-壱- 噂話
人とは噂話が好きな生き物だ。誰々が付き合ってるとか誰々が別れたとか教頭の頭がヅラとか……。毎日噂話が飛び交う日々だ。そして、その中でも一番人の興味を惹く噂話が《怖い話》や《怪奇現象》だ。
「ねぇ、この噂知ってる?」
「なになに?」
「"黒猫通れば、祓い屋あり"ていう噂!!」
「あっ、なんか聞いたことある! 確か、三丁目にある骨董品店の――――……」
(本当、人って噂話好きよね)
窓辺の席で飛び交う噂話を聞き耳たてながら、他人事の様に思う。
別に噂話が嫌いとかではない。ただ、根拠の無い話を面白おかしく広まるのが気に入らないだけだ。その噂話が切っ掛けで誰かが傷付くかもしれないと言うのに…………。
(まっ、私も前まではあの子達と変わらなかったんだけど……)
私は窓の外へと視線を移す。そして遠くを見詰め、約一年前に起きた出来事を思い出す。
― 約一年前 ―
当時の私はあの時、何が起きたのか、全く分からなかった。
横で泣きじゃくる友人。騒然とする警察官と救急隊員。そして、まるで魂が抜け落ちたかの様な姿で搬送される幼なじみ。
当然、親にも連絡が届き、叱られた。
(……海斗、大丈夫だろうか……)
あんな状態だ。心配するに決まっている。家に帰ってもそれが気掛かりで眠れなかった。
あの事件が起きて三日たった次の日、集中治療室から出た海斗は普通病棟に移ったと聞き、私達はお見舞いに向かった。
「お見舞いありがとうね、琴音ちゃんにみゆきちゃん」
「いえ、元はと言えば、私達が止めなかったのがいけないので……」
「……おばさん、本当にごめんなさい!!」
みゆきは涙目になりながら必死に頭を下げていた。
「顔を上げてちょうだい、みゆきちゃん! あなた達だけの所為ではないわ! だから気に病まないでね!」
「でも……」
「大丈夫よ、大丈夫!」
おばさんは優しく笑みを浮かべ、私達を安心させるように言った。責められてもしょうがない筈なのに……。
海斗はあれから目を覚ましていない。検査しても原因は分からず、治療の仕様がないらしい。
おばさんも大丈夫とは言っているけど、明らかに窶れていた。目の下にクマも出来ていた。恐らく眠れてないのだろう。
私はそんなおばさんや海斗の姿を見ているのが辛くて病院を出た。どうしていいのか分からなかった。どう声を掛けていいのかも分からなかった。悔やんでも悔やみ切れなかった。
気付いたら涙が溢れていた。
何も出来ない自分が情けなかった。だから何か出来ないか、スマホで検索を掛けたりして調べてみた。何かしてないと悲愴感でおかしくなりそうだったからだ。
するとSNSで奇妙な噂話が広まっているのを見つけた。
「黒猫通れば、祓い屋あり? 何それ?」
私は何となく気になり、詳しく語っているアカウントの投稿内容をスクロールしながら読んでいく。
「黒猫通れば、祓い屋あり、それは三丁目の近くにある骨董品店の裏山に存在する噂話だ。その裏山には神社があり、黒猫の跡を付いて行くと辿り着くらしい。ただし、黒猫は誰でも見える訳ではない。怪奇的な何かに会って本当に困っている者だけが見えると言う。実際、本当かどうかは分からない。この噂も何処から出たのかも分からない。だが、もし真実ならば私は見てみたいと思う」
最後まで読んでみて私は決心した。
(行って見よう!)
私はこのSNSを頼りに、三丁目の近くにある骨董品店へと向かった。
噂が本当か嘘かなんてどうでもいい。私は海斗を助けたい。助かる方法があるならなんだって試してやる。その思いだけで私は駆け出したのだった。