第六話 始まりの始まり
――高くて綺麗な青空の下。まるで夢のような話だった。悪い事が続けて起こることはよくある事だけど、良い事が続けて起こることは初めてかもしれない。寝坊したけど、一周回ってなぜか落ち着いて、気分が上がってきて、いつもの公園に寄ってみたら君がいた。二年前から特に変わらない日々を過ごしてきた俺だけど、今日二年ぶりに君と会って何かが変わる気がした――。
「豊くん…?」
優しい声が頭の中で響いてる。君の笑顔がフラッシュバックする。胸の中で抑えきれないような感情が湧き上がってきていて、叫びたい気持ちだった。笑みが止まらない。
「おい、豊、気持ち悪いぞ……」
脳内で君の声と同時に泰希の声が重なった。最悪だ。
「なんだよー。人がせっかく想い出に浸っていたのに」
「だからその思い出はなんなんだよ。早く話せよー」
「いーや! これはまだ誰にも言わないー!」
「朝から寝坊したって聞いて、焦って教室に入ってくるかと思えば、満面の笑みで入ってくるしよ」
「いや〜まじで寝坊してよかった〜」
「相変わらず、ニヤニヤロマンチストは気持ち悪いな〜」
俺のことをニヤニヤロマンチストと呼ぶのはかずき。誕生日のお祝いとして、机の上に大量のお菓子があって、優越感でニヤニヤしていたのを泰希に見られて、泰希がかずきに俺が一人ニヤニヤしていたことを言ってから俺のもう一つのあだ名のロマンチストと合体させられ、ニヤニヤロマンチストと呼ばれるようになった。
「変なあだ名で呼ぶなよ。皆バカップルって思うだろ?」
「美味しいパスタはニヤニヤロマンチストには作ってあげません」
「それより! 早く朝の話しろよ!」
「まぁまぁ。落ち着けって泰希。あんま焦るなよ」
「朝の話ってなんだよ? 泰希! 俺にも教えてくれ!」
「なんか豊が満面の笑みで遅刻してきたから、なんか良いことでもあったのかと思って、豊かに聞いてるんだけど教えてくれないんだよなー。今日はいつもより増してずっとニヤニヤしてるし」
「そんな事かよ〜。どうせニヤニヤロマンチストの事だし、また変な妄想でもしてんじゃないのか?」
「妄想が現実になったんだよな〜」
「まさか!?」
泰希とかずきが声をそろえて驚いた。まさか朝の出来事を勘付いたか!? いや! そんなはずはない。泰希とかずきには二年前の話なんてしてないのだから。
「な、なんだよ急に……」
「お前……童貞卒業した?」
「なわけないだろー! 朝っぱらから童貞卒業するバカがどこにいるんだよ。それに俺としてくれる女の子なんかいねーよ」
「じゃ、じゃあ! あの学年一可愛いふうかちゃんとなんかあったりして!?」
「それはありえる! ふうかちゃんに手を出したら許さないからな!」
「なわけないだろ。アホか。あのふうかちゃんが俺なんかに興味持つわけ」
「でも豊誕プレでお菓子もらってたじゃん」
「関係ないって。たまたま祝ってくれただけだろ。そりゃー!ふうかちゃんからもらったのは嬉しかったけど。以後なにもありません」
「じゃあ! 一体全体なんなんだよ!」
「まだ秘密です〜」
「だっるいな〜豊は。早く教えろしな」
泰希やかずきには悪いがこの事はまだ話さない。今日朝の話は。
「き、君の名は……」
「……くす」
笑った。その笑顔はあの日の想い出と重なり、確信した。それと同時に笑いながら喋った。
「私の名前は、工藤沙耶香。みんなからさやって呼ばれてる」
胸の中がぎゅっと縛られた。縛られた胸はゆっくり解かれて行き、頬が緩んだ。
「や、やっぱり! 久しぶり! 俺のこと覚えてるかな!」
「覚えてるよ。忘れるはずがないもん。なんなら毎日考えてたよ」
俺のことを覚えててくれた。嬉しさのあまりジャンプして喜ぶところだった。
「そうだったか! また会えて嬉しいよ! えっと……聞きたいことが山々で、何から聞けばいいのか……」
「相変わらず豊くんはおもしろいね。私久しぶりに会えて嬉しいな」
口調が少し大人みたいに変わったように思えたが、違和感は特になかった。なんせ最後に話したのも二年も前なので、口調なんかより、会えた事が嬉しくて、叫びながら走りたい気持ちだ。
「私さ、そろそろ行かなきゃ行けないどこがあるから行くね」
「え! あ、そ、そっか。」
二年ぶりに感動の再会を果たしたのに。話したい事は山々あるし、一番気になるのは髪型とそのスケッチブック。二年前はボブですごく可愛いかった。今のロングもものすごく似合ってて大人な雰囲気を感じる。それと絵なんて好きだったっけな。
「またどっかで話そうね。LINE交換しようよ!」
「うん!」
LINEを交換して、さやは自分の顔より大きいスケッチブックを片手に駅の方へ歩いて行った。またどこかへ行ってしまうんじゃないかと心配になったけど、LINEをもらったので、また連絡できると思うと……そればっかりを考えていた。公園で一人スマホを抱きしめていたら、犬に吠えられた。犬に吠えられて我に帰り、学校があることを想い出した。さやのLINEのアイコンを見ながら、俺も学校へ向かった。
授業が終わったらすぐに家に帰った。ラグビー部とハンドボール部は今日は休みで、カラオケに行こうと誘われたけど断った。家に帰ってからはずっとスマホを見つめていた。さやになんて連絡しようか。二年ぶりに連絡ができる。そういえば二年前のあの日に送ったDMは気づいているのか。気になってインスタを開いてDMの欄を遡った。
最後にDMしたのが二年も前なので随分と下の方に会った。「今日はありがとう! たくさん話せてよかった! またどこかで話せたらいいな」と俺が送った文書には既読はついていなかった。少し虚しくなり、今日の出来事が夢なんじゃないかと思った。なんせ数分の出来事だったし、寝ぼけてたんじゃないかと、自分を疑ったが、さやのLINEをみたら夢じゃない事がわかる。そうだ。俺はさやと会えてLINEを交換したんだ。まだ何もないLINEで何を送ろうか迷った。とりあえずキーボードを打ってみた。「初めまして! 豊です! 久しぶりに会えてよかったです!」いやいやいや、まず初めましてじゃないしな。なんで敬語なんだ。却下。「久しぶり!二年ぶりに会えてよかったよ!」
いやいやいや、会えて嬉しいという気持ちは会った時に伝えたしな。もっとかっこいいのないかな。こういう時は検索するのが一番だ。調べようと、検索画面まで来た時ふと思った。こういう大事な時は自分の言葉でちゃんと考えて送った方がいいんじゃないか? よく告白しようか迷ってる人が告白までのデートプランなど調べたりしてるけど、そんなのカッコ悪いな。ダサくてもいいから自分で考えよう。何度も何度も挨拶を考えてた。気づけば俺は寝ていた。
目が覚めたときには日は落ちていて、外が暗かった。
制服のままだったので寝巻きに着替えた。寝巻きと言っても中学の頃のジャージである。これは本当に便利なんだよなー。動きやすいし、暑くなったら半袖の体操服に着替えれば良いし、と呑気なことを思っていた。ふとさやの事を思い出し急いでスマホを探す。こういう時に限ってスマホが見つからない。思いっきり布団を持ち上げると、スマホが転がって出てきた。あったあった! 足でも生えてどっか行ったのかと思ったぜ。スマホを取ってロック画面を解除した時俺は絶望した。
さやからLINEが来ていた。俺は画面開いたまんま寝ていたので、既読スルーをしてしまった。さやからは「久しぶりに会えて嬉しかったよ笑 また今度どっかで話さない?」
終わった。二時間前に送られていた文を見ながら絶望した。どうしようと考え、返信することにした。「俺も嬉しかったよ! 明日学校終わったらドムジャでも行く?」自然な感じで遊びに誘ってみようと考えたけど、送信が押せない。脈を打つ回数がだんだんと早くなる。既読スルーして堂々と遊びに誘うなんてやばいやつだよな。やっぱり先に謝ろう。「ごめん! LINE開いたまんま寝てた! 今日俺も会えて嬉しかったよ!今度ドムジャでも行く?」よし。これで完璧だな、送信っと。と軽く言ったけど、やっぱり送信が押せず、悔しくてぎゅっとスマホを強く握った。強く握った時に電源ボタンを押してしまい、もう一度開いた時に間違えて送信を押してしまった。ああ! やってしまった。けどまぁいっか。でもなぜかドキドキして高鳴る鼓動が抑えられない。今すぐにでも会いたい。布団にくるまり子供のように小さく丸くなった。
その瞬間LINEの通知音が聞こえた。さやからかな! と思いスマホの画面を見たら、和真からだった。
「今日遊べる〜?」
和真かよ。だる。まぁ行くけど。それからスマホの通知音が鳴るたび、さやからの返信が来たと思って何度もスマホをみた。そんな事をしてたら和真にあっという間に勘付かれ、好きな人がいるのがバレた。和真なら古い付き合いだしいいだろうと思い、二年前のことから今日の出来事まで話した。
「なんかロマンチックだね〜」
「だよなー! 二年ぶりに再会できるってすごいよな。なんか映画みたいだよな〜」
「主人公は豊か。俺モブじゃね?」
「仕方ないから和真は主人公の親友にしといてやるよ。」
「おお〜。それは嬉しいわ。んでいつ上映されんの?」
「近日公開。」
二年ぶりに会えた嬉しさで、今ならどんな陰口を言われてもありがたく受け取れそうだ。そんな話をしてたらLINEの通知音が鳴った。すぐにスマホを見てみたら、さやから返信が来た。「そうだったんだね笑 明日の放課後とかどうかな? 豊くん部活とかやってない?」あぁー!! 可愛い文だ。二年前DMで話してたのを思い出す。あの頃は返信が当たり前に感じていたけど、今は特別に思えてすごく嬉しかった。すると和真が、
「豊はすぐ返信するの?」
「えっ? 今返信しようとしたところだよ。」
「まだダメだろ。返信を遅くして焦らすのがいいんじゃない?」
「和真……恋愛した事ないくせに……ナイスアドバイス」
「一言余分だが、ジュース一本で許したるわ」
そうだ。ロマンチストとしたことが、焦って恋愛が下手くそになるとこだった。何て返そうか考えながらスマホの画面を閉じサッカーボールを思いっきり蹴った。