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花束を抱えて  作者: 枇榔
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三.その後の二人

 一夜が明け、二人は目を覚ますと同時に起き上がり、そそくさと身支度を整えた。時々目が合うと、逸らすでもなく二人でニヤけて、自分達の間に流れているなんとも言えない雰囲気に戸惑う。ぎこちなさに居たたまれなくなるような、それが嫌でもないような、不思議な感覚に包まれた、朝。清々しく晴れていたら完璧な朝だったのに、今朝は曇り空。そのうち雨が降り出しそうに濃い灰色をしている。


 簡単に朝食を済ませると、今後の予定を話し合った。朝霧(あさぎり)家に弥生(やよい)を届けて、結婚の許しをもらうこと。神崎(かんざき)家にも顔を出して、結婚の報告をすること。両家顔合わせや式はどうするのか相談すること。俺の交友関係を整理してクリーンにすること。二人で住むための資金や住む場所はどうするか。結婚後はどうやって生計を立てていくか。やることや考えることは山積みで、それら全てを弥生が高校を卒業するまでにどうにかしておく必要がある。


 弥生は、小さな可愛らしいメモ帳に、やるべきことを書き連ねていく。


 「…綺麗だな。」

 「え?」

 「綺麗な字を書くんだな。」

 「ふふ、どうもありがとう。」


 姿勢や仕草、弥生を包む空気、それら全てに洗練されたものを感じる。


 「大体こんな感じかしら。」

 「そうだな。」

 「紫郎くんに頑張ってもらわないといけないことばかりね。」

 「ほんとにな。」


 ぐーん、と、伸びをする。


 「あ。」

 「え?」


 伸びをしながら、冷蔵庫に一昨日の夜に作ったぶどうのタルトの余りがあることに気づき、立ち上がる。弥生は、一度は気にしたものの、何かを思いついた様子でメモ帳にかじりついた。作ってから時間が経っていたので、悪くなっていないか心配だったが、においも味も大丈夫そうだ。食べやすい大きさに切って皿に盛り、フォークを添えて持っていく。集中している弥生の視線がこちらに向くまで待ってから声をかける。


 「食う?」

 「ん、いただくわ。」


 髪を耳にかけて、文字通り"お上品"にタルトを食べる弥生。そう言えば、俺がお菓子作りが趣味であることを知っているのは、家族意外に朝霧家の人々も知っていた。ガキの頃、母親とお菓子を作っては、花と一緒に届けに行ったり、花を買いに来てくれた時に持たせてやったりしていた。


 「紫郎くん、お菓子作り続けていたのね。」

 「まぁな。」

 「腕が上がったんじゃない?小さい頃に食べていたのもおいしかったけど、なんていうの…味に深みが増してるっていうか、ちょっと大人な味がする。」

 「弥生のお子ちゃま舌には早かったか?」

 「あら、馬鹿にしないで下さる?」

 「はは、わりぃわりぃ。」

 「それ本気で謝っていないやつね?」

 「バレたか。」


 なんの他愛もない会話は、会えていなかった時間を取り戻すかのように、心地いいテンポで続く。


 「ねぇ、紫郎くん。」

 「うん?」

 「私ね、やってみたいことがあるんだけど。」

 「やってみたいこと?」

 「二人で、喫茶店をやらない?」

 「…喫茶店。」

 「紫郎くんが美味しいお菓子を作って、私がコーヒーを淹れるの。」

 「店の経営かぁ…。」

 「経営学は、高校に入ってからお兄様に習ってきたから、その辺は任せて!コーヒーも、小さい頃からの趣味だったし!」

 「趣味ねぇ…。俺のお菓子作りだって、あくまでも趣味だぞ。それで稼いで食っていくなんて…考えたこともなかったな。」

 「好きなことを仕事にできるなんて、素敵じゃない?それでうまくいかなかったら、またその時に考えればいいんだし!」

 「お前なぁ…簡単に言うけどよ…。」


 腕を組んで考え込む。今は力仕事系で割高のバイトを転々としているが、過去に、自分にはどんな仕事が向いているのか色々な職種に手を出して、バーテンダーのバイトをしたことがあった。喋らなくて目が合わなければ、タッパもあってまぁまぁイケてる部類に入るようだが、素で話しかけたり目が合ってしまったりしてしまうと、恐怖を与えてしまうようで、すぐに裏方に回されてしまった。そんな俺が、喫茶店でお菓子作って接客…できる気がしない。


 「私ね、紫郎くんのお菓子に合うコーヒーを淹れられる人になりたいって思っていて。だから、コーヒーの焙煎と淹れ方を独学でマスターしたの。」

 「そうなのか。」

 「でもね、なんでなのかわからないんだけど、私がコーヒーを淹れるとね、どうやっても、誰に飲ませても、自分で飲んでも、不味いのよ。」

 「え、不味いんかい。」

 「でも、どうしても美味しいコーヒーを淹れられるようになりたいの。紫郎くんの傍で。…駄目かしら?」


 それはずるい角度だよな。自分が一番可愛い角度だとわかってやってるところが少しだけ腹立つ。ちくしょう可愛いじゃねぇか。


 「美味いコーヒー、淹れられるようになれんのか?」

 「もちろんよ!頑張るから!私!!」

 「気合いがすごいな…。」

 「それでね、もう色々考えてたんだけど、メニューは、セットメニューだけにして、紫郎くんの作るお菓子は、絶対絶対タルトがいいと思うの!!」

 「なんでタルト。」

 「紫郎くんの作るタルトが一番好きだから!」

 「お前の好みかい。」

 「それでね、紫郎くんのタルトは美味しいから飛ぶように売れるのに、私の淹れるコーヒーが売れなかったら悔しいし切ないから、絶対セットメニューにして、不味くても私のコーヒーを提供しちゃうの!毎日何回もコーヒーを淹れてたら、否が応でも淹れるのが上手くなること間違いなし!だから、セットメニューは崩さないでいきましょう!!」


 "目が爛々としている"状態とは、こういうことかと初めて理解した。こんなに生気に満ち溢れた弥生を目の前にして、その意見に反対する道はなかった。


 「もう色々考えてくれてんだな。」

 「もちろん!」

 「すげぇな、お前。」

 「え、そ、そう?ありがとう…。」

 「そこは照れるんか。」

 「えへ…。」

 「ま、二人の店を持つってのも、悪かないか。」

 「へ?」

 「やってみるか。喫茶店。」

 「えっ!!ほんとに!?」

 「断ってもいいのかよ。」

 「やだやだやだっ、やりましょうっ、喫茶店!!」


 できるかできないかの問題をひとまず置いといて、想像でも未来を語れるということに幸せを感じる。


 「紫郎くん、あなたは目つきが怖いから、いつも笑っているようにして。言葉遣いも丁寧に!」

 「…こうか?」

 「そう…そうね…ふふっ。」

 「何笑ってんだよ。」

 「言葉遣い!」

 「う…。こりゃ相当矯正してもらわないとだな。」


 喫茶店を開く前にやるべきことが沢山あると言うのに、店の名前はどうするかとか、セットメニューは何種類用意するかとか、時間を忘れて話し合った。


 「紫郎くんは、喫茶店やるにあたって、これだけは譲れないってこと、何かある?」

 「んー…そうだなぁ…。」

 「すぐには出てこないわよね。」

 「んー…もしもの話なんだけどよ…もし、どっちかが病気で倒れたり、死んだりした時、店は閉めることにしねぇか?店を続ける選択をしたら、残された方の心と体に、絶対負担かかるだろ。二人でやろうって始めたことがそういうふうになるのは、なんか、嫌だな。」

 「そっか、そうよね…。紫郎くんは、優しいね。」

 「優しいかどうかはわからないが…なんだろうな、なんか、それは譲れねぇかも。」


 そう言いながら弥生の方を見ると、一瞬、表情が強張ったように見えた。


 「弥生?」

 「紫郎くんは、本当に優しい。」

 「お前は俺に甘いよ。」

 「いいじゃない甘くたって!婚約者ですもの!!」

 「まぁ…うん。」


 そこで二人は、ハッとする。


 「やだもうこんな時間!紫郎くん、今日、お父様とお母様、お兄様にも会っていただけるのよね?」

 「もちろん。てか、何着ていけば…スーツとか持ってねぇんだけど。」

 「格好は関係ないわ。紫郎くんの思う紫郎くんの一張羅で、ありのままの紫郎くんの思いを伝えてくれればいいんだから!」

 「お、おう。」

 「私も身支度整えて待ってるわ。さぁ、着替えて着替えて!」


 言われるがまま服を見繕って、風呂場にて身支度を整える。急に緊張が押し寄せてくる。でも、嫌な緊張ではない。


 玄関には、姿勢のいい弥生の後ろ姿。さっきまで賑やかにしゃべていた二人は、無言のまま。扉を開けると、もわん、と、湿った空気で、一気に肌がベタつく。辺りを警戒しながら、今にも雨が降り出しそうな空を見上げて、一本のビニール傘を片手に、足を踏み出す。弥生を送り届ける前に、まず実家に寄ろう。それから、ダリアとかすみ草の花束を抱えて、朝霧家に行こう。


 二人のこの先の未来に、祝福を。どんな困難も、乗り越えてみせる、二人で。

 

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