-漆- 結界
校舎の中はあの夜に入った時と変わらず、老朽化が進んだボロボロの姿のままだった。
「確か、理科室だったなぁ?」
「はい。理科室は二階の左端にあるんですけど……」
私は口篭る。
「何だ?」
「その、左端側の筈だったんです」
「筈だった?」
「はい……」
私は海斗が倒れて警察や救急車を呼ぶまでの事を思い出す。
「あの時、海斗が倒れて私達はパニックになってて、必死になって警察や救急車を呼んだんです。それでサイレンの音がしたから、私、案内する為、外に出たんです。で、警察の人達が来たので理科室の方に向かったら、居なかったんです」
「どういう事だ?」
「分からないんです。私も混乱してみゆきの名前を叫んだら、何故か右端の方からみゆきの声が聞こえて、何が何だか……。それに、駆け付けた時には何故か、あの鏡も無くなっていて……」
「つまり、理科室は左端にあったはずなのに何故か右端に理科室があって鏡も無くなっていたという訳か?」
「……はい」
燐さんは少し考える素振りを見せる。
そして、燐さんはある仮説を口にした。
「……恐らくだが、その付喪神の仕業なんじゃないかと思う。付喪神は鏡から生まれたモノだ。つまり反転したんじゃないか?」
「反転?」
「ああ、鏡の中は反転世界と言われてる。お前らが肝試しで中に入った時には既に中では反転していたんだ。そして一旦外に出た事によって解除されて元の配置に戻ったんだろう」
「それって、私達は鏡の世界に入ってたって事?」
「恐らくな。だが、それは調べて見ない事には分からない。取り敢えず、中を確認して判断しよう」
燐さんは正面玄関の扉を開け、中に入った。
私も燐さんの背後に着き、離れないように中へ入った。
中もあの時と変わらない雰囲気で、床が所々崩れていた。
私達はまず理科室の方へ行ってみる。
あの時は気付かなかったが、所々小さい鏡が幾つも飾られていた。
(薄暗かったから全然気付かなかった)
足元を気を付けながら進んで行く内に理科室に着いた。
「此処です」
「上に表示が無いな。お前らは何故、此処が理科室だと分かったんだ?」
燐さんに言われて初めて気付いた。
確かに二階の左端にあると聞いただけで、此処が理科室だと思い込んでいた。実際、中に入ると薬品やら理科に使う道具やらが床に散乱していたので理科室だと認識したが、外側だと此処が理科室だと誰も思わないだろう。
「言われてみたらそうなんですけど、でも結果理科室でしたし、何か気になる事でもありましたか?」
「さっき話していただろう。理科室が逆側の方にあったと。お前らが何ら疑問も持たず理科室と認識したのも、付喪神の影響だと俺は思っている。此処に着いてから俺はお前に言われるまで此処が理科室だと認識してなかった。つまり───」
───ガラガラっ!
燐さんは扉を開ける。そして中に入るとそこは理科室ではなく違う教室だったのだ。
「うそっ……」
私はあの時と同様に困惑する。
「何で……」
「俺が此処を理科室だと認識しなかったからだろう。だから付喪神の力が発動しなかった。まぁ、それ以外にも条件があるのだろうがな。
取り敢えず、理科室はもういい。どうせ鏡も見つからないだろうしな。外回りを見たら車に戻るぞ」
燐さんは来た道を戻り、外へと出た。
「外回りに何かあるんですか?」
「付喪神が居ると陰の気が強く発生するんだ。陰の気に当てられて、良からぬモノが増える事もある。だから学校周辺に結界を張って他のモノを寄せ付けない様にする」
燐さんは懐から札を数枚取り出し、学校全体に札を張って行った。
「……臨、兵、闘、者、皆、陣、列、前、行」
燐さんは指を組ながら、呪文を唱えてく。
すると建物を囲うようにして一斉に光が伸び出したのだった。
「っ!?」
あまりにも眩しさに目を塞ぐ。
暫くすると光は収まり、私はゆっくり目を開けた。
「……いっ、今のが結界?」
「ああ、これで少しはマシだろう」
燐さんは結界を張った後、学校を出て車に乗り込んだ。
「次はお前の幼馴染の病院だな」
「はい」
私達は廃校を後にし、海斗が居る病院へと向かった。