第十九話 幸せ
静かなレストランに俺らの声が響いている。作り笑いなしで久しぶりに笑った気がする。
緊張がほぐれ、笑いすぎて逆に頬が痛い。
「そんであいつ怒られた後、教室がシーンとしてる中で、しゅみませんした……とか言ったんだよ」
「流石に笑うだろあれは。佐藤なんて全く関係ないのに謝ってるし、滑舌悪いしよ」
「懐かしいな〜ほんとに」
小学生の頃の話をして盛り上がっていた。忘れかけていた思い出を振り返りながら思い出す。
しかしかずきは地元が違うので話には入れないけど、話を聞きながら笑っていた。
「そういえば泰希とは最近どうなの?」
笑い疲れて少し沈黙ができた時に俺が喋った。
「んー……。」かずきが深刻そうに言う。
和真と大貴が目を合わせ少し気まずそうに笑った。
「実はあの豊の件から酷くなっちゃってさ」
「あの件ってカラオケのやつ?」
「そう、豊がカラオケ行く前に女の子と会ってたやつ」
「泰希はあれでまだ怒ってるのか。今日の事はなんて?」
「俺らにも口聞かなくなっちゃって、インスタもLINEもみんな切られちゃってさ」
「まぁ別に泰希とそんな遊んでた訳じゃないから別に良いんですけどもね」
かずきが少し悲しそうに言った後に春日が鋭くツッコミを入れた。
「お前まじ最低だな。なめてる」和真と大貴が笑う。
「まじ春日のツッコミ好きだわ。的確すぎて」かずきも笑った。
「いや気まずいて。俺のせいだから気まずいて」俺は少し笑いながら言った。
内心では、俺のせいで遊ばなくなったのかと少し落ち込んだ。
「まぁそうなんかー。学校とかでも同じ感じ?」
「そうだね。俺らとじゃなくて、違う人たちとつるんでる。まぁ良いんだけど、やっぱちょっと引っかかるよな」
「なるほどなー。ここは一度仲直り作戦と行きますか。ただ問題はどうやってその作戦に導くか。って春日嫌そうな顔するな」
「あ、バレた? めんどうな事になりそうだなって。だって泰希が自分から俺たちの輪から離れていったわけだから別にそこまでしなくて良くね?」
「まぁそうだな。めんどくさくなりそうだし、戻りたくなったら素直に戻させれば良いじゃん」
「和真も春日も反対か。なるほどな。まぁその気持ちも分からんでもないけど、誤解なら誤解を解くべきだし、モヤモヤが残らない? 俺は泰希を怒らせた張本人だし、モヤモヤするな」
沈黙が少し続き、空気を読むように注文していた料理が運ばれてきた。
「そうだなー。まぁ豊がやるってなら協力するよ」かずきがそれぞれの料理を回している時に言った。
「ありがとう。具体的なことは決まってないけど、なんとか解決したいね」かずきが料理を回しているので代わりに俺は箸を配る。この箸を受け取ったなら協力しろよと言わんばかりの目線を送ってやった。
「大貴はどうする?」何もせずにスマホをいじってたので話題を振ってみた。
「ん? なんの話?」昔から話を聞かないやつで、耳詰まりすぎだろってぐらい聞き返してくる事もある。
「いやだからその、泰希と仲直り作戦」
「あー。聞いてたよ」嘘つけと突っ込みたくなったが堪え、話を聞いてみることに。
「んー、まぁ俺は泰希とたくさん遊んだ方ではあるけど、その中学校とか小学校からの関わりでもないし、ましてや豊とかずきと同じ高校のやつなだけであって、そこまでの思いやりはないかな。まぁでも豊がやるんだったら俺は協力するよ」
良いやつなんだか悪いやつなんだかわからなくなる。結局答えはどっちでも良いって事だ。
「そっか。ありがとうな。とりあえず冷めちまう前に食べようぜ」
俺は二度目だが、またオムライスを頼んだ。少し量が少ない上、病院内のレストランだからか少し味が薄い気がする。食べすぎても吐いてしまうので今はこれくらいがちょうど良い。
「なんかここちょっと薄くない?」ラーメンを食べているかずきが言った。
「まじ? 俺のハンバーグ結構美味いよ」可愛いメニューを頼んでいる和真が言う。
「ちょ、一口ちょうだいよ」かずきのこの台詞は何度聞いただろうか。久しぶりに聞けてちょっと嬉しい。
「ちょっと今の台詞懐かしいな」
「俺の台詞?」
「和真じゃねーよ。そんな台詞を和真から聞いたことなんかねーよ」
「俺の一口ちょうだいよ?」
「そうそう。よく他のラグビー部のやつの弁当を見てその台詞言ってた。なんならクラス中回ってる時あるよな」
「そうでもないだろ。でも確かによく使ってるわ」
「春日は何頼んだの? お、カツ丼か! センスいいな」
「病人を目の前にして食べるカツ丼は美味いよ」
「お前最低だな。俺もカツ丼とかガッツリしたもの食べてーな……。てか大貴のやつは?」
「あ、俺金ないから頼んでない」
「あ、まじかよ。ここまでどうやって来たの」
「かずきくんの奢りです」大貴はいつもお金を持っていなくて、誰かに奢ってもらっている。
「まじかよ。人の金使ってお見舞いか。まぁ嬉しいよ」
「大貴くん? 来月返せるんだよね?」
「はい! かずきさん! 来月の十五日に給料入ります」
「よしよしそれでいい。てか豊バイトはどうしたの?」
「病院で目が覚めてからスマホで連絡したよ。俺あんま入ってなかったから、倒れてる間も大丈夫だったよ」
「なるほどね。いつまで入院とか決まってるの?」
ドキッと来た。不意に踏み込んだ話をされたのでオムライスのグリーンピースが喉に詰まった。
「ごめんごめん。グリーンピースが喉に」
水を飲みながらなんて答えようか考える。今の空気で俺があれをされた事言うか……? いや絶対に今じゃない。いやでも軽く言った方がいいのかな。
迷いながらも隠し通すことを決めた。
「今は検査入院で、結果が出るまでまだわかんないんだってさ」
「そっかそっか。早く退院して学校来て欲しいな」
「そうだなー。豊がいないと集まる事も少し減ったしな」
「そうなの? もしかして今日集まるの久々?」
「そうなんよ。かずきとかと遊ぶ時って豊から連絡してもらってたし、誘いづらいとかじゃないけどね」
「大貴と和真で二人で遊んだりもないわけ?」
「全然ないよ。まじで久々だもん」
「まじかよ。みんな家で暇じゃねーの。まぁでも病院に今週で三週間目かな? その俺には叶わないけどな。ガチで病院暇だよ。することねーもん」
「まじかよ。でもちょっと憧れるくない? 可愛い看護師さんとかいないわけ?」
「それな。ナースって結構熱くない?」
「大貴……和真……」
「あ、いない……感じね……」
「それがいるんだよ! たまーに廊下で見るんだけどめっちゃ綺麗な看護師さんいる。まぁでも俺の担当ではないし、俺のタイプでもないけどな」
「まじかよ! どこどこ?」
「大貴、そんな偶然に外にいるわけ……居た!」
「どれどれ? うっわ。ゲロ綺麗やな」
「おいおい言葉遣いえぐいだろ。でら超えてゲロになってるやん」
「待って豊、あれどタイプだわ」ちゃっかり気になっていたかずき。
美人な看護師さんはそのままエレベーターに乗ってどっか行ってしまった。
「お前いいな……。あんな人見れるのかよ」
「担当だったらよかったわ。でもタイプじゃないもんな」
「担当の先生は可愛くないの?」
「んー、担当の先生は可愛いとか可愛くないとかじゃないんだけど……」
目を逸らした先に、ちょうど廊下を歩いてた工藤さんが居て目があった。工藤さんはニコっとしてどっかに行った。
「そーいえばこの前気づいたんだけどさ、キャロットっていう喫茶店覚えてる?」
「あーぼったくりの値段してる喫茶店ね」
「別にぼったくりではないけどな。ただ小三の頃の俺らにコーラが一杯400円は高かったな。喫茶店の値段なんてわからなかった時だからな」
「んでその喫茶店がどうしたの?」
「それがこの前通った時、埋め立てられて一軒家が何軒も作られてたよ」
「うわー。潰れたのか。あーゆー地元の昔ながらの店が潰れると悲しい気持ちになるわ。一回も行ったことないけど」
「地元の看板みたいなところでもあるよな。目印とかになるし」
「そうそう。俺もそのキャラットって店行ったことないけど、宮里の家行く時そこを目印にしてたわ」
「キャラットってなに? キャロットな」
「噛んだだけだわ。ボコすぞ」
「口悪すぎだろ」
よく噛んで間違えた事を指摘されると口の悪すぎる返事をする大貴。この流れが俺の中では結構好きだ。
「いやー早く退院したいな。やっぱこうしてみんなと遊んでたいわ。毎日毎日決まった時間に点滴したり、錠剤飲んだり、検温したり、たまに検査して、採血して変な毎日だよ」
「まるでなんかの実験体みたいだな」
「まぁある意味実験体だよな」
「てかちょいと喉乾いたな。誰か店員さん呼んでよ」
「いや水くらい自分で頼めよ」
「こーゆーのってちょっと恥ずかしくない? 家族の前とかだと頼まれたら言うけど自分からは絶対言わん。てかいきなり店員さん呼んだらさ、席みんなどうした? ってなるやん」
「珍しく和真が真っ当な意見を言っている……」
「黙れハゲ」大貴は論破され捨て台詞という名の悪口を残し、不貞腐れた。
「んで早く誰か頼んでよ」
「いや自分で頼まんのかい。みんなに店員を呼ぶよっていう知らせだったんちゃうんか」
「そうだけど、ちょっとだるくなった」
「なんやそれ」大貴が生き生きして笑顔で突っ込んだ。
「ラーメン完食です。炒飯と餃子もご馳走様」
「ちゃんとラグビー部見せてくるよな。病院なのにめっちゃ食うやん。こんな患者いたら看護師さんも驚くわ」
「食べる能力は誰にも負けないからね」
ちょくちょくと他のみんなも食べ終わり、最後に俺がオムライスを食べ切った。お腹いっぱいで結構苦しい。
「久しぶりにこんな食ったわ。オムライス結構量あるな」
「お前長楽の鳥の唐揚げやラーメン定食と比べてみろ。オムライスなんて前菜レベルの大きさやん」
「長楽思い出したらさらに満腹なったわ。それともう少しここに居ようぜ。他のとこ行っても、ドムジャじゃないからそんなおもろいもんないよ」
「ドムジャもそんなおもろないわ」
みんな満腹の様子で、和真はデザートのプリンを頼んでおり、美味しそうに食べている。みんなスマホに釘付けで、ほんまにお見舞いしに来たんかって突っ込みたくなったが、みんななりにお見舞いに来てくれたので息を呑んでありがとうと感謝の気持ちを思った。
食べ終わった後も少し駄弁りながら、レストランでたまり、三十分ほどしてレストランを後にした。
「他になんの施設あるの?」
「他はそんな知らないけど、よく行くのは図書館だったり、なんか外が見える休憩スペースだったり、コンビニに、洗濯機コーナー、それとパンツ見えるスポットかな」
「おーおー。色々あるけど、どれも面白くなさそうやな」
「おい大貴、ほんまお前は耳つんぼやな。最後の最後聞いてたか?」
「え? なんて言ってた? 乾燥機コーナー?」
「アホか。洗濯機コーナーや」
「なんやその違いかよ」
「ツッコむところ間違えたわ。最後はパンツ見えるスポットだわ」
「は? まじで言ってる?」
「おう、そうだよな豊?」
「あるわけないやろ。第一誰のパンツ見るねん。よろよろの入院服着たおばはんのパンツ見たいんか」
「なんやねん。期待させんなやボケ」
「なんで俺の頭叩くねん。豊の頭叩けよ」
「いやお前が俺に言ったんやろ」
「はいはい、お猿さんたち喧嘩は良しなさい」
春日の独特なツッコミが決まった。どストレートで気持ちがいい。
「まぁ休憩スペース行こう」
休憩スペースでかずきが俺と大貴にジュースを奢った。
「はいこれ、早く退院しろよ」
「ありがとう! かずき! がんばるよ」
「おう、がんばれよ」
それから俺らはいつもの俺の家にいるかのように、いつもの公園にいるかのように駄弁り笑った。
その時間はまさしく幸せという言葉で表すのが合っていた。
みんなで駄弁りながら笑う。楽しい。
日々入院生活で思いっきり笑うことのなかったため、笑うことがこんなに楽しいとは考えもつかない。
はぁー。幸せ。笑いながら心から思う。
そして幸せの気持ちの裏腹に、幸せという時間は短いという事もわかっている。
短いからこそ美しく、心が満たされるのである。
すぐに最後の時間はきた。
「それじゃあそろそろ帰らなきゃだな」
「うわー。もうそんな時間か。早いなー」
「豊と久しぶりに喋れて楽しかったよ」
「こちらこそ。みんなと話せて楽しかった。みんな今日はどうもありがとう」
みんな笑顔の裏腹に悲しさを抱えているが一人だけ違う感情を抱いていたやつがいた。
「ブッ……アハハ。笑っちゃうわ」
感動のシーンで吹き出したのは和真だった。
「おいなんで笑うねん。良いドラマの感動シーンやったろ」
「そうだわ。今ので全部台無しだわ」
俺らは自分たちが作り出した感動シーンを笑われたことに腹が立ち、和真に反論しまくった。
まるで保育園の時に友達と協力して作ったレゴを帰りの時間に、関係のない園児にぶち壊されたようだった。
「いやー、ごめんごめん。ひとつ言わせて」
「お前に喋る権限与えるか。最低だからな」
「おいおい言いすぎだろ。まぁ聞けって。まぁ笑ったのは申し訳ない。けど俺らが感動シーンって、なんか違くない? いつも笑ってたろ? 最後も笑顔で飾りたくて」
和真の説明を聞いた途端、なにか心を刺さるものを感じた。和真は俺を病人扱いなどせず、いつも通りに締めようとしてくれた。
「そうだったのか……。悪かったな。ちょっと言い過ぎたわ」
「言い過ぎだけどな」
「まぁ和真の言う通り、いつもの俺ららしく行きますか!」
「それじゃあ和真くん。よろしくお願いします」
「えー。本当に今日はありがとう。本当に楽しかった。豊の病気が治ったら飯行こうな」
忘れていた。こいつはバカだった。
最後のツッコミどころ満載な感動シーンを再び引き寄せようとしたバカな和真なおかげで笑って終われた。それと同時に病室に戻る時の虚しさが胸を痛めた。
なんだか心にぽっかり穴が空いたようだ。これの表現が一番合っている。
愛で開けられた穴は、愛だけでしか埋まらなくて、他の愛では埋まらない。
こんなシーンでダジャレを言える俺はまだ元気だな。そう思いながら俺は胸を押さえながら病室に帰った。




