第二十話 最後の計画
「こんにちは。豊くんいますかー?」
「来たか。こっちこっち」
「これ手土産。お父さんが持ってけって」
「一昨日のお見舞いでは持って来なかったのに今日は持ってきたんか」
「んでんで、はるばるここまで来たんだ。一体話ってのは、なんなんだい?」
「早速本題に入るタイプか。お前AVの質問シーンを飛ばすタイプだろ。まぁいいよ、話す」
今日この病室に俺が呼び出したのは他でもない和真だ。
一昨日こっそり話かけて、今日来るように伝えた。
ゆっくり深呼吸して真剣な眼差しで姿勢を整える。
話すこちらも少し緊張が走る。
「俺が一昨日こっそり和真に話しかけて、和真1人だけを連れ出した理由はね」
「うん」
「俺にとって和真が一番信頼があるからなんだ」
「豊にとって俺が一番信頼がある? それはいつものメン ツの中でって事で?」
「そう。春日とは深く仲がいいけれど、深い話はあまりできないんだ。大貴と玲音は少し俺と方向性が違うからな。かずきはまだ出会って短い。そうなってくると和真が、一番深く話せて、長い縁だ」
「なるほどね。ちょっと嬉しくなってきたわ」
「きしょいこと言うな。まぁそれで話ってのはさ……」
どうしてもここからためらってしまう。
和真には言えると思った。しかし目の前にすると、
和真だからこそ言えない。
緊張が全身に走り鳥肌がたった。
「話ってのは……?」 和真が鸚鵡返しで問う。
「まぁみんなが来た時には言えなかったんだけど、実は余命宣告されているんだ」
「……まじか」と和真は予想以上に喰らい、気まずそうに目のやり場に困っている。
「まぁそんな深く受け止めなくてもいいんだけど、あと長くて半年の命なんだ」
「半年か……。そうなんだな」
静かな時間が数泊流れ、和真は窓の向こうを見た。
気まずいというより、和真はどうすれば良いかわからないような感じだった。
俺は空気の流れを変えるように笑って話した。
「落ち込んでくれてる和真くんにお願いがあります」
「ど、どうしたんだよ、いきなり」
「まぁ長くなるからさ、軽く聞いてくれよ」
俺は一日半かけて考えた、ある作戦を手短に伝えた。
和真は少し悩みながらも聞いてくれて、
少しずつ顔に笑みが浮かんできた。
「いいじゃん。その作戦面白いな」
「だろ? 余命宣告された人が二日かけて考えたんだ。貴重な時間で考えたんだ。成功させたい」
「豊のその想い……熱いな。乗った!」
俺たちは手を組み合わせ、お互いの顔の奥の気持ちが、ひとつになった事を確認した。
そして和真をある場所に連れて行った。
「やっぱこの場所は、いつでも静かにしなきゃいけない雰囲気が漂ってるよな……」
「やっぱそうだよな。って和真が小学生の頃、ミッケの間違い探しやりながら騒いでたじゃん」
「そんなん言ったら豊も混じって騒いでたろ?」
小声ながらも笑いながら話していると、
お互い周りの目線を感じた。
「お互い様だな……」俺らは目を合わせてまた笑った。
和真を連れて来た場所は図書館だ。
和真に見せたかった本があるのだ。
そしてここで計画を実行できるようさらに計画を練る。
「そうそう。この本だよ」
少し傷んだ本を手に取り、和真に見せた。
「なるほどな。お前はこれに影響されたのか」
この本は日本の絶景がカラー写真付きで載ってる図鑑で俺は一度この本を読み、新しい景色、まだ見ぬ世界を、知りたくなったのだ。
「よっしゃこれから面白くなるぞ」
俺は浮かれた声で和真と笑いながら計画を立てた。
こんなありふれた日常が楽しかった。
笑いながら元気にページを捲る豊。豊の目は輝いていてまるで外の世界を初めて見る小さな子供のようだった。
「なあ。この景色どうだよー。俺らが見たことない景色がこの本にたくさんあるんだぜ」
「そうだね。スマホも動画ばっか見てるからな」
余命宣告ってあんな元気な豊がされるのか。
もっとイメージ的にはよぼよぼな人がされる感じ。
でもページを捲る際、髪に触る時、歩いてる時、やっぱ豊の腕や足は細い。しかもただ細いんじゃなくて病気的な痩せ方をしている。豊はいつも笑ってるけど、心の中ではどう思ってるのかな。
「なんだよ。俺の事をジロジロ見やがって、ちょっと
視線がそっちぽくて怖いぞ」
俺が心配してる事も知らずに豊は相変わらず変な冗談を言ってきた。
「ざけんな。お前に変な気なんて起こさねえよ」
流石にやめろよ〜なんて言いながら豊がまた笑ってる。
笑っているけれど心のうちでは、病気のことで悲観していたりするのかな。
「なに愛想笑いしてんだよ」
「あ、バレた?」
「作詞家なめんなよ」
「作詞家? 入院生活飽きて最近歌でも書いてるの?」
「いやー昔からなんか歌作りたいと思っててさ、たまにノートに書き留めるようにしてるんだ」
「あー。なんか前に歌手になりたいとか、言ってたもんね。ちょっとノート気になるわ見してよ」
「あほか。誰が自分の心の奥底の気持ちを、教えなきゃいけないんだよ。大切な事は自分だけ分かればいい」
「じゃあ見せたくなったら見せてね」
「若林豊様だからな。将来売れるぞ〜」
将来という言葉に少しドキッとしてしまった。
医者に余命宣告をされていて半年しか生きれないのに、
何十年先の未来を指す言葉が胸に刺さった。なんだか儚い。
またお得意の愛想笑いで誤魔化してしまった。
気づけば窓の向こうは暗くなりはじめていた。
季節はしっかりと変わったみたいで冬が始まって、
日が沈むのがうんと早くなった。
結局ある作戦の話から脱線して、ただの雑談で盛り上がってしまい、話は少ししか進んでいない。
「そろそろここも閉館するからね」
ふと後ろから看護師さんに声をかけられた。
「あっ、はい。じゃあそろそろだな。ちょっと本戻してくるわ」
「さんきゅ」
さっき少し話を聞いたけど、これが豊の好きな人の
お母さんか。そんな偶然があるんだなと面白く思った。
「この前も今日も来てくれてありがとうね。豊くん友達の話ばっかりしてるよ。嬉しいみたいだからまた来てあげてね」
「はい! また来ます!」
「余計なこと言わなくていいですよ!」
豊にも聞こえてたみたいで豊は照れながら言った。
「和真もだよ。また来ます! じゃないわ。さっ今日はもう帰ろ。下まで送るよ」
「わかったわかった。そんな照れんな」
「照れてねーし!」
「はいはい。受付の人に迷惑だから出るよー」
図書館を出る時ふと振り返り見渡すと、あたりは誰も居なくなっていた。俺と豊だけの世界だったのかな。
なんてクサイことを思った。
エレベーターの中もこの院内も全て同じ匂いだ。
病院って感じで、優しいようで怖い匂いだな。
「それじゃあここでいいか?」
「うん。ありがとうね」
「おう。あの作戦は絶対成功させような」
「おお、忘れるとこだったよ。てか俺らいつも計画立てようって言って会っても結局決めれず終わるよな」
「ほんと俺ら相変わらずだよな。ほんと笑える」
豊は細い体を揺らしながら笑った。
「豊」
「ん?」
「いやなんでもない」
「なんだそれ」
なにか言おうとしたんだろうけど、なにも言えなかった
「じゃ、じゃあまたね」
「おう。次会う時は俺は自由だからな」
「ああ」
豊は俺が見えなくなるまで外で手を振っていた。
この駅までの道のりはあまり使わないし、ましてや前回のお見舞い行った時が初めてだったからまだ新鮮だ。
切符を買って電車に乗って、二駅ほどで自分の家の、
最寄りまで来た。
スマホをいじりながらぼーっとしていたけれど、
ふと豊の顔が思い浮かぶ。
なんか不謹慎だけど豊が本当に死んじゃう気がした。
「なんで豊があーなっちゃうのかなー」
ふと映画のワンシーンっぽく声に出して言ってみた。
豊と何度も歩いたこの通学路。
なんであいつが死なないといけないんだ。
豊が死ぬなんて考えもしなかったし、
まだ豊の死を受け止めきれていない。
まぁでも豊なら大丈夫。きっと医者の間違いだ。
今日だって普通に笑い合ったし、ちゃんと生きていた。
小中学時代の豊との想い出を思い出しながら、
チャリのギアを上げた。
あと一週間後に来る給料日の次の日に、
この病院を抜け出す。
抜け出した後は下呂に行って一泊して病院に戻る。
それならきっと怒られて終わるだろう。
まだ体が動くうちにあいつらと遊んでおく。
下呂は親の実家に行く途中にあり、
休憩所として寄っていたため、多少の土地勘がある。
いつものメンバーで俺らなりの最高の景色を。
これが最後の自由で最後の想い出だ。




