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花束を抱えて  作者: 枇榔
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四.神崎家と朝霧家

 【神崎(かんざき)家】



 実家に帰るのは、一人暮らしをしてから初めて。約二年半振りに見る我が家の佇まいは、昔と何も変わらず、少しだけ汚れた看板に時の流れを感じる。店先には、色とりどりの花達が、憂鬱な空模様の中、凛と咲き誇っていた。


 「…ただいま。」


 背中を丸めて作業をしている母親に、店先から声をかける。ぱっとこちらを振り返るや否や、おかえり!!と叫びながらタックルしてきた。かわして背後をとると、振り返る顔面が哀愁に満ちていて、ゆっくりと目を逸らす。その先の少し離れたところに弥生(やよい)は立っていて、口元に手を当ててクスクスと笑っている。母親が再びタックル体勢に入りそうな時、奥から父親が出てきた。熊みたいにでかい図体で、可愛らしい花々を抱えている。ちょうど、花束にして朝霧(あさぎり)家に持っていきたい花を持っていたので、それとそれ、と指差すと、父親はのそり、と作業台に向かい、無言のまま花束を作っていく。久しぶりの帰省だというのに、淡々と。あたかも俺が今までも実家(ここ)にいたような感覚にさせられる。


 俺が喧嘩をするようになって、最初は心配していた両親だったが、二人共謎に肝が据わっていて、飄々(ひょうひょう)としている性格。顔や体に傷を作って帰る日々を繰り返していくうちに、泥や血で汚れようが、帰宅時間が深夜だろうが朝方だろうが、動じることなく、いつもただ『おかえり』と迎え入れてくれた。そんな二人の元に生まれてきた俺だから、胸を張って言える、『"花ヤンキー"と呼ばれる喧嘩馬鹿でも、逮捕されるような悪行には手は染めていない』。そしてそれは、何も言わなくても両親は分かっていてくれている。


 親の偉大さに改めて気付かされながら、ここに来た目的を思い出す。


 「俺、結婚するわ。」


 二人共、一瞬驚いて顔を見合わせたものの、母親はおめでとう、と涙ぐみ、父親はまた黙々と花束の仕上げ作業を続ける。振り返ると、弥生は未だに少し離れた場所から、こちらを見守るように見つめている。


 「紫郎(しろう)。家族になる人を、守れる人になるんだぞ。」


 父親が、ずい、と、花束を差し出してきた。白いダリアの花言葉は、"感謝"と"豊かな愛情"。白いかすみ草の花言葉は、"幸福"と"感謝"、そして"清らかな心"。この真っ白な花束に誓って、自分が守ると決めたものを、一生をかけて守っていく。


 弥生は、俺達のやり取りを終始見守り、涙を拭っていた。そんな弥生に、母親がそっと近づいていき、手を取る。


 「弥生ちゃん、うちの馬鹿息子をよろしくね。」

 「もちろんです。」

 「二回目だね。」

 「二回目ですね。」

 「大事なことだからね。」

 「大事なことは何回でも。」

 「うちの馬鹿息子をよろしくね。」

 「もちろんです!」


 二人のアホみたいなやり取りを見ていると、父親が背中を平手打ちした。不意打ちによろめくと、ニヤリ、と静かに笑った。


 「しっかりやれよ。」

 「言われなくても分かってるよ。」



――――――



 【朝霧家】



 右手で白い花束を抱え、左手で弥生の手を握り、朝霧家の門の前に立つ。まだ役に立っていない傘は、弥生が右手で持っている。ガキの頃には数回上がらせてもらった、巨大な家。身長も伸びて、数々の修羅場(ただの殴り合いの喧嘩だが)を潜り抜けてきた今でも、大きく感じる。少しだけ怖気付いた俺の手を、弥生は力強く握った。そして、信じられないくらいの力を目に宿し、一歩が踏み出せない俺に『行け』と、無言の圧力をかけてくる。その顔好きだな、と思いながら、深呼吸をして、弥生の手を引いて一歩を踏み出した。


 召使いに通された客間は、俺の住んでいるアパートの一室よりも広かった。さすが朝霧家。何の仕事をしているのかは分からないが、これからは、きちんと知っていかなければならない。膝の上に置いた手に、変な汗をかき始めている。


 「お久しぶりね、紫郎ちゃん。」

 「いや皐月(さつき)さん、もう"ちゃん"だなんて歳じゃないよ。」

 「あらそうね、紫郎くん?」

 「そうそう。」


 "ダンディな旦那様とお上品な奥様"が、腕を組んで仲睦まじく登場。一大決心をして緊張をしているというのに、なんだか和んでしまい、顔や口元が緩んで思わず微笑してしまった。


 「お久しぶりです。急におしかけてしまって、すんません。」

 「いいのよ気にしないで。ねぇ正実(まさみ)さん。」

 「そうだね。弥生が紫郎くんの家に行っていることは昨夜電話で知らせてくれたし、紫郎くんの元にいるのなら、何も心配することはなかったしね。」

 「随分会っていないのに、警戒しなかったんですか。」

 「そうね〜、"花ヤンキー"ですもんね〜。」

 「…喧嘩ばっかで、いつの間にかそう言われるようになってしまいました。」

 「まぁ、ヤンキーと聞いて、物騒だなぁと思ったのは本当だよ。でも、僕達は昔の紫郎くんを知っているからね。根っこの優しい部分は、変わっていないんじゃないかと、思ってね。」

 「あ、ありがとうございます…?」

 「うんうん。」

 「それに、(あおい)さんや貴司(たかし)さんには、いつも助けられてばっかりで、そんな二人の息子さんだもの、信用出来るに決まってるわ。」


 神崎家と朝霧家は、家が隣同士ということ以外にも、何か繋がりがありそうだ。それはこれから知る機会があるだろう。今日朝霧家(ここ)に来た目的を、果たさなければ。


 「あの、今日来たのは、俺と弥生…さんのことで、報告したいことがあって。」

 「うんうん、なんだい?」

 「実は…」

 「私達っ、結婚します!!」

 「「「えっ…!?」」」


 ずっと口をつぐんできた弥生が、急に大声で叫んだもんだから、その場にいた全員が呆気に取られた、と思いきや、弥生の母親はすぐに真剣な顔つきになり、俺の隣に座っている弥生の膝下に移動していた。


 「弥生。ついに、果たしたのね。」

 「はい、お母様。」

 「よくやったわね。一途な思いが、ようやく想い人に届いたのね。」

 「お母様…。」


 男二人を取り残して、女二人は二人だけの世界に入ってしまった。どうやら、弥生の母親は全て把握していたようだ。


 「紫郎くん。弥生をお嫁さんにしてくれるんだね。」

 「あ、はい。弥生…さんが高校を卒業するまでに、色々と準備します。」

 「苦労かけるね。」

 「いえ。俺の方が、弥生…さんに、苦労や迷惑をかけると思います。おじさんやおばさんにも。」

 「僕達は大丈夫だよ。それにうちの弥生も、皐月さんに似て底力があるからね。尻に敷かれるぞ?」

 「…そうかもしれません。あいつには、一生敵わない気がします。」

 「それでも、脆い時は脆いからな。支えてやってください。」

 「はい。」


 男二人も、男同士の会話ができたところで、弥生がちょいちょいと服の端を引っ張った。目線の先には、花束。


 短く息を吐き、花束を抱えて立ち上がる。


 「おじさん、おばさん。一生かけて、弥生…さんを、幸せにします。」


 お辞儀をして差し出した花束を、弥生の父親と母親が二人でそっと受け取る。


 「よろしくお願いします。」


 顔を上げると、嘘偽りのない二人の笑顔。俺達の結婚を快諾してくれたことが分かる。


 分厚い雲の隙間から差し込んだ一筋の光が、花束をより一層輝かせていた。

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