、

切ないなって思ったの。

でも、私が突然いなくなるのも、

紫郎くんにとってはしんどいか。

え、しんどいよね?悲しいよね?

それくらい、紫郎くんに愛されてるって、思ってるよ?

一方通行じゃ、ないよね!


あ、そういえば、

赤ちゃんの性別は、まだはっきりとはしていないけれど、

女の子な気がしています。

佳澄(かすみ)って名前にしたいな、と思っています。

理由は、明日ちゃんと紫郎くんに話すね。


病気のこと、秘密にしていて、ごめんなさい。

これからも秘密にしていきます。ごめんなさい。

紫郎くんと佳澄を置いていってしまうこと、

それはなかなかの心残りだけど、

ごめんなさい、私は先にいきます。

これは、避けられない現実。

それでも私は、

精一杯生きたな、十分すぎるくらいに幸せだなって、

そう思いながら死んでいきたいのです。


明日からの私達の生活は、慌ただしく過ぎ去って行くんでしょうね。

それでもきっと、幸せに満ち溢れている。

楽しみです。

こんな私ですが、どうぞよろしくお願いします。


紫郎くん。

愛しています。

だから、たくさん、

愛してください。


 弥生


 落ちてくる涙で手紙が濡れないようにしながら、なんとか最後まで読み切った。この手紙が書かれてから二十年、長いこともった方だ。眠っていた不発弾が、あの日何かのはずみで爆発してしまったということか。


 お前が病気のことを隠していたことは、気づいていたよ。五回ほど入院をしているし、定期的な通院、大量の薬。自分では隠せていると思っていたんだろうか。何度も、どんな病気を抱えているのか、聞こうと思ったよ。でも、お前から打ち明けてくれるのを、待とうと思ったんだ。なんでだろうな。


 今度は、俺がお前に会いに行く番。でもそれは、まだまだ先になりそうだ。佳澄と篠崎(しのざき)を見守りながら、(じゅん)の面倒を見なきゃならない。それに俺は、悪運が強いからな。そっちに行くまで、首を長くして待っていてくれ。お前に会いに行く時は、大きな花束を抱えて行くから。

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