六.バイト先にて
買い出しとバイトと夜な夜なの菓子作りをこなして、無事、力作の焼き菓子詰め合わせを姉に届けることが出来た。やれば出来るな、幸先がいい。でもさすがに疲れた。仮眠を取るつもりで横になったら、寝入ってしまったらしい。次に目を覚ました時には夕方になっていて、急いでバイト支度をして部屋を飛び出した。
少し前までは、色々なバイトを転々としていたが、今は、工場の夜勤のバイトに落ち着いている。雑用がほとんどだが、中卒でも受け入れてくれたし、給料もいいし、居心地がいい。日中は、単発のバイトを入れることもあるが、なるべく自分のやりたいことをやる時間を作るようにしている。
バイト先に向かう途中、喧嘩を売ってくる奴が数人いたが、こういう絡みが今後なくなるようにしていかなければならない。急いでいるのもあって、睨みをきかせてその場をやり過ごしたり、それでもしつこい奴には"笑顔の握手"で対応。バイト先にはなんとか間に合った。
「紫郎は優しいね、あんな奴ら軽くボコっちゃえばいいのに。」
「いち。」
バイト先付近で絡まれているのを覗いていたのか、ソファーでくつろぎながら鍋屋一がニヤニヤとこちらをみている。バイト先の同僚で、名前が漢数字の"一"だから、みんなから"いち"とか"いっちー"と呼ばれている。というか、呼ばせている。年上らしいが、敬語を使われるのが嫌いなようで、こちらも気を遣わずに話すことにしている。
「それにしても、なんで紫郎はああいう奴らに絡まれちゃうんだろうね。」
「俺が聞きてぇよ。」
「奴らはよっぽど暇で、愛情に飢えてて、構ってほしいんだね。」
「ほんと面倒くせぇ。」
「それか、あれじゃね?紫郎がそういうのを引き寄せるフェロモン?みたいなの出してんじゃね?」
「勘弁してほしいわ。もう喧嘩とか、ガラ悪いのと絡むのとか、辞めていきたいんだ。」
「え!?どうしちゃったの!?」
「ちゃんとしなきゃ、だから。」
作業着に着替えて振り返ると、至近距離にいる、いち。姉といい、いちといい、距離感が近い人が多いな、俺の周りは。
「今日、仕事の後、飲みね。」
「えー…。」
「ついでにいろんな奴ら呼んじゃお!」
「ほんとお前は自由だよな…。」
携帯電話を取り出して、高速でカチコチとメールを打つ。ガキっぽくて適当そうに見えて、いちは割と真面目な奴で、華奢な体からは想像もつかないくらいの力の持ち主。初めてその仕事振りを見た時は驚いて、開いた口がしばらく塞がらなかった。強面の俺に臆することなく、初対面から親しげに接してくれていたいちは、何気に凄い人だと思っている。出会いはバイト先だったが、もっと前から一緒にいるような、不思議な感覚にさせられる男だ。
未成年の飲酒やタバコの喫煙は、法律で禁止されている。そういうのは破るためにあるんだろ、と、ちょっと前までは思っていたが、いちに、『そういうのダサいよ』と言われてから、考え方が180度変わった。
「さー、乾杯乾杯〜。」
「お疲れー。」
休憩室を貸し切って、バイト先の面子とバイトとは関係ない奴らも集まって始まる、アルコールの入っていない飲み物しか許されない飲み会。いちが、今つるんでる連中を片っ端から呼び出したので、結構な大人数になってしまった。バイト先の社長が好意で場所を貸してくれていることになっているが、噂で、いちが社長の弱みを握っているから逆らえない、と聞いたことがある。本当だったら、いちらしいな、と思うし、嘘だったら、それはそれでいいし、馬鹿騒ぎができる場所が確保できているのは、正直ありがたい。
「で?紫郎からみんなに報告することでもあるの?」
いちが唐突に核心をついてくるので、飲みかけた炭酸ジュースを吹きこぼすところだった。話を切り出す雰囲気と後押しをくれたいちに、心の中で感謝して、背筋を伸ばす。
「俺、春になったら結婚するわ。」
発言後、いちは、やっぱりな、という柔らかな笑みを俺に向け、うんうんと頷いた。他の奴らは、鳩が豆鉄砲を喰らったような顔でポカンとしていて、時が止まったよう。
「お、おめでとうございます!!」
可愛がってる奴の一人、佐々彰が、顔を真っ赤にしながら立ち上がって、手を叩く。拍手が連鎖していくと、止まっていた時が動き出し、そのうち質問攻めに合い、収拾をつかせるのに苦労した。ようやく落ち着いて静かな雰囲気になった時、これから自分がやっていかなければならないことを伝えていった。
「お前達はいい奴らだよ。この先も付き合っていきたい。だから、絶対にヤバいことには手を出すな。喧嘩もするな。勉強して手に職を付けろ。俺も一緒に頑張るから。あいつに胸を張れる、クリーンな交友関係を築いていきたいんだ。」
そう締めくくると、黙って話を聞いていたいちが口を開く。
「俺は、紫郎の幸せを守りたいな。みんなは?」
俯いたままの奴もいる。静かに席を立ち、去っていく奴もいる。それでも、真剣な顔でこちらを見つめる奴や、涙目で頷く奴、これからの俺と向き合ってくれそうな奴らが、集まった人数の半数以上いたので、寂しさより嬉しさが勝った。
この日を境に、"花ヤンキー"はひっそりと姿を消していく。




