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花束を抱えて  作者: 枇榔
2/9

二.プロポーズ

 「紫郎(しろう)くんを、もらいにきました!!」

 「…は?」

 「結婚してください!!」


 差し出された花束と弥生(やよい)の後頭部を交互に何度も見て、見えないはてなマークを頭の周りにいくつも飛ばす。


 久しぶりに会った、昔馴染みの弥生。両親がどこぞの社長だかなんだかで、超がつくお嬢様。家が隣同士で、ガキの頃には交流していたが、自分が喧嘩に明け暮れるようになってからは距離を置いていた。再会するや否や、家に帰りたくないだの俺んちに来たいだの…誰も立ち入れたことがなかった我が家に連れてきてみれば、なんだって?プロポーズ?話がぶっ飛びすぎて、状況を飲み込むのに時間がかかる。そのうち、この状況がじわじわとおかしく感じてきて、ふっ、と笑いがこぼれてしまった。


 「えっ、何!?今笑ったの!?」


 勢いよく顔を上げた弥生の顔面は、文字通り茹で蛸。その顔は完全に笑いのツボをついてしまい、声を上げて笑ってしまった。顔から湯気でも出るんじゃないかと思うほど、ますます赤くなっていく弥生の顔。


 「なんでそんなに笑うのー!?」

 「わりぃ、ちょっとツボに…ふくく…。」

 「こっちはいたって真剣なんですけど!」

 「いや、まぁ、それは伝わってはくるんだけど…ふはっ。」

 「紫郎くんひどいっ!」


 涙目になって睨みつけてくる弥生を横目に、笑いを抑えようとすればするほど止まらなくなってしまい、申し訳ない気持ちにもなるが、どう受け止めたらいいかわからないプロポーズに、からかわれている気持ちにもなる。二人の間には、十年以上の月日がそれぞれに流れていて、再会したあの時まで、一度も交わらなかったのだから。


 「ひどいって言われても…。だって、あれだろ?弥生が?俺を?…まじか?」

 「大真面目よ!高三の夏休みに、私からプロポーズするって決めていたの!!」

 「まじか。」

 「まじよ!!」

 「え、ちょっと待て。なんで高三の夏休み?」

 「ほら、私って、朝霧財閥のお嬢様じゃない?」

 「何急に。」

 「お兄様が会社を継ぐから、私は家のことは気にしなくてもいいんだけど、両親からは、高校を卒業するまでは"朝霧家のお嬢様"でいてほしいって言われていて。」

 「…うん?」

 「つまり、高校卒業したら私は晴れて自由の身になれるの。」

 「…うん?で?なんで夏休み?」

 「だって…プロポーズを断られる可能性だってあるじゃない?そうなったら、私の人生設計も変わってしまうわけで。半年くらいあったら、その先どう生きていくか考えたり準備したりできるかしら、って。」

 「ふぅん…。色々考えてんのな。」

 「まぁね!それに、プロポーズのいいお返事がもらえたら、そこから半年くらい花嫁修行に専念できるし!」

 「ほぉー。」

 「ほぉーって!感心してる場合!?」

 「いや、うん、感心してた。」

 「そうやって素直に気持ち伝えてくれる紫郎くんのこと本当に好き…。」

 「お、おう。」

 「なんかちょっと話それちゃったけど、一目惚れなんですっ。初めて会った時から好きなんですー!!」


 そう叫び、再び花束を差し出す弥生。自分に向けられている好意を、素直に嬉しく感じていることに驚きつつ、幼い頃の温かい記憶と、今目の前で俺のことを好きだと言う弥生が、"愛おしいもの"だと結びつくと、何かがすとん、と腑に落ちた。


 「…向日葵」

 「え?」

 「向日葵の花言葉は、『あなただけを見つめる』。」

 「正解です。さすが花屋の息子ね。紫郎くんのお母様に選んでいただいたの。うちの馬鹿息子をよろしくね、って言っていたわ。」

 「親の了承済みか。」

 「私、紫郎くんのご家族も大好きなの。小さい頃から本当によくしてもらって。」

 「それはどうも。」

 「だから、紫郎くんともだけど、紫郎くんのご家族とも家族になりたいってずっと思っていて。だから…あの…受け取ってください!!」


 何度も勢いよく差し出されるもんだから、少しだけくたびれたような花々。そして、毎度花束ごと小刻みに震えている弥生。受け入れてもらえるかわからないのに振り絞る勇気を、こんな華奢な女が兼ね添えているとは思いもしない。


 「…俺をもらったら、苦労すんぞ。」

 「大丈夫。紫郎くんは、私を幸せにしてくれるたった一人の人だから。」


 それは、殺し文句だ。


 「女のこと、何にも知らないからな。お前が教えてくれんの?」

 「えっ…え!?何も知らないって…え!?」

 「野郎と喧嘩ばっかして、つるむのも野郎ばっかでね。女にうつつを抜かしてる暇なんてねぇよ。」

 「えぇ!?だって、紫郎くんそんなにかっこいいのにっ、何人の女の子が骨抜きにされたんだろうって思ってたんだけど!?」

 「いやお前骨抜きって…。恥ずかしい話、ほんとに、女を知らんのよ、俺は。」

 「絶対嘘!!」

 「…嘘だったら?」

 「嘘だったら…それはそれで…妬けるし嫌だけど…てゆーか今も付き合ってる人とか好きな人とかいないの!?」

 「付き合ってるやつはいねぇよ。付き合ったこともないしな。でも、好きなやつは、いる。」

 「えぇぇぇ!?好きな人いるのぉぉぉ!?」

 「おっまえ…何その浮き沈み激しい感じ…。」

 「また笑って…!もういいですっ!もういっそ潔く振ってくださいぃ…。」


 思考がぶっ飛んで、被害妄想気味に暴走するのは相変わらず。見た目は"お淑やかなお嬢様"だが、しゃべるとそうでもないギャップがあって、そういうところも、昔と変わらなくて安心する。やれやれこれは仕方ない、観念してやるか。


 「勘違いしてるとこ悪いけど、俺が好きなのお前だよ。」


 そう言うと、さっきまで忙しなく動いていた弥生の動きがピタリと止まる。かと思えば、油切れのロボットみたいな動きで顔を上げる。


 「い、今、なんて…?」

 「だから、俺も好きだよ、お前のことが。」


 そっと、花束を受け取る。少しだけ触れた弥生の手は信じられないくらいに冷たく、微動だにしない。回線がショートした模様。


 「プロポーズ、受けるよ。俺のこと、幸せにしてくれよな。」


 逆プロポーズは大成功。ハッピーエンド、ちゃんちゃん、といきたいところだが、"花ヤンキー"の異名をもつ俺との今後、問題は山積みだ。腹括って、全ての問題を解決していけるように、動き出そう。


 「弥生、いつまで固まってんだ?」

 「えっ…え?あの…え?」

 「俺ら両想いってやつですよ。」

 「…ほんとに?」

 「ほんとだって。」

 「ほんとに…?」

 「確かめてみるか?」

 「えっ……」


 ぎこちなく重なる唇と唇。離れるのが名残惜しいくらいに、熱くて、柔らかい。至近距離で見つめ合う。弥生はしばらく固まっていたが、突然、ポロポロと大粒の涙を流しながら抱きついてきて、そのままの勢いで押し倒された。


 部屋の照明を背負っている弥生を見上げると、涙が落ちてきた。瞳の輝きに目を奪われて、そらせない。


 「紫郎くん、幸せにします。」


 喧嘩で負けを知らない俺は、初めて"参った"と思った。自分はこの辺りでは最強だという自信すらあったが、その俺をこんな気持ちにさせるのは、後にも先にもお前しかいないんだろう。


 真夏の夜の1DK、くたびれた向日葵の花束、男と女。窓の外には、再会とプロポーズを祝うかのように、満月が煌々と輝いていた。

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