第十七話 青い若者の気持ち
また朝日が昇る。頭痛で起きる。重い痛みが頭の中を駆け回る。汗だくになりながら頭を抑える。動けない痛みに苦しんでいると、カーテンが開いた。
誰が開けたのかも見れない。それよりも頭痛が……。
少し新鮮で聞き馴染みのある岳の声が余計頭に響く。
「大丈夫か?」
大丈夫じゃない。痛い。喋らないでくれ。脳に響く。無限のように感じるこの時間を苦しみと過ごす。
床をスリッパで蹴る音が聞こえてきて、駆けつけてきたのは工藤さんだった。
「豊くん、どうしました? 大丈夫ですか? すぐに点滴の準備が必要そうね……」急いだ口調で工藤さんが話している。
なぜだか鼓動が速くなり、胸も痛くなった。不安と頭痛に押し潰されそうだ。だんだんと呼吸も荒くなる。
つ……つらいです……と声を振り絞って言った。
しかし工藤さんの耳には届かなかった。届かなかったと言うより、声が出ない。振り絞っても呼吸の音に揉み消されてしまう。
「豊くん、ゆっくり息を吐いて」今度は優しく寄り添うように声をかけてきた。
焦っている今の俺にはそんな簡単な言葉も理解できず、どんどんと浅く速い呼吸へとなっていく。
「豊くん、ゆっくり、ゆっくり息を吐いて」
だんだんと言葉の意味を理解できてきて、頑張ってゆっくり息を吐いてみる。
この感覚どこかに似ている……。俺は何かが頭によぎるが考える事をやめて、ゆっくり息を吐くことに集中した。
ゆっくり息を吐いていくごとに、胸のざわめきはゆっくりと消えてゆき、呼吸も落ち着いてきた。
数分もすれば軽い会話ができた。
「頭のどこら辺が痛い?」
「耳の上あたりが、い……痛いです」
「やっぱりそこが痛いのね。どんな痛み?」
「ズキズキというかズンズンというか」重かったり軽かったりする激痛が鼓動のペースで脳内に響く。こんなような言葉で通じるかと語彙力を恨んだ。
「とりあえず点滴つけようか」工藤さんは少し待っててと早走りして病室を出た。
相変わらず頭が痛い。さっきは気を失うほど痛かった。いっそのこと気を失ってくれとも思った。
「落ち着いたか……?」そっとカーテンの隙間から声をかけてきたのは岳だった。
「まだ痛むけどさっきよりはマシだよ。さっきは工藤さんを呼んでくれてありがとう」
「いやいや、気にすんな。俺も体調が悪い日はそんな感じだから。次また抑え切れないくらい頭痛かったらナースコールを押すんだよ」岳は優しく教えてくれた。なんで良いやつなんだと心身から思った。
「なぁ、岳。こんな事言いたくないけど俺やっぱりダメなのかな」
「んー。どうだろうね。それは豊次第なんじゃない? ほら病は気からって言うだろ」岳は治らない病を患っている。治らないとわかっていながら、なぜそんなこと言えるかがわからない。毎日変わらない天井のどこに生きる意味を感じているのか。
「そっか。ありがとうな。病は気からだよな」俺はあたかも岳の言葉に元気をもらったようにした。
俺にもそんな時期があった……
途切れながらも岳が言った言葉がわかった。独り言のようで聞いていいのかわからないけど、俺の性格の事だから聞いてしまった。
「え? いまなんて?」
「ん? あぁ、いやなにも」
それから岳は黙り込んだままだ。俺は聞こえてたけど聞こえないふりをした。言葉の意味を知りたくて、モヤモヤするけれど、今回ばかりは聞けなさそうなので追求はやめた。
少しすると医療ドラマなどで出てくるような点滴が持ってこられた。
腕に針を刺すのか……痛いだろうな……俺は少しビビりながら腕を差し出した。
点滴の説明を受けると、少し我慢してねと言われた。
チクッとした痛み。なんとなく血管に刺されたのはわかる。すると針を抜いて、プラスチックのようなものだけが残った。
「あの……このプラスチックのようなものはなんですか?」俺は異物混入されたのではないかと恐る恐る聞いてみた。
「これは点滴をちゃんと血管に入れるための管でね、柔らかいから腕を動かしやすいの」慣れた手つきであっという間に点滴をつけられた。
会話や点滴に夢中で頭痛は少し和らいでたけど、点滴で思い出したかのように頭痛がきた。
――ポタポタと点滴バッグから薬が流れていき、血管の中に入ってるのがわかる。そして腕を動かすと痛そうなので腕をあまり動かさないでいた。
俺の腕は管で繋がれている。神秘的で医学的だけど、管で繋がってなきゃ俺は頭痛に勝てない。
自分の力だけではどうしても勝てないのが悔しい。この管を外してしまえば、またあの頭痛がやってくる。
そして明日やっとあいつらが来る。あいつらに病人姿なんぞ絶対に見せられない。今日で治しきってやる。
そう意気込んで俺は静かに目を閉じた。
太陽が夕日に名前が変わる頃。あれから俺は寝て免疫力を高めようとして目を閉じた。結局一睡もできず、ただ茫然としていた。頭にはあいつらの顔と痛みが睨み合いっこしている。明日は体調的にやめといた方がいいのか。でも久しぶりに会いたいし。頭の中で戦っていた。
この葛藤こそが頭痛の原因ではないかと思ったりもしたけれど、何も答えは出ず、夕食の時間となった。
薄い焼き魚とご飯を食べて、味噌汁には嫌いなナスが入っている。漬物も味は濃くないし。
詰め込むだけの飯を食べて、俺は考えてた。
唯一の楽しみだった。あいつらに会えることが。
ご飯も好きなものは食べれないし、スマホの充電器がないから、スマホも自由にいじれない。外で体を動かすこともできないし、テレビもお金がかかるから見ないようにしている。本も読む気分になれなくて、ただ毎日頭痛と闘いながら天井のうじ虫のような模様の天井を眺めるだけ。
あのうじ虫のような数を数えてみたりもした。どこまで数えたか忘れるし、ずっとみているとミミズやらうじ虫に見えてきて、気持ち悪くなる。
そう思った時ふと時計を見る。あー、今の時間からして大体三時間目かなーとか、今日の授業は確か世界史だったなとか。あの縛られた学校生活が、なんだか羨ましく思えてくる。わかり合える友達がいて、先生の愚痴を言ったり、くだらない話で笑ったり。
あの変わらない何もない日常がよかった。変化を求め続けてた俺だけど、変化を求める事は、ないものねだりでしかなくて、なにかこう人生がガラッと変わる事はとても怖い事なんだとわかった。
変化してから過去を嘆いたり、羨んでいては、変化した時なにもできず、中途半端に終わってしまう。
俺はそのくらいの覚悟だったんだ。変化する覚悟ないまま変化してしまったら何も変われない。何者にもなれない。
窓のレースカーテンから半分は隠れて、もう半分は見える望月がやたら光っている。なにか一つの答えを出したけれど、なにか物足りない気がする。もっと大切なものがあった気がする。




