ウランバーナの、夏
<ガ、ガガピー、ワ、ワーレーワーレーハー……ガガ、失礼……ワタくシは、新世代汎用人型決宣評機、尋常人言『Reunited Obedient Beloved Only』にテござリマスる……略しテ『ROBO』と、そうお呼びケツかり下サいガピー>
「えっと」
欲しがってた「コミュロボ」、今日あたり届くと思うから、と、ママは朝、唐突に含み笑いをしながらそんなことを告げ置いて仕事に行ったけど。え? 誕生日でも何でもない日にそんなサプライズ? クリスマスプレゼントもお年玉も不発に終わったあたしに、降って湧いた幸運が……ッ!? とかもう頭の中では塾から帰ったら何しよう思考がぐるぐる回り続けたままで、夏期講習三限分の授業の全部が通り過ぎて行った。
で、校舎出るまでは怒られない程度の絶妙な早歩きで、出てからは人の流れに乗りながら小走りで、汗が瞬で流れ飛ぶほどの最近の暑さも振り切って、徒歩十五分の道のりを急いで帰ってみたら、何か居た。
<御主人、今日は何握りやっショ?>
これでもかのメカメカしいロボットだった。鉄骨を組み合わせたかのような無骨にもほどがある金属部品むき出しの無駄にでかいボディは、そう広くは無いあたしの四畳半子供部屋の四分の一くらいを占拠している。誰が運び入れたんだろう。ていうかそれよりも何だろう、常にピコピコ鳴っている音とか、けたたましい音と共に為されるいちいち途切れ途切れな感じの所作動作とか、何だろう、これは今までに見たことの無いタイプだ。何だろう……
「コミュニケーションロボット」は、もう一家に一台は普通にある感じで、クラスで持ってないのはあたしんチくらいだった。だからやっとウチにも……とか思ってそれは尋常じゃないドキワク感が凄まじかったのだけれど、やって来たのは凄まじく尋常じゃない何かだった。
「……ROBO? ROBO聞こえる? ええと説明を。ここに至るまでの経緯の逐一を、軒並みつまびらかに」
人はのっぴきならない局面に遭遇すると、脳の使ってない部分がフル活動でもするのか、思てたんよりとてもフラットで冷静かつ的確な言葉が、あらゆる反応を忘れて凍えていたはずのあたしの唇からそれはつらつらと人口音声が如くに流れ出されてくるのであった……けど。
<ソレは禁則事項に当タりますゆえ、よしナにガピー>
嘘つけ。
<そんナことより御主人、あっシが来たからニャー、退屈はさせませンよってカラに。ええネタ取り揃えておりまっしゃド?>
えちょっと待って。おかしいな、コミュニケーションってこんなにもままならないものだったかなぁ……それにどこの郷の言葉をインプットされてるんだろうぅぅAIにも言語野って概念あるとしたら大概そこバグってたりしないかなぁ……
<『ロボットクイズ』ぅ~、イエイイェイェェイ……ッ、第一問ッ、『ロボット三原則』は『人間に危害を与えナい』『人間の命令に服従』『自己を守る』の三択カラ、お選びなすっテくださ、ってド★ヒャー、アカーン、モウ答え言うテもうてるっフゥ~↑ってもうエエわ~イ>
ちょっと待って難易度高い高い高い。頼んでもないのに始まっちゃった何かに手前で即応した挙句に自己完結しようとしちゃってるよあっるぇ~確かコミュニケーションって双方向的なもんだったよねへぇ~
「ママ……アレ何?」
そこからも何か金属質の独壇場だったんで、それでも最大限理解しようとして色々とあたしなりにはやり取りをしたつもりだったんだけれど、うぅんまあ分っかんねェ……で、夜八時過ぎに両肩にパンパンのエコバッグを掛けつつようやく帰って来てくれたママの荷物を玄関先で受け取りながらそう手短に聞いたけど。えー何かお中元とかで幸代おねえさまの所から。ま、あそこ変わってるから、との何となくこちらの不審さ不本意さを察するようなニュアンスで返されてしまったので、ぐうぅと喉とおなかからそんな音が出ただけで終わってしまった。
とりあえず邪魔だからリビング置いとくねー、とそうであればあたしも殊更軽く声を上げると、その鉄の塊を足下にみっしりと付いているローラーを利用してずずずと室外へと押し出していく。廊下をまたいでリビングの隅の、邪魔にならない仏壇の前辺りにきちりと設置して、ふぅ終了。あらぁーもっと話しかけてみたりしてもいいのよーとか言われたけど、もう精神のおなかの方はパンパンなんですわ……
十一時までかかっちゃったけど予習復習を何とかやっつけて布団にもぐり込んだら、リビングの方からはママの楽しそうな声と、金属質の声が漏れ聴こえて来てた。ROBOの方はあたしと接してる時とは違って何か落ち着いた感じで喋ってるような……うぅんそれ出来んのやったらやってくれへんかぁ、とか、まどろみの中でつっこんでいたら、何となく心地よくなってすぐ寝た。
夢を見た。
それで何となく、分かってしまったところがあって。
<へい毎度ッ!! 何でモ喜んデー、の精神ですガピー>
翌日塾から帰ってリビングを覗いてみたらまだ居たから。
……居てくれたから。
あたしはサブバッグを廊下に放り出して汗だくのままそのでかい図体に正座で向き合うのだけれど。
「……なんで、パパだって、言ってくれなかったの?」
戸惑いがちなガピーの後は、何も喋らなくなっちゃった。あたしもあたしで、どう接していいかなんて、もう分からなくなっちゃって。でも、
紫色に光る単眼は、目の前のあたしをしっかり見つめてくれているようで。その奥の仏壇の中の写真の笑顔に、重ならなくもなかったわけで。
<信じテハ、貰えナイと思って……ガピー>
何言ってんの。昔っからお盆ってあるじゃん。
<年頃の娘ニ……どう接しタラいいか、皆目分かランのですガピー>
うんまあそれはせやなェだけど、まあ一般的にしょうがないものなのでは。取りあえず落ち着いて普通に喋ればいいと思うよ?
<……瀬里奈もママも元気そうで安心したガピー。勉強も頑張ってテえらいガピー>
笑顔しか見せちゃいけないと思ったから、あたしは素早くROBOの背後に回ると、渾身の力で押してそのまま玄関スロープを滑らせていく。勉強だけじゃないよ。ことあるごとにやりたがってたじゃん。練習してたんだよ? 脱ぎ捨てられていた靴を急いで履いて外へ出る。
下駄箱の一番下にしまってあった古いグローブとボールも持って。
家の前の狭い道、車は通らないから大丈夫かな。ひと目はあるかもだけど気にしない。暑ーい、すごい汗だーとか言いながら、Tシャツの裾で顔をこする。
「キャッチボールでもしようよ、あたしソフトでも結構いけるんだから」
十メートル先。あたふたと、動きがぎこちないロボットアームだけど、必死で構えてくれたのが分かったから。あたしは思い切り溜めたウインドミルで、おりゃあぁぁ、とこれでもかのストレートを投げ込んでいく。
びびった? 結構な球速でしょ。でも来年には、もっと速くしてみせるから。だから。
絶対に、また来てよねっ。
(了)