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青春物語  作者: 髙林 将大
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第二十一話 自由の扉


相変わらず寝起きは頭痛がひどい。

日に日に強くなる頭痛だが、こんなのへっちゃらさ。

なんせ今日は待ち侘びた脱出の日だから。

あと少し、あと少しと何度も心に言い聞かせ、体調が

悪かろうと頑張れた。


前日母に久しぶりに私服を着たいと嘘をつき、ダウンやら色々持ってきてもらい、なぜかお小遣いもくれた。

俺が脱出するとも知らずに、母親の優しさを裏切る

ような行動だけど、どうせ死ぬなら最後まで迷惑かけてやろうなんて思ってしまった。


今日は特にこれという検査がないのでチャンスなのだ。

体温と血圧の検査は毎日朝 昼 夜 夜中にやるのだが、

多分重要ではないので大丈夫だろう。

薬を飲み頭痛に苦しみながらも体を起こした。

楽しみと緊張で鼓動が早く踊っている。


とりあえず早朝に行われる血圧と体温の検査を済ませ、朝食を食べた。

そして私服をカバンにつめ、一階のトイレに向かう。

まず第一関門、俺の部屋の五階から一階まで

エレベーターを使うのだが、向かう途中の廊下や

エレベーターの中で看護師の方と会わないように

しなければならない。

そして第二関門、一階の病棟、中央診療棟、外来棟の

受付を通らなければいけない。

この二つをクリアできれば、俺は自由だ。

さながら脱獄映画の主人公になった気分だ。


荷物を持って静かに廊下に出た。あたりを見渡しながら慎重に小走りで向かった。

見つかったら全てが終わると思うと、緊張のせいか

手に汗が滲んでいる。そして特に見つかるとかもなく、

エレベーターホールまで行けた。

エレベーターは三基あり、一基は配膳用エレベーター、

もう一基は十階に止まっていた。

そして運がいいことにもう一基は五階に止まっている。

流石俺。病気で余命宣告という不幸があるおかげで、

良き運が貯まっていた。


さっそくエレベーターに乗り、一階のボタンを押すと、ゆっくりと下がっていった。

ボタンに自分の汗がついていて、息を止めていた事を

忘れていてゆっくりと吐いた。

ここまで頑張ったんだ。そう握り拳をした時だった。

二階でエレベーターが止まった。



豊のやつ大丈夫かな……。

待ち合わせ場所は病院の最寄りの駅。

珍しく早めに着いたが俺は緊張していた。


「おい和真、本当に豊大丈夫なんだろうな」

かずきが心配そうに俺に言ってきた。

「大丈夫だろ、あいつの事だからきっとうまくやる」


今日集まってくれたのは豊から呼んでくれと頼まれた

メンバーで、春日、玲音、かずき、大貴、そして俺。

しかし豊が呼んでと頼んだメンバーはもう一人いて

誘ってみたものの、未読スルーで終わっている。


現在、玲音とかずきと俺がいる。

他のメンバーを待っている途中だ。

みんな学校を休んだ。こんなサボり方は初めてだから

みんなウキウキな気持ちだろう。

普段は寝過ごしてサボったり、だるくなったりと、

特になんかする訳ではなかった。


そして着いてから何本か電車が過ぎた頃、

改札口の方を見ていると春日が静かに降りてきた。

「おお春日ー!」

「おはよう諸君」

相変わらず意味のわからん挨拶だ。

「なんか久しぶりに見た気がするわ」

「あぁ。久しぶり」

春日の口癖のああが懐かしく笑えた。


するともう一人、聞き馴染みのある声がした。

「えいえいえい。お揃いじゃないすかー!」

公共の場なのに、でかい声で小走りで来たのは大貴だ。

「おつかれーーい!」

「テンションたけーな」

「そりゃあ豊に会えるし、遊べるし、げぼ? だっけ、

楽しみすぎて」

「げろ(下呂)な。やっぱお前アホよな」

「どっちも変わらんわ」


そして残すはあと一人だが、来ないのはわかってた。

「やっぱ泰希は来ないな」

「そりゃ来るわけないだろ。泰希の事もうぶっちゃけ

どうでもよくない?」

「まぁね。なんで豊は気にするんだろう。豊が

めちゃくちゃ悪い事したわけでもないし、もう俺らと

関わる気なさそうだから、ほっとけばいいのに」

「豊ってよくわからんよな」


とりあえず全員揃った。あとは豊だ。

本当にうまくやれているのか不安が少しある。

だが、いくつもの試練を乗り越えてきたあいつなら

きっと大丈夫だ。俺らの心配もありがた迷惑だろう。

集合時間から十分過ぎた。流石のみんなも心中に

あった豊への不安が口に漏れ始めた。

その時、後ろからいつものあいつの声が聞こえた。


「おーい! みんなー!」

「おぉ! 豊ー! っておい! どんな格好だよ!」

なんと豊は入院着のまま手ぶらで来た。

それでもみんな抜け出せた事に感動し、豊の方へ走る。


「おいおいおいなんで入院着なんだよ!」

「うわあ。なんかみんな久しぶりに感じるなあ!」

「久しぶりだけど、それより格好よ」

「いやあ。色々あってさ。とりあえず誰か服貸してくれね? 上着でもいいよ」


相変わらず豊はぶっ飛んでやがる。

どんな作戦を立てたら入院着のまま出れるってんだよ。

駅のトイレに豊を連れて行き、かずきの持ってきていた

着替えを着させた。

着替えながら豊は何があったか話してくれた。



――二階でエレベーターが止まった。鼓動の音以外

何も聞こえなくなった。

開いちゃだめだ。今開いてしまったらここで

全てが終わってしまう。全ての計画が無駄になる。

駅で待っているあいつらと会えない。

最後の自由がなくなってしまう。

言うことも聞かずゆっくりと開くドア。

嫌な機械音が静かに響く。何もないことを祈りつつ、

不安から俺は目を瞑ったが、ラッキーはいつまでも

続かない事を聞き馴染みのある声が知らせた。


「あら。豊くん」

工藤さんの声を聞いた瞬間、全てが終わったと思った。

「あっ……。はい」

「珍しいわね。ってどうしたのよそのリュック」

「あっ。えっとこれは……」

「ん?」


俺はコンマの世界で小さい脳みそをフル回転させて

必死に言い訳を考えた。


「これはさっきチラッと顔を見せに来た、いとこの荷物

です。あの人あんまり顔を見合わせた事もないのに、

お見舞いに来てくれて、色々話を聞いてくれました。

ついさっき帰ってしまったんですが、忘れてしまって

いたので、走ったら間に合うので渡しに行こうかと」

「ああ。だからそんなに汗をかいているのね。無理も

ないわよ、あなたはちゃんとした運動はできないから、

あんまり激しいことはしちゃだめよ」

「はい。少し走っちゃいました」

「ほんと豊くんは優しいね」

「いえいえ。せっかく僕のお見舞いに来てくれたのに、

忘れ物をして嫌な想いをさせたくないので」


工藤さんは優しく笑って、いなかったらすぐ部屋に

戻りなさいよ。と言ってエレベーターを降りて行った。


緊張がほぐれ、不安がなくなると一気に疲れてきた。

ほっとしているとエレベーターのドアは閉まり、

一ミリも動きもせず止まったままだった。


そして工藤さんに嘘をついてしまったが、少し院外に

出る許可を得たようなので、安心して病棟を抜け、

中央診察棟を抜け、外来棟の受付を通り過ぎた。

外来棟には通院で来てる方なのか、私服の老人が多く、

入院じゃないのが自由で羨ましく思えたが、

俺はこれからその自由を取り戻す。


そして自動ドアの前に着くと立ち止まってしまった。

また鼓動が高鳴り始める。何度も憧れた外の世界。

そして少し力を入れて一歩踏み出した。

先程のエレベーターの開く音とは違い、気持ちの良い

効き馴染みのある機械音と共に俺は外に出た。


そこに広がるのはだだっ広い青い空。感じる肌寒さ。

一気に鼻の奥まで通り抜ける外の匂い。

ずっと同じ匂い、同じ温度の病院とは違い、外の世界は

生きている。気持ちが良い。

胸の奥が熱くなり、思わず笑みも溢れる。


今からみんなに会えるんだ……。俺は自由なんだ……。

ゆっくり歩きながら病棟の横を通り、病院の入り口を

抜けた。こんなに清々しい事はないだろう。

今すぐにでもみんなのところへ走りたい気分だが、

入院服を来たままなので、地域住民の方に通報されて

しまったらめんどくさい。

そのため平常心を保ちながらも、少し早歩きになった。


一歩一歩確かに歩いている。足元を見ながら、

ちゃんと生きている事を実感できた。

靴もしばらくベッドの下に置いてあったので、

なんだか嬉しそうだ。太陽が顔を出しているおかげで、

あまり冬を感じさせなかった。


これから遊べる。飲める。食べれる。歩ける。

会える。聞ける。喋れる。笑える。楽しめる。

電車に乗れる。温泉に入れる。深呼吸できる。

全てがみんなと過ごせる。なんでもない日常が戻る。


この公園を抜ければ、すぐに駅がある。

笑みは溢れるどころか、大洪水のように溢れている。

考えれば考えるほど気持ちはどんどん昂り、

いてもいられなくなって、重いリュックを捨て走った。



――っていう事なんだよ。とドヤ顔で話した。

みんな笑いながら聞いてくれた。

「じゃあバック取りに行くぞ」

「ああ。鶴舞公園に置いてきたんだろ?」

「無駄足使ってる場合じゃないからな」


俺たちは公園に足を運ぶと、街路樹の通りに、

無惨に置いてかれたリュックがあった。

酷い有様だと笑いながら回収した。

これからはとりあえずこの街を出ることにした。


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