第四話 消えた恋人
学校が終われば毎日集まれる人は俺の家に集まり、ゲームして、たまに外行って体を動かし、雑談して十一時ごろにはみんな帰る。彼女はいないけど、毎日遊べて、そこらの高校生より自由で楽しくやれてると思う。彼女はいないけど。
やっぱり毎日友達と遊んでいても、友達じゃ埋めれない心の寂しさがある。過去に恋愛経験があればあるほど心の寂しさは大きい。この寂しさはやっぱり恋愛でしか満たせない。
どれだけ美味しいものを食べようが、どれだけ毎日が楽しくても、恋愛で空いた穴は恋愛でしか満たせない。
俺は過去に一度だけ女の子を好きになった。あれは中学二年生の冬の事。
――中学を転校して三ヶ月ほど経ち、新しい生活にも慣れてきた。俺はインスタのDMで転校当時からずっと話してた女の子がいた。
彼女の名前は工藤沙耶香。みんなからさやと呼ばれていた。さやとは同じクラスなのだが、現実で喋ったことはほぼない。DMで喋れても、学校では喋れない。係の関係で話しかけることがあっても、それ以外話した事はない。
冬休みを迎えようとする頃、学生の話題は冬休みの話で持ちきりだった。冬休みが入るのでしばらく顔を見れないため、少し悲しいと言う話をDMでしていた。クラスメイトと騒ぐ俺とは真逆に気弱で静かなさや。そんなさやが終業式の二日前に、頑張って声をかけてみる! と言われたので楽しみにして学校へ行った。
学校で大掃除が始まり、壁の掲示物を取ったりして、冬休みの過ごし方を先生が話して学校は終わった。
結局その日は声をかけられることはなかった。少し残念に思いながら、家に帰ってからスマホを見てみると
「ごめん! 勇気が出なかった。明日は絶対話しかける!」 と来ていた。俺はさやの声をちゃんと聞いてみたかった。
「大丈夫だよ! もし勇気が出そうになかったら俺から話しかけようか?」
DMで好きな歌や好きな映画など趣味や好きなものとかはあらかじめお互い知っているので、話し始めたらそこまで気まずくないと思い、さやに変な気を使わせないように俺から話しかければいいと思って言ってみたが、さやからは、
「いや! 私から話しかける! だって私が最初に話しかけるって言ったもん!」
さやの普段の雰囲気からして、少し意地張ってる姿が想像できて、可愛いなと思った。
「そっかー! じゃあ待ってるよ!」
「うん! まってて!」
明日が冬休み前の最後の登校なのに声かけてもられるかな、不安と期待が混じってるが、友達と遊ぶ約束をしてたので集合場所へ向かった。
次の日の朝は終業式だからか早めに目が覚めた。運動会や修学旅行の日だけ早起きするような感覚だった。いつもより少しだけ早めに家を出た。学校へ向かってる途中、前にさやが歩いていた。ボブで身長が小さくて気弱なさやは俺の異性タイプでドストライクだ。
さやの後ろ姿に見惚れていたら、いつのまにか学校の下駄箱に着いていた。
「おはよーう!」
と大きな声で後ろから突然クラスメイトのひろが驚かせてきて、びっくりして声を出してしまった。さやの方向を見てみると、こちらに気づいて目が合った。すぐに目線を逸らしたさやは少し恥ずかしげな感じで靴を履き替え、教室へ向かってしまった。それをみていた俺にひろが
「お前、まさか〜! さやの事好きなんだな!」
「しっー! 朝から声がでかいよ! 別に好きとかじゃないし」
「ははーん。友達に隠し事をするとは良い度胸だな」
「別に隠し事なんかしてないもん」
「ふーん。さやの小学生の頃の話してあげようか?」
「え! ちょっと気になるかも」
「じゃあ本当のこと言えよ!」
「なんだよ。そっちが先に言ってくれたら考えてあげるよ」
「わかったよ。さやの話するからちゃんと教えろよ?」
「いいだろう」
上履きに履き替えて、階段を上がりながらひろは話してくれた。
「さやはな小学生の頃から元々静かな方ではあったけど陽キャ組だったんだよ。クラスの女子と喋っててなんか楽しそうにしてたぞ。しかしある時から陽キャ組から外れて急に静かになったんだよ。いつからだと思う?」
「中学校入ってからとか?」
「ぶっぶー。外れ。豊が転校してきた時からだよ」
「え?それまじ?」
「ほんとだよ! 俺らも驚いたよ。陽キャ組のさやが豊が転校したあたりから1人で行動するようになったんだもん」
「なるほどなー」
さやが騒ぐタイプなんだと内心驚いてた。
「そうなんだよ。んでどう思ってんだよ! さやの事!」
「また今度話すよ」
「うわー! 最低だ! やってること詐欺だぞ!」
「また言うから。今は待っとけよ」
ひろは少し不貞腐れながらもまた別の話をしながら教室に入った。
終業式が体育館で行われ、学年主任が冬休みの過ごし方について話していた。
「夜の10時以降は家から出ないように。それから子供だけでゲームセンターなどに行かないように。お年玉をもらうと思うが浮かれて、お財布に大金を入れないように……」
学年主任の長い話が終わると校歌を歌い、教室に戻った。戻ってからすぐ通知表を返される。先生は廊下に行き、番号順に呼ばれて成績について話す。
教室ではざわざわしていて、話すタイミングとしてはちょうどいいじゃないかと思ったが彼女から話しかけられる事はなかった。
俺の出席番号は最後の四十番で話しかけれるタイミングはあったと思うが、俺の周りにクラスメイトが集まってたから話しかけづらかったのか、あまりにも自分の成績が悪く落ち込んで話しかけれなかったのか、わからないけど今日も話しかけられなかった。明日から顔も見れないのに。
そう思いながら帰りの会が始まった時。明日から冬休みだからと浮かれ気分でクラス全体がざわざわとし始め、俺も少し浮かれ気分で帰る準備をする。ロッカーに入れたリュックを取ろうとしゃがんだ時だった。
「あ、あの!」 女の子が声がして振り返ってみると、さやがいた。
「あ、あ! えっとー!」急にさやが目の前に。緊張して言葉が詰まってしまった。
「あとで校門で待っててください!」
「えっ?あ、うん!」
さやは俺の返事を最後まで聞くまでもなくすぐさま自分の席へ行ってしまった。さやの顔が少し赤くなっていたように見えた。
帰りの会が終わり、いつもなら友達と数人で喋りながら帰るのだが、今日は校門で愛しのさやと会うので友達には
「ごめん。俺今日親が迎えに来てくれるから、ここで待っとかなきゃ行けないんだよね」
「じゃあ親が来るまで話してようよ」
「いや! いいよ! 先帰ってなよ」
「なんだよ。こいつ怪しくねーか?」
「怪しいな〜。女の子と待ち合わせでもしてんのか〜?」こいつら勘が鋭いな……バレてなきゃいいけど。
「俺に女の子がいるわけないだろ〜? だからさ早く帰りなって」
「そういえば若林さ、帰りの会の時さやに声かけられてたよな。あれなんて言われたの?」
ドキッとした。なんでさやに話しかけられたところ見てたんだよ……適当な事を言って誤魔化そうとした時、ひろがふとなにかを思い出した顔をした。
「そういえば豊! 朝! よくも騙したな〜! これはさやとなんかあるんじゃねーかな!」
終わった……もう言い逃れができない。一様最後まで言い訳しておこう。
「さやとは係の話しただけだよ。さやみたいな可愛い人が俺に興味あるわけないだろ? ほら! 帰って昼飯食ってゲームでもしてろよ」
ひろたちは頭を悩ませていた。少しすると結論が出たようにスッキリした様子で
「まぁしょうがないな。親が迎えに来るもんな!じゃあ今日は先に帰るぞ。冬休みも遊ぼうな」
「うん! ありがとう! またね」ひろ達は勘がいいのか悪いのか。何事もなかったように帰るひろ達の背中をみて、感謝とひろ達の勘の悪さに手を合わせた。
「あの!」後ろから甲高い女の子の声が聞こえた。
「わ! びっくりした〜!」
「なんで手を合わせてるの?」
「あ! いやなんもないよ! もしかしてずっと待ってた?」
「うん! 待ってたよ! ひろ達といるから校門でずっと隠れてたもん」
「そうだったのか! わるいわるい!」
校門で隠れてたのか〜。ずっと隠れてた? え? もしかしてあの会話聞かれてた? さやみたいな可愛い人とか言っちゃったよな。心の中で動揺しまくっていると、
「歩こっか!」よかった。きっとさやには会話までは聞かれてない。安心と嬉しさで気持ちよく返事ができた。
普段は静かだけどひろが言ってた通り、意外と元気に話してくれる明るい子だった。DMでは普通に話せていたけど、いざさやを目の前にして話すと緊張したけど、時間が解決してくれた。
「さやは頭良さそうに見えるけど通知表どうだった?」
「偏見じゃん笑 私頭なんか全然良くないよ」
「えー! そうなの? 内申点どんくらい?」
「三十六だったかな」
「頭いいやないかい! オール四じゃん!」
「いやいや。これくらい普通でしょ。オール四って言っても三とかもあったよ?」微笑みながらさやが言う。
「す、すごいな……三十六で普通なのか……」
頭の悪い俺には凄すぎて口が塞がらなかった。そんな俺を見てさやは無邪気にくすくすと笑っている。
「何笑ってるの?」
「豊くんの顔がおもしろくて」口にを隠すように手を当てながら笑うさやが少し愛おしく見える。
「失礼な〜! 人の顔を見て笑うとは」
「違う違う! 三十六で驚く人なんて初めて見たもん。そんな豊くんは内申点いくつだったの?」
「三十六なんて、ひろ達に聞かせても驚くぞ。俺は……十九点だったよ」
「えっえー! そんなに頭悪いの! 十九点なんかどうやったら取れるのか逆に知りたいよ」
「俺たちの中では十九点って結構高い方だぞ?」さやは無邪気に笑いながら俺と話していた。
俺も釣られてずっと笑っていた。楽しい時間はあっという間でさやの家の前までついた。
「今日はありがとうね。 声かけてくれて」
「ううん! 私も楽しかった! 勇気出してよかった!」
「それじゃあまた学校で……と言いたいけど、明日から冬休みか!」
「そうだよ? 今気づいたの? 」
「忘れてただけだよ!」
「ほんと豊くんっておもしろいよね」
「そうか? 少しバカにされてる気もするけど、ありがとう」
「してないしてない」顔にバカにしてますよと書いて笑っていた。それでも無邪気に笑うさやは、またねと別れを切り出した。俺もそれに続いて、ばいばいと満面の笑みで送り返した。
さやの無邪気に笑ってた顔はとても可愛くて、一緒に帰っただけで好きになっていた。
心が満たされてる感じが肌寒さに吹かれても気持ちが良かった。帰ってからもさやの笑顔を思い出しながらDMで話していた。寝る時までさやの事を考えていた。
だけどあの笑顔を見れたのが中学生活でその日が最初で最後だった。さやは冬休みが明けても学校に姿を見せることはなく、中学の卒業式まで姿を見せることはなかった――。
そして今年の冬。二年前のさやと一緒に帰ったあの時間。一瞬の恋だったが、初めて人を好きになったし、あの笑顔を忘れることなんてできなくて何度も思い出してしまう。
心にぽっかり穴が空いたようで、その穴を冷たい風が吹き抜けた。 誰も連絡が取れないし、もしかしたら死んじゃったのかな。
今はどこにいるのだろうか。時が経つにつれて当時の細かいことが思い出せなくなってきた。声ですらも思い出せなくなっている。もう一度会いたいな。