第七話 金曜日
さやと二年ぶりに再会して、一週間が経った。そして今日の放課後、ドムジャに用事がある。
ドムジャというのは、ナゴヤドーム前のジャスコのことで略してドムジャ。今はジャスコではなく、イオンに変わっているけれど、地元では未だにドムジャと呼ぶ人が多い。
普段ドムジャに行くことは少なくて、和真や泰希たちなど、みんなドムジャが嫌いで、その訳としては、まずみんな懐が寒すぎてお店を回っても何も買えないので楽しくない、遊ぶものがない、という理由である。でも俺はそんなドムジャは地元感あって、ゲーセンを回ってたり、店内を回るだけでも楽しいから好きだった。だけどみんなが「どこいく?」ってなった時に俺がドムジャに行こうと提案しても、速攻却下される。
久しぶりにドムジャ行けることだけで、すごく気分が上がる。なにより行く相手がさやなのだから。二年ぶりに出会えて、LINEを交換してから、ちょくちょく話していて、二人で会う約束ができた。さらに今日は金曜日である。一週間の中で一番学校を頑張れる曜日でもあり、時間割も最高である。金曜日の六限はLHRと言って、クラスの決め事などをする時間なのだが、この時期は特に決め事もないので、自由時間になる。ちゃっちゃと学校を終わらせて、さやに会いに行こう。
この日はいつもの金曜日以上に授業を頑張れた。嫌いな授業でも積極的に参加した。手を上げたり、ノートを真面目にとった。いつもは長く感じる授業もすぐに終わり、あっという間に昼放課だった。かずきたちと購買に行って、いつものカメロンパンを買う。この亀のメロンパンは可愛くて甘くてお気に入りである。いつものベンチでこのカメロンパンを食べようとかずきたちを誘った。
「かずきー! 今日もあそこで食べようぜ」
「えー? 寒いから教室で食べようぜ」
「そうかなー。泰希は?」
「外寒いし、教室で食べようよ。」
「みんなそう言うのかよ。じゃあ、俺も教室で食べるよ」
みんなを誘ってみたが今日はやめとくらしい。少しがっかりだった。高校生が外のベンチでお昼ご飯を食べる絵面は、青春っぽさを感じれて好きだった。十月に入ってから、お昼でも肌寒さを感じるようになった。
夏の終わりの乾いた風ではなく、冬の訪れを感じる少し寂しい風が吹くようになった。
二年前に止まっていた想い出が再び動き出そうとしているというのに、これから寒くなっていくと思うと少し悲しいな。きっと最適な季節は夏だったろう。まぁ冬は冬で寒いのもロマンチックかな。服も夏よりはいろんな種類があるし。そう想いながら窓の向こうを見ていた。
昼放課が終わるチャイムが鳴り、次の授業の準備をする。五限は苦手な英語である。少し気分が下がったけど、英語を乗り越えたら、LHR(自由時間)だし! そのあとはさやに会える! そう自分に言い聞かせて、授業のモチベを上げて、授業の挨拶をした。
英語の授業は初めに、次の小テストの英単語を読む。これがすごく長く感じ、やがて眠気が襲ってきた。俺はこの眠気に負けた。
顔を上げたら放課になっていた。いつも通り寝ていた。今日は頑張ろうと思ってたのに……そう思っていると泰希に話しかけられた。
「今日さ、職員会議らしくて全部の部活休みになったらしいよ!」
「うお! まじかよ! じゃあかずきも部活休み?」
「うん! かずきも休みだよ。だからさ、かずきとか和真も誘って、カラオケでも久しぶりに行こうよ!」
「いいね〜! 俺も……」
危ない危ない。今日はさやと会う約束があるんだった。泰希たちにバレると、さやと会っている時に追いかけ回されるだろう。バレないように断ろう。
「あちゃ〜。今日、歯医者あるんだよね」
「嘘つけ笑 豊の好きな金曜日に限って、歯医者なんか入れるわけないだろ」
「俺結構、歯医者好きなんだよね。大曽根にある歯医者の歯科衛生士さんかわいいじゃん? だから会いに行こうかと思って」
「豊やっぱ気持ち悪いな。じゃあ歯医者終わってからカラオケ来てよ」
よし。ここで終わったら行くと言って、ドタキャンコースで行こう。
「いいよ! 五時半くらいに終わるから、それまで待っといて」
「おっけ! どこのカラオケか、また連絡しとくね」
泰希ちょろいな〜。流石俺だ。うまく誤魔化せた。自由時間はみんなでトランプをやった。(この後俺は、泰希に歯医者が終わったらカラオケに行くと言ったことを後悔することになる)
放課後、いつもの帰り道とは、真逆のドムジャ方面へ俺は自転車を爆速で走らせた。十分ほどでドムジャに着いて、待ち合わせ場所の二階フードコートの入り口付近へ行こうと、エスカレーターを上がる。フードコートの入口が見えてきた。ボブで、体の小さくて、落ち着きのある長いスカートを履いた、女の子が一人立っていた。さやだとすぐわかった。
「ごめんごめん! お待たせ! 待った?」
「ううん、全然待ってないよ」
「よかった! それじゃあ立ち話も変だし、一階のコメダでも行く?」
「うん」
「じゃあ行こっか」
さやと顔を合わせた時、ちょっと緊張したけれど、何を言おうか一人で練習をしていたので、余裕である
そう思っていたのも束の間、あることを忘れていた。コメダに行ってから何を話せばいいのか、何も考えていなかった。やっちまった。さやを横にコメダに向かいながら「最近ちょっと寒くなってきたよね〜」と世間話をしているけど、内心はすごく焦っていた。焦っている事がさやに、バレないよう平常心を取り繕うとしたが、ここでまさかの物があった。
今いる階は二階で、コメダは一階にある。コメダに行くのに使わなければならない物……そう、エスカレーターである。普段はなんの変哲もない、上がるか降りるだけの、このエスカレーターだが、隣に居る人が女の子である場合、少し変わってくる。さやが先にエスカレーターに乗った場合、俺は横に行けばいいのか、後ろに行けばいいのか、わからない。彼氏でもないのに、横に乗ってもいいのだろうか。後ろに乗った場合、俺と話す時、さやは顔を上げて話さなければならいので、首を痛めてしまわないか。数歩、歩いてる間に色々と考えた。そして考えて出した結果は、先に俺がエスカレーターに乗る事。そうすれば後はさや次第である。さやが横に来てくれたら、これはもう脈アリで、後ろだったらまだまだこれから、という事にしようと想った。そしてエスカレーターの前に来て、俺が先に乗ろうとした瞬間、スーツ姿のてっぺんが禿げたおっさんに横入りされて抜かされた。「常識無いんか、おっさん!」と言いながら、禿げてるところをぺちーん! と叩いてやろうと思ったが、ここは落ち着いて、気を取り直してエスカレーターに乗ろうと思ったその瞬間、次は落ち着いた色の長いスカートを履いたボブの女の子に抜かされた。「あんたも常識無いんか!」と女の子だからといって容赦はせず、頭を叩こうかなと思った。よく見たらその女の子はさやだった。さっきまで後ろにいたさやが、いつの間にか前にいた。あれ?いつの間に前に行った? 不思議で仕方なかった。驚いてる間に、エスカレーターは進んでおり、俺が乗った時には、さやとは二段分差がついていて、この二段の差は逆に気まずいなと思い、一段降りようとした。そしたら一段降りた勢いで、さやが乗っていた段まで降りてしまった。さやが少し驚いた表情をしていたような気がして、次は不安で仕方なかった。やってしまったなと思っていたら、次第に一階は近づいており、前に居たおっさんが歩き始めて、俺もさやと同じタイミングでエスカレーターを降りた。
第一関門突破は突破したな……と思っていたら、さやが話した。
「豊くんの制服かっこいいね。どこの高校行ってるの?」
「この制服かっこいいよね! 俺に似合ってるかは、わかんないけど、さやの服はさやに似合ってるよ!」
ちょっと頑張ってさやの服装を褒めてみた。緊張しているのか、心臓が音を立て始めた。
「そ、そうかな……ありがとう笑」
少し恥ずかしそうな顔がまた、愛おしくてたまらなかった。世間話をしながら少し歩くと、コメダに着いて二人で入った。入店してすぐに店員さんが近づいて来て、「何名様ですか?」と聞かれてさやが通い慣れているように「二人です」と言った。さやが先に言ってくれた事がなんか嬉しかった。席の案内をされて、テーブルを挟んでさやと向かい合う形で座った。向かい合って目が合うと少し恥ずかしいなと想った。するとさやが
「向かい合って座るの、なんか恥ずかしいね笑」
「俺も今思った笑」
さやと思考回路が似ているのかもしれない。ちょっと嬉しいな、なんて思いながら「何頼む?」とさやにメニューが見えるように開いた。少しお腹が空いていたので、ドリンク以外にもなんか食べたいと思ったので
「ちょっとお腹空いたから食べ物頼んでもいい?」
「私も少しお腹空いたから、これ食べようよ」
さやがそう言いながら指したものは、コメダの名物シロノワールであった。俺は名古屋市民でありながら、シロノワールを食べたことがなかった。
「俺、シロノワール食べた事ないな……」
「え! 豊くんって甘いもの苦手?」
「あ、いや! 甘いもの好きだよ! なんならお昼に学校の購買でカメのメロンパンを毎日食べるくらい好きだよ! ただコメダに来る事があんま無くてさ」
「そうだったんだ。食べた事ないって言われて甘いもの苦手なのかと思った笑 これを二人で半分個にして食べない?」
(さやと二人で分け合いながら、食べれるなんて幸せじゃないか……)
「いいよ! シロノワール食べてみたかったんだ」
「ならよかった。シロノワール美味しいから期待しててね。それでドリンクは何にする?」
「えっとー、俺はコーラで」
「わかった。店員さん呼ぶね」
店員さんが来て、シロノワールを一つと注文しようとしたら、普段使わない単語だからか、シロノワールが言いづらくて噛んでいたら、さやが言ってくれた。
「シロノワールを一つと、コーラと、あとホットココアをお願いします」とさやが全て言ってくれた。さやはコメダの常連さんなのだろうか、入店時からすごく通い慣れてる感じがする。そして俺はシロノワールがすぐに言えなくてすごく恥ずかしかった。
「さやはコメダとかよく行くの?」
「うーん。絵を描いたりしてて、休憩がてら、たまに行くくらいかな。」
「そうなんだ。そういえば前会った時も絵描いてたね。なんの絵を描いてるの?」
「風景画描いてる! 絵を描くのにハマってて」
「いいね〜! よかったら今度描いてる絵見せてよ!」
「うーん……いいけど、あんまり上手じゃないよ?」
さやは悩みながら自信なさげに答えた。苦笑いしてる顔がまた可愛かった。
「下手くそでもいいじゃん。俺からすればさやが描いたってだけでゴッホよりも価値あるよ」
「なにそれ笑 やっぱり豊くんは面白いね。今度会った時に持ってくるね」
二年ぶりにまた見れたさやの笑顔。君付けで呼ばれる名前。そしてどこからか感じる安心感。とても居心地が良かった。
ふと疑問に思ったけど、さやはなんで私服なんだろう。制服姿も絶対可愛いよな。高校の制服はどんなだろうか。
「そういえば、今日はどうして私服なの? 放課後に会おうって言ったから制服かと思った」
「えっとね……一回家に帰ってから着替えて来たんだ!」
「そうなんだ。俺よりも来るの早かったし、学校から家近いんだね」
「う、うん」
さやの返事が少し曖昧で不審だった。なんか隠し事をしていて誤魔化しているように見えた。
「高校はどこ行ってるの?」
「えっと……」
さやの顔から笑顔が消えて、誤魔化す言葉を探すことに必死そうだった。悪気は無かったけど(下心はあった)、多分聞いたらいけない質問をしてしまった。地雷を踏むとはこの事だろう。そして気まずい空気が数秒流れた。数秒が数分のように感じて早くこの空気から抜け出したくて、話を変えてみることにした。
「言いづらかったら全然言わなくてもいいよ? それよりさ、シロノワール楽しみだな〜」
「そ、そうだね」
話を変えてみる作戦大失敗。さやはさっきの質問の事を引きずっているようだった。ちょうどいいタイミングで頼んだコーラとホットココアがきた。
「コメダのココアって、ホイップクリーム乗ってるんだ! 初めて見た!」
「知らなかったんだね。ココア自体がそんな甘くなくて、このホイップが溶けると程よい甘さになっているんだ〜。寒い季節になってコメダのホットココアを飲む瞬間が好きなんだよね〜」
話を変えてみる作戦大成功。さやは自慢げにコメダのホットココアについて喋った。そしてその内容には少しロマンチックさがある絵を感じた。
「寒い季節にわざわざコメダに行ってホットココアを飲むなんて、ロマンチックだね」
「そ、そうかな〜笑」
少し嬉しそうに照れた顔をしていた。ロマンチックと言う言葉は褒め言葉にもなるんだなと思った。
「豊くんはコーラが好きなの?」
「実はそんな好きじゃないんだよね。炭酸が苦手でさ。でもなんかお祝いの日とかは毎回コーラなんだよね」
「へぇ〜。なんか豊くんは不思議だね」
「そ、そうかな〜笑」
不思議な人と言われてなぜか少し嬉しかった。さっき踏んだ地雷は爆発する事はなく、そっと足を退けれた。地雷の撤去作業はまだしないでおこう。
優しい声と共にシロノワールがきた。初めて頼んで見たけど、期待を裏切らない大きさである。男性の手のひらサイズくらいのデニッシュの上に、見栄え良くソフトクリームが渦を巻いている。そこにさくらんぼが一つ乗っている。ちなみに俺は食わず嫌いで、さくらんぼを食べようと思った事がなく、どんな味かわからない。
「結構大きいんだね」
「二人で食べるなら、ちょうどいいサイズじゃない?」
「さやがそう言うなら大丈夫かな。さやは、さくらんぼって食べたことある?」
「そりゃ〜十五年も生きてれば食べるよ。もしかして豊くんって、さくらんぼ食べた事ない?」
さやがさくらんぼを持ち上げて可愛く笑いながら言った。
「実は食べた事ないんだよね。食わず嫌いでさ。フルーツ苦手なんだ」
「えぇー!! そうなの! フルーツはもう全般駄目な感じ?」
「いや、りんごとかは食べれるんだけど、ぶとうとかは食べれないんだよね。ぶどう味なら食べれるんだけど」
「ほんっと不思議な人だね。豊くんは謎が多いね」
さやはそう言ってシロノワールのシロップを、全体に満遍なくかけた。ソフトクリームの上にかかったメイプルシロップは光り輝いていて、食欲がそそられた。
「シロノワール美味しそう!」
「だよね〜。じゃあ食べよっか」
さやが優しく手を合わせ「いただきます」と小さく呟いて、六等分にカットされているシロノワールを俺の分まで移してくれた。俺も続いて「いただきます」と小さく呟き、小さなフォークでシロノワールを頬張った。口に入れた瞬間、メイプルシロップの甘い匂いが広がって、温かいデニッシュと冷たいソフトクリームの温度差が口の中で争っている。ソフトクリームはあまり甘くはなくて、メイプルシロップの甘さと混じり合って、程よい甘さで大人な味がした。
さやは笑顔でシロノワールを味わっていた。とにかく可愛い。生きてて良かったなと思えるほど愛おしい。
「ちょっぴり大人の味で美味しいね」
「わかる! ほんのり苦さがある感じが、大人の味っぽくて、それを味わうのが好き」
「さやもわりと不思議な人なのかもね」
「え? どうして?」
「子どもって普通は、大人の味を好んで食べないのに、さやは大人の味を好んで食べてるもん」
「なにそれ、私は子ども扱い?」
さやが少し不貞腐れそうにして笑いながら言った。
「いやいや、俺もまだ子どもだよ」
「豊くんが子どもなら、私は大人でありたいな」
「なんで俺が子どもなら、さやは大人でありたいんだよ」
「わからないけど、なんとなく?」
「なんだそれ。そういえばどうして俺のことを、君付けで呼ぶの?」
「なんでだろうね。なんか君付けが抜けない」
「外して俺の名前呼んでみてよ」
「え!? それは……ちょっと恥ずかしい」
「なんでだよ。喋り方と君付けが合ってなくてなんか違和感があるよ?」
「そ、そうなの! なら君付け外すよう頑張る」
「じゃあ、試しに今呼んでみてよ」
さやが恥ずかしそうにして少し無言になっていた。なんだかその姿が笑えてきた。
「無理して言わなくてもいいよ」
「…… し、シロノワール食べよ!」
顔が少し赤くなっていて、少し不貞腐れていた。そんな姿がまた可愛かった。さやには色々聞きたいことがたくさんある。普通に会話してるけど二年前、突如姿を消した理由や、さっき踏んだ地雷の事も気になる。他愛のない話をしながらシロノワールを完食して、お腹いっぱいになったし、時間も頃合いだったのでお店を出た。さやの家まで送ることになり、ドムジャも出て地元の方へ向かった。
「結構お腹いっぱいだなー」
「また食べに来ようね」
「さやが俺の名前を呼べるようになったらね?」
「からかわないでよ」
「失敬失敬、そういえばさやは兄弟とかいるの?」
「弟が一人いるよ。今年で十二歳だったかな。」
「さやに弟いるのか〜。十二歳って事は小学六年生?」
「そうそう。来年中学校に上がるからね。」
「さやの弟に会ってみたいな」
「え! 無理無理」
「なんでよ。いいじゃんか! 俺子どもと遊ぶの好きなんだよね」
少し頭を悩ませてさやが答えた。
「なら今度私の家に来る?」
頭の中が真っ白になった。え? お家デート?? これってつまり、そういうことだよな。高校生がお家デート行ったら、もうそういうことだよな。えっちな事するって事? 俺は誘われてる?? 変な考えが頭をよぎる。思春期だからなのか。誘われたと驚いていると聞き馴染みのある声が聞こえてきた。
「豊ー!!」