第十五話 お見舞い
「うわー!綺麗な花束だ。結婚式とかで見るブーケみたいだね!」自分がプレゼントされたかのように喜ぶのは、豊くんの隣のベッドの岳くん。
「うん、めちゃくちゃセンスいいね。こういうのって花言葉とかで選んだりするの?」
「そうだよ。花言葉だったり、色合い、旬の花とかで選んだりしたんだ」
「へー。いいね。俺花の名前とかよくわかんなくて、この白色の花は、なんて花言葉なの?」
「花言葉は……」赤いガーベラと目が合った。燃える神秘の愛。豊くんみたいでロマンチックだからなんて花が枯れても言えない。
「た、退院したら教える!」
赤いガーベラと同じくらい顔を赤くした。
「お、そりゃあ楽しみだ。今言えないって事は相当意味のある花言葉があるんだね」豊くんは少し笑いながら言った。
ズバリそうです。でもこの気持ちもいつか伝えれたらいいな。
「今日は来てくれてありがとうね」豊くんは病院の自動ドアの前まで送ってくれた。
「ううん、また来るね」このセリフを言うと少し悲しくなる。それに最後の言葉を言うと現実に引き戻される感じがする。だからいつも最後の言葉を言う前は大体話が長くなる。
「検査入院だし、すぐ退院できるから俺の病衣姿を今のうちにたくさん眺めといて」豊くんはまるで私を慰めるように優しく笑って言った。
「じゃあ写真撮っておくよ」私はポッケからスマホを出し、カメラを開いた。カメラに越しに豊くんは笑顔でピースをしてみせた。
このままシャッターを切ると、お別れが近づく事に気づいた。切ってしまいたくなくて、私は動画を回した。ピコンと音が鳴ったが豊くんは気づかずピースをしたままだ。
「早くシャッター切ってよ」
「これ動画だよ」
「動画なんかーい! ずっとピースしてたのがアホみたいじゃん」
「元がアホだから大丈夫」
「ん? 今なんか言った?」
「いいえ。なんもー」
「ちょっと貸してみて」
「はい笑って」豊くんは私の横に来てピースをした。外カメを内側に向けた。あわてて私もピースをした。
「これ動画だよ」
「……」写真かと思ってピースをしてたけど、さっきから動画は回ったままだった。
「悪い悪い! そんな怒らないでよ! ちょっと笑かそうとしただけなんだよ!」不安そうな顔で豊くんは謝った。仕返しが悔しかったので、少しイタズラをしてやろうと悪知恵が働いた。
「もうお見舞いなんか行かない」少し真剣な表情をして見せると、豊くんはさらに眉を困らせた。
「ごめん! ほんとにごめん! 仕返しした俺が悪かったよ!」真剣な顔で謝る豊くん。なんだか申し訳ない事をした気持ちになり、悪知恵を恨んだ。
少しやりすぎたみたい。どうやって雰囲気を取り戻そうかと、私も眉を悩ませた。
妙な間が続くと、罪悪感はさらに胸を痛めつける。
「な、なーんてね。冗談だよ」苦し紛れに出した返事で取り返しがつくのかは、わからない。
自分の返信に自信が無いので、豊くんを見るのが少しこわ―――よかったー! 大きなため息を続けて吐いたのは豊くんだった。
「ほんとに怒ったのかと思ったよ。久しぶりに胸がヒヤヒヤしたよ」豊くんは安心しきった優しい笑顔で笑って言った。
「私もごめんね。仕返しが悔しくて、仕返しのイタズラしちゃった」
「仕返しの仕返しが来るなんて誰も思わないよ」
「ごめんね」私も豊くんに釣られて笑った。
そんな話をしていると、あたりはすっかり暗くなり、豊くんも夕飯の時間を過ぎているので戻ると言う事に。お別れの時間がやってきた。
「ほんとに今日はありがとうね。久々に笑った気がするよ」
「こちらこそね。さっきのはほんとごめんね」
「いいよいいよ。こっちもごめんね」お互いの平謝りっぷりがなんだか笑えてきた。
「なんで笑ってるんだよ。俺も釣られて笑っちゃうだろ」豊くんも笑い始めてしまった。
「ごめんごめん。時間伸ばしちゃって本当にごめんね。また近いうち遊びにくるね」
「いつでも来てね。それじゃあまた」
「うん。またね」
豊くんは私が見えなくなるまで手を振っていた。最後まで笑っていられて楽しかったな〜。豊くんはやっぱり面白い。なにより元気そうでよかった。
駅まで楽しさで浸っていたけれど、思い出すかのように、お別れの寂しさがやってきた。
私はお別れの寂しさにトラウマがある。きっと豊くんにも私のせいであるだろうけれど。
二年前のあの時のせいだ。
またすぐに会えるだろうと思って軽い別れを告げたあの日。だけど次に会えたのはその二年後。また会えるだろう、この憶測が私を締め付ける。
明日が当たり前に来ることなんて無い。この感情が生まれても感じる場面は少ない。明日が来ないと不安になることなんてそうそうないもの。
私もまた会えるなんて憶測は嫌いだけれど、嫌いになるのもその瞬間だけであって、当たり前かのようにまた会えてしまう。
だけれど豊くんが入院した。もし悪いところが見つかったりでもしたら、またしばらく会えなくなってしまう。けれど豊くんに限ってそんな事はないはず。
電車に揺られながら、必死に不安を押し殺そうとするも、妙な胸騒ぎがしてしまう。入院してしまって、豊くんはなんだか遠くに行ってしまったように感じた。
病室に戻ると工藤さんと岳が話していた。
「あらら入院中なのに青春してる人が帰ってきたわ」微笑みながら工藤さんが話しかけてきた。
「豊はほんとにいいよなー。あんな優しくて可愛い彼女がいて」岳も笑みを浮かべながら妬みを絡ませた嫌味を言ってきた。
「すいません、こんな遅くなっちゃって」ベッドの方に戻りながら、工藤さんに謝った。
「いいのよ。それよりほら夕飯冷める前に食べて」
「ありがとうございます。それと岳、さやは彼女じゃないって」
「彼女じゃないなら友達か? 男女の友情は成立しないって図書館で読んだ事あるぞ」
ゆっくりベッドに腰をかけ、いただきますと手を合わせて箸を持った。
「まだ彼女じゃない」さやが彼女と冷やかされたことが、なんだか嬉しくて俺はかっこつけながら言うと、岳と工藤さんは盛り上がりを見せた。
「まだですってー!」「やっぱ好きなんだな〜」
小学生の恋愛相談じゃないんだから……。
「さやのどこが好きなの?」「お前はいつから好きなんだよ〜」俺の言葉なんて聞く耳を持たずに、あちらの盛り上がりが冷めることなく、質問攻めが始まってしまった。