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青春物語  作者: 髙林 将大
12/21

第十二話 最後は寂しくなって

さやと会える嬉しさと泰希がハブられていく、このいいわ表せない寂しい感情。はしゃぎたい気持ちと、もどかしい気持ちが表裏一体である。

窓の外を見ながら今日もさやのことを考えていた。今、さやは何しているんだろうな。四時間目だからお腹空かせてたり。真面目にノートをとってたりするのかな。頭よかったもんな〜。

俺もさやにわからないところがあったら教えれるよう、板書をするためノートを開いた。落書きしか描かれていないノートに嫌気が差して、すぐに閉じた。

さやにはまた今度教えよう。あと三十分もすれば昼放課だ。それまでなにしようか考えながら筆箱を枕にして目を瞑った。

「豊ー? 起きろー。昼放課だよ。購買いこ」

かずきの声で目が覚めた。寝たら三十分もあっという間だ。昼放課が終わればあとは楽な授業のみ。どこからかやる気が出てきた。

「おばちゃーん。いつもの」

「はいはい、カメロンパンね」百円玉と三枚の十円玉をおばちゃんに渡し、教室に戻ろうとしたら、珍しくかずきが外で食べようと言った。

「いやー。かずきが外で食べたいっていうのは珍しいね」

「今日は少しあったかいからね。てか久しぶりにここに来た気がするな」

晴れた青い空と暇そうにしてるグラウンドを眺めながら、カメロンパンを食べる。

「平和だな」

「そうだな」

ぼんやりと動く雲を眺めていた。かずきが一度深いため息をついた。きっと泰希の事だろう。

「なぁ豊、泰希の事どう思う?」案の定泰希の事で俺に聞いてきた。かずきもかずきで悩んでいるんだろう。

「まぁ俺が泰希を怒らせた張本人だから、別にどうとか言える立場じゃないと思うけど、ちょっと前みたいにみんなでいる方が好きだったかな。席が泰希の後ろなだけあって、なんか気まずいんだよ」

「そうかー。一回俺謝ってみようかな。でもまた調子乗りそうな気がして、泰希の事考えるだけで腹が立ってくるんだよな」

「俺は謝ってみたけどフル無視されたよ。あんなシカトするやつだったとはね。まぁ俺が悪いから仕方ない。けど今の状況なんとかしたいな」

俺らがこんなに友達の事で悩んでるのに、相変わらずカメロンパンはふざけた顔をしている。だから思いっきり顔をかじってやった。

五限の予鈴が鳴り、気まずい席に座る。聞き流すだけの英単語。落書きをしていたら五限は終わった。

今日の六限も自由時間となり、かずきと他数人のクラスメイトで固まって座り、スマホゲームをしていた。

校則的には校内でスマホは禁止なのだが、金曜の六限は副担任の方に変わり、担任のスリッパはいなくなるので、副担任は優しいからスマホについて何も言われない。

スマホゲームで盛り上がってる途中、不意に泰希の方に目が行き、泰希は一人寂しそうにスマホをいじってる。どうしても気にかけてしまう。

俺らはサッカーゲームをトーナメント方式で試合を行い、優勝した人には、負けた人たちからそれぞれ百円くらいのものを一つ買ってもらえる。優勝したらお菓子やジュースでもカメロンパンでも、奢ってもらえると思うと熱くなった。そしてお菓子リーグは幕を開けた。

この中で俺とかずきはチームのキャラが弱い。だけどゲームのうまさなら負けてたまるかと、接戦を繰り広げた。見事俺とかずきは勝ち進み、決勝で戦う事となった。仲間のような存在であり、ライバルである。実力は五分五分である。惜しいシーンは何度かあったがゴールにはならず前半は終了。勝負が起きたのは後半だった。かずきがドリブルを俺のディフェンスがボールを奪いカウンターが始まった時、教室の前のドアが勢いよく開いた。出てきたのはスリッパだった。みんなスマホをいじっているので、スマホを隠し、何もないよと言わんばかりの顔でスリッパを見た。

「杉本ー! ちょっと来てくれ」ただ俺らのクラスの室長が呼ばれただけであった。俺はこの瞬間を逃さなかった。かずきがスマホを隠し、かずきのキャラ達は動かないのである。ゴール前まで慎重にボールを運び、シュートを決めた。

先生と室長が廊下に行き、前のドアが閉まってかずきがスマホを見たときにはもう遅い。

「あっぶねー。スリッパにバレるところだったな……って、ん!? ゴール入ってるじゃん!」

「油断は禁物だよ、かずきくん」

お菓子リーグを敗退したクラスメイトも驚き、盛り上がる。そして1対0のまま試合は終了。

俺は興奮のあまり叫びながらスマホを掲げた。クラスメイト達も大盛り上がりで、見事このお菓子リーグを勝ち抜き、勝利の女神を微笑ませたのは俺のチームだった。

「おい、何事だ」スリッパがまた教室に入ってきた。凍りつく教室の真ん中で俺は掲げてたスマホを急いで隠した……が少し遅かったようだ。

「豊、お前携帯いじってたよな。この学校の校則は携帯電話の使用は禁止だぞ? しかも授業中。あとで指導室まで来い」

勢いよく閉められたドアの音が消えても静まり返る教室。真ん中で落ち込む俺。時計の針の音だけが進み、チャイムが響いた。


放課後こっぴどく二十分ほど怒られてしまった。そして最悪な事にスマホを没取されてしまった。スマホが無ければ友達と連絡が取れない。

そしてなによりも今日は金曜日なので、次にスマホを返されるのは月曜日である。土、日とスマホがない生活はかなりきつい。そしてなんか大事な予定を忘れてる気がする。

「最悪な金曜日だ……。ん? 金曜日……。あー! さや!」

最悪だ。今日はさやの家に上がらせてもらう日だった。この一週間連絡はあまり取り合えなかったけど、十六時にある公園に集合する予定だった。お菓子リーグに夢中すぎて忘れていた。

今何時だよ! 時計を探しながら廊下を走り、時計を見つけた時はもう遅かった。十六時であった。

終わった。こっからさやの家まで早くても十分はかかる。あー! もうどうしよう。スリッパのせいで。あ! そうだとりあえず連絡をしよう。えっと、スマホスマホ……。没収されてた。頭が真っ白になり、過去一レベルで絶望していた。

気を取り直し急いで靴を履き替え、さやの家に向かうため大慌てでチャリを走らせた。


さやとの集合場所に着いた時、さやはいなかった。

公園の時計を見てみると十分であった。我ながらチャリを漕ぐ速さは流石だと思ったが、さやがいない。

遅刻したから怒って帰ったのかな。スリッパのせいなんだ。途方に暮れながらスタンドを立て、公園のベンチに寝っ転がった。心臓はバクバクと音を立て、汗が額の上で流れてくのがわかる。腕で目を隠し、このまま寝ようかと思っていた。

すると額の上に冷たい何かが乗っけられた。ちょうど冷たいのが欲しかったんだよな。と眠りにつこうとしたけど飛び起きた。

「遅かったね。こんなとこで寝たら風邪ひくよ?」目の前には麦茶を二本持ったさやがいた。

「さ、さや! ごめん! 遅れて!」状況があまり掴めないまま焦りながらも素直に謝った。

「いいよいいよ。それより、はいこれ」さやは麦茶を一本俺に、差し出し俺に渡してくれた。

「これでも飲んで落ち着いて?」

「これ、俺のために?」

「うん。ちょうどお家のお茶が切れちゃってさ。二本買ったし、どうせ豊くんは汗だくで来るだろうから、麦茶にしといたけど、コーラの方がよかった?」

「う、ううん! 麦茶でいいよ。ちょうど麦茶が飲みたかったんだ。ありがとう」

さやからもらった麦茶を半分ほど飲み、高ぶる気持ちを落ち着かせた。

「ほんとにごめんね。連絡も無しに遅刻して」

「ううん。大丈夫だよ」

「今日の六限でスマホでサッカーゲームしてたら、先生に見つかって、怒られて没収されてて遅れちゃった」

「そうなんだ。相変わらず豊くんは面白いね」さやが笑いながら喋った。

「面白いと思ってくれるならよかった」落ち着きを取り戻した頃、これからさやの家に上がらせてもらうと考えると、少し緊張してきた。

「なんかちょっと緊張してきた」

「何に?」

「え! いや、まぁなんでもない」

「そっか。少し気になるけどね。それじゃあ私の家行く? 夕飯の支度しなきゃだし」

いやその事だよー! と心の中で叫んだ。そしてドキドキしてきた。

「う、うん!」

一昨日くらいまではお家デート=えっちをする事なのだと思っていた。だからさやに誘われた時はすごく驚いた。かずまにお家デートをする事を話してる時、お家デート=えっちなわけないと笑われた。恋愛経験がないから仕方ないだろ。経験人数もいなし。

でも今はお家デート=えっちじゃない事は学んだ。

ドキドキしながらさやが慣れた手つきで九階のボタンを押した。

「さやの家九階なんだ。俺の家も九階だよ」

「そうなんだ。私高い所苦手なんだ」苦笑いしながらさやが話した。

「え! 意外だね」

「意外かな?」

「うん。さやってなんか大人っぽいからさ」

「大人っぽいか……」少し落ち込んだように見えた。

エレベーターを出ると、共有廊下を突き当たりまで歩き、非常階段の隣の部屋であった。

「なんかこの非常階段怖いね」

「おばけとか苦手なタイプなんだ」

「い、いや! 別に怖いとかじゃないし」

「怖いんだ。いきなりばぁ! って出てくるかもよ」

「うわぁ! びっくりさせないでよ。い、今のは別にびっくりしたわけじゃないし」

「びっくりしたって言ってるよ。豊くんビビリなんだ」

大人の雰囲気を醸し出しながら、笑いながらくん付けで呼ばれると年上のお姉さんと喋ってるように感じる。

そしてなによりビビらせてくるのか。こやつは俺の敵かもしれんな。仕返ししてやろう。

「さぁ入って」軋む音が響きながら開いたドアの向こうから女性っぽい匂いが広がってきた。

「お、お邪魔します」さやの親が出てきたらどうしようとか思いながら、玄関で靴を脱いだ。

「入ってすぐ左にあるのが私の部屋だから、先入ってていいよ」

「う、うん」一人で女の子の部屋に入るのはお姉ちゃんの部屋以外で初めてだった。

ぱっとみで六畳ほどの広さで、窓の隣にはベッドが置いてあり、他には本棚と勉強机が置いてある。家具はどれも自然な色合いで組み合わされていた。

部屋の中央に折り畳みテーブルが置いてあったので、その横に座った。

自分の部屋とは違い女の子の匂いがする。ドキドキが止まらない。カーペットは汚れが無く綺麗で、髪の毛や埃などありそうな場所はなかった。本棚の方を見てみると小説がたくさん並んでた。

「さやって意外と読書とかするんだ」

「好きだよ」

「うわ、びっくりした」

「人の顔を見てびっくりするなんて失礼な。私はおばけじゃないですー」さやはおどけて笑ってみせた。

麦茶と氷の入ったコップ二つと、おばあちゃん家でよくみる菓子鉢を持ってきた。菓子鉢の中にはお煎餅やらビスケットやらお客様用の様なお菓子がたくさん入ってた。

大人のオーラの出るさやは二年前のさやとは全く別人に見えた。

「少しだけ声に驚いただけだよ」

「ふーん。はいこれお茶。あ、豊くんにはさっき渡したか」さやは一度置いたお茶をトレイに戻そうとした。

「いや、わざわざ戻さなくてもいいよ。実はさっき飲み干したんだ。ありがとう」

「飲むの早いね。じゃあお茶とこれお菓子。好きなだけ食べてね」

「ありがとう」

こんな上品なおもてなしはされた事がない。育ちの違いなのかなとか思いながら雑談が始まった。

「豊くんは本読むの好きだよね? 転校してきた時よく読んでたよね」

「うん。読書は好きだけど、転校時はキャラ作りのために、みんなが見てる中本読んでたんだ」

「へぇ〜。そうだったんだ。転校時はほんとすごかったよね。B組の転校生がイケメンだって、みんな一眼見ようと廊下に集まってきてね」

「あったな〜。もうあの時はドッキリでもされてるのかと思いながらも、廊下から、イケメンイケメンって聞こえてきてニヤけちゃってさ、本で顔を隠すのに必死だったな〜」

「豊くんニヤけてたんだ。クールぶってただけだったのね」

「うん。一週間でクールキャラも壊れちゃったけどね」

「あー! 懐かしいね。みんなの前で下ネタ言った時はほんとびっくりしたんだよ」

「そうなんだよな〜。口滑って下ネタ言っちゃったもんな。恥ずかしかったな〜。でもあれがあったおかげで、すぐにクラスの男子とは打ち解けれたよ」

「打ち解けてからはほんと面白かった。みんなの前で一発芸して滑ってて、あれほんと面白くて心の中でずっと笑ってたよ」

「恥ずかしい所ばっか覚えてるな〜。もう二年前にもなるのか〜」

「あっという間だね。二年前さ、冬休み前の終業式が終わった後、一緒に帰ったの覚えてる?」

「覚えてるよ。あの頃のさやは無邪気な笑顔をしてた」

「今は無邪気な笑顔じゃない?」さやが少し笑いながら満面の笑顔を見せてくれた。二年前のさやの笑顔と重ねて見たけど、今のさやの笑顔からは大人っぽさが出て、無邪気さは感じ取れなかった。

「人を驚かすような邪悪な笑顔をしてるな〜」

「どっかの誰かさんがビビりだから、悪い顔になっちゃったな〜」

「ほんと二年前とは大違いだよ」

「どの辺が変わった?」

「前髪とかかな」

「前髪!? って二年も経てばそりゃ切ったりするよ」

「冗談だよ。性格は変わったな〜。二年前は純粋でほんとに無邪気に笑ってた。今はもう大人のオーラが出まくってるよ」

「性格か〜。あの頃の私は何も知らなかったからね。学校に行けなくなってから、生きていく勉強をしてたんだ」

「生きていく勉強?」戸惑いながらも重いような話がくる予感がした。

「そう。私の両親が離婚してあの家を出なきゃ行けなくなって、お母さんは生活するために働き出して、私は家事をするようになって、掃除の仕方、ゴミ出し、食器洗い、洗濯物、買い出し、料理、ご近所付き合い、高校生になってからはバイト。学校では教わらない生きていく上で大切な事を覚えていったんだ。初めの頃なんか洗濯機の回し方も知らなかったんだよ? 二年前、豊くんの成績を聞いて笑ってたけど、あんなのよりもっと大切な事がある事を知ったよ」

さやは話してる途中で空気が重くなった事を察して、終盤は少しおどけてみせ、空気を和ませようとした。

「そうだったんだね。さやも大変だな。料理って朝も昼も夜も作ってるの?」リアルな生活を告げられたけど引いたりなんかはしない。生きてく術を知らず遊んでるJKなんかより自立している。

それでもさやから言われた事に少し驚いた。さやがそんな大変な生活を送っているのかと。だからあの頃のような無邪気さは無く、大人びた雰囲気があったのか。

「うん。お母さんと弟の朝と夜ご飯と、お母さんの弁当も作ってるよ。毎月五万円渡されて、週末学校帰りに出来るだけ買いだめしておいて、なんとかやりくりしてる」

「すごいなー。なんか専業主婦みたいだね」

「ほんとだよ〜。夫がいればもう少し楽になったりして?」なんちゃってと照れ笑いするさやの前で愛想笑いしかできなかった。俺も母子家庭だからわかるけど、気まずい話をする時は出来るだけ相手に笑ってほしいと思ってた。だけど実際話を聞く側だと案外反応しづらいものだ。

「なんか話が重くなっちゃってごめんね。豊くんの話も聞かせてよ!」愛想笑いが気づかれたのか、さやが俺に気を使い、話を回してきた。

「いやいや。全然大丈夫だよ。俺も似たような環境だし。それでもさやの方が大変だよ」

「そうなの! 聞いて良いのかわからないけど豊くんはどんな環境なの? 私もこんな環境だし、よかったら聞かせてよ」

「全然いいよ、少し話が長くなるよ?」

「うん、聞かせて」

「俺は小さい頃から両親の仲が悪くて、よく夜中に喧嘩しててさ、喧嘩するたび目を覚ましてこっそり見てたりしてたけど、五年生の頃お母さんが近くのアパートを借りて別居するようになっちゃってさ。親父の給料じゃ、家賃と食費で精一杯でさ。洗濯機が壊れても新しく買うお金なんか無くて、そこでさやのいう生きる術を自ら学んだな。弟はお母さんの家に洗濯しに行ってたけど、自立したいと思ってた俺は、手洗いで部活の服や私服を洗ってて、六年生の頃だったかな? 俺が手洗いで洗ってるのを知ったお母さんは呆れて洗濯機を買ってきて、使い方を教わりそこから洗濯機回せるようになったぐらいかな」

「小学生の頃から自分の服を洗えたんだね。私なんかより全然すごいね。転校してきた理由とかも聞いたりしていいかな」

「まぁ洗剤入れてボタン押すだけだからね。転校した理由は離婚が決まって、俺はお母さんに引き取られて、職場の近くが大曽根だったからこっちに引っ越してきたって感じかな」

「そうなんだね。豊くんの家庭環境があまり良くないって話をクラスの子に聞いて、ちょっと気になってたんだ」

「クラスの子?」

「二年生の頃同じクラスで、豊くんと仲良かったひろ。覚えてるかな?」

「覚えてる覚えてる。久しぶりに聞いたけど、最近遊んでないなー」

「うんうん。なんか豊くんの深い話聞けて嬉しいな」

「こんな複雑な環境の話聞いてて面白いか?」

「うん。豊くんの事知れるから、もっとたくさん聞きたいよ。まぁでも私が二年前にそんな話聞いてたら驚いてたと思うけどね」

「そかそか。また話す機会があったら話すよ」

お菓子を食べながら俺の話を聞いたさやは、どこか嬉しそうだった。二人きりで会うのは二年前の一回を入れて、まだ三回目なのに重い話をしてしまった。

「あともう一つ聞きたいことがあるんだけど」

「ん? なんでも聞いていいよ。もうこんだけ話せば隠すもんなんてないよ」

「二年前のあの時。私の事どう思ってた?」

なんでも聞いていいとは言ったものの、そんな質問してくるなんて聞いてない。たとえ二年前の話だとしても、好きだったなんて恥ずかしくて言えない。

「えっとー、それはNGです」

「え〜! なんでよ。なんでも聞いていいって言ったじゃん」

誤魔化すように笑いながら俺は逆に質問してみた。

「逆に、さやは俺のことどう思ってた?」

さやはまさか自分にその質問が来るとは思ってもなかったのだろう。照れ笑いしながら、え〜恥ずかしいよと言いながらも答えた

「ま、まぁ、あ、あの頃は好きだった……のかもしれないな〜」

「なんだその答え方は! ずるいな〜」

「いいじゃん〜! 豊くんだって答えてくれなかったくせに!」

「ま、まぁ! この話はまた今度にお預けね」

「わかった。また今度答え教えてね」

まるで付き合いたてのカップルのような会話だった。付き合う前のあの頃の話をして、あの時どう思ってたのか答え合わせをする。まぁでも俺らの場合は二年も前の話の答え合わせになってしまったけど。

雑談しながら二人で笑い合っていた。俺の友達の話やら、普段の生活だったり、さやの話だったり色々話してた。すると恥ずかしい事に俺のお腹が鳴った。

「お腹空いてるんだ〜。あ、もうこんな時間か。そろそろ夕飯の支度しなきゃ」

「えへへ。あ、なら帰った方がいいよね」

「夕飯家で食べてく?」さやが笑いながら言ったその言葉は俺の心に刺さった。

「あ、え? いいの?」

「うん。いいよ? 豊くんがさっき軽く言ってたけど、お母さん夜ご飯作ってくれないから友達と食べてるって。このあともし!友達と食べる予定あるなら無理に食べてかなくても大丈夫だけど……」

「ううん! 今日は友達と食べる予定はないんだ。よかったら食べさせてよ!」

「うん。全然いいよ。リビング行こ」

今日は急な展開が多い日だ。学校ではかずきが珍しく外で食べようなんて言うし、お菓子リーグで優勝したと思えばスマホは没収されるし。さやと会う約束の時間に遅刻してきた時、さやは呆れて帰ったのかと思えば、飲み物を買って待っててくれてたし。二年前、冬休みが明けてさやが学校に来なくなった理由もわかったし。そしてさやの手作り料理が食べれる。スマホ以外良い結末になってる。良い日だ。


さやの部屋と似ていて、リビングも自然な色合いだった。さやが台所で夕飯の支度をしていた。 お米を研いだり、野菜を切ったり、台所から聞こえる音は母が料理してた頃と似ていて、どこか安心する。

「なんか手伝う事ある?」

「ううん。座ってて」慣れた手つきでキャベツを切る姿は、何も知らなかったさやが学んでいったものだとすればかなり上達しているのだろう。

料理ができるまでさやの弟のあやとと話していた。

「あやとくんは今何年生?」

「六年生!」無邪気に笑って答える姿はさやのあの頃に少し似ていた。

「そうなんだ〜。部活とか入ってるの?」

「サッカー部だよ!」

「おっ! 俺も元サッカー部だったから、お兄ちゃんが今度教えてやるよ」

喜ぶあやとくん姿はほっこりする。するとさやが一人台所で料理してるのが寂しかったのか、

「豊くんサッカー部だったんだ。私もリスティングできるよ」

「リスティングってなんだよ。リフティングだよなー? あやと」

「そうだよ! お姉ちゃんはね、サッカー下手くそなんだよ。この前やった時なんかね、ボールを蹴ろうとしたら滑ってスカートがぺろーんってめくれてたんだよ」

「ちょっと? あやとくん? 何言ってるのかしら」

「あーやって誤魔化してるけど、普段はすぐ怒るんだよ」

「へぇ〜。あのさやが怒るなんて考えられないな」

「お姉ちゃんが中学生の頃なんて、好きな人の話をずーっとしてたんだよ。豊くんはね〜イケメンでね〜背が高くて〜モテモテで〜面白くて〜」

「へぇ〜。さやは弟の前では正直なんだな」

「ちょっと豊くんまで、あやとの言うことなんて全部嘘だと思ってね」

笑いながら話してるこの光景はまるで一つの家族のようだった。談笑をしていると、料理ができて運ばれてきた。

「今日はシェフさやの気まぐれ生姜焼きと、特製サラダでございます。野菜嫌いな豊くんでも食べやすいようにドレッシングの味が濃いからちゃんと食べてね」

「はい! ありがとうございます」

テーブルの上には四人分のご飯と味噌汁と生姜焼きと真ん中に少し大きめの皿でサラダが盛られている。

湯気が立ち上る料理に食欲がそそられた。久々に見る手料理は暖かい色で昔を思い出す。そしてある事に気づいた。

今リビングにいるのは、俺とさやとあやと。そしてテーブルにある皿の数を数えた。四つ? 誰だろうと考えていると、さやが「そろそろ帰ってくるかな」と呟いた。

「ちょ、ちょっと待って! まさか! この分ってお母さんの?」

「え、あ、そうだけど……あ! 豊くんに言ってなかったね、そろそろ帰ってくるよ」

「聞いてないっすよー! どうしよう、なんて挨拶すれば……」動揺して焦ってる様子を見てさやは笑っている。

「大丈夫大丈夫、お母さんには豊くんが夜ご飯食べてくってもう伝えたから」

「ならよかったー。って! 許可取ってもらったのはいいけど、なんで挨拶を……」そう言ってる間にドアの開く音がした。廊下のドアを開けて出てきたのは、鞘のお母さんだった。さやとは真逆のロングヘアーで大人の雰囲気しかない。

「おかえりー!」あやとが元気よく出迎えた。それに続き俺も挨拶をした。

「こ、こんばんわ! お邪魔させてもらってます」

「この子が豊くん? いらっしゃい。ゆっくりしていってね」優しく迎えてくれたさやのお母さん。心臓が早く動いてるのがわかる。緊張する……。さやのお母さんはリビングの隣の部屋で着替えて出てきた。

「あら、まだ食べてなかったのね、待たせちゃってごめんね。一緒に食べましょ」

ほんと今日は急な展開が多すぎるって……。


まるで彼氏が彼女の家に挨拶しにきてるような光景だった。俺の横にはさやが座り、俺の目の前にはさやのお母さん、さやのお母さんの隣にはあやとが座っていた。

いただきますと声を揃えて食事を始める。俺は箸の持ち方が汚くて、ものすごく緊張した。ご飯を食べる順番なんてわからないし、礼儀だってちゃんとできてるかわからない。

それでも味噌汁を少し飲み、箸を濡らせたらご飯やおかずなどを食べまでいくというのは昔テレビで見たので実際にやってみた。できるだけ箸の持ち方が綺麗に見えるようにやってみせた。

まさかあの時つまらないと思って見てたテレビ番組が役に立つ時が来るとは。そしてさやの料理を食べ始めて行った。

味噌汁はあったかく、シンプルな具材で、心が落ち着く味で、一人きりで食べたら涙が出るレベルで美味しい。生姜焼きはお肉が柔らかくて、タレが染み込んでおり、ピリッとした生姜の風味がアクセントとなり、ご飯が進む。

「どう? 美味しい?」

「うん! 美味しいよ。ものすごく美味しい」

「よかった〜。まずいって言ったらどうしようかと思ったよ」

俺とさやとあやとと他愛のない話をしていると、からのお母さんから視線を感じた。お母さんの方を見ると目が合って、お母さんが喋った。

「豊くんってモテたりする?」

「えっ、あ、いやあんまりモテないです」

「嘘つけ〜。そんな綺麗な顔立ちだったらモテるでしょ?」

「いやいや、全然そんな事ないです」俺は愛想笑いをしながら話してるけど、案外さやのお母さんとは喋りやすく感じた。

「学校とかは行ってるの?」

「はい、全日制の高校の方に通ってます」

「へぇ〜。共学なの?」

「はい。女の子も男の子も半々くらいです」

「だったらモテるじゃ〜ん。さやかから色々聞いてるよ? 学校でモテモテで、みんなが狙ってるって」

「ちょっとお母さん! 言わないでよ」

さやのお母さんは予想通り喋りやすく、打ち解けるのも時間は掛からなかった。

「へぇ〜。豊くんのお家も母子なんだ」

「そうなんですよ〜。どの家庭も色々ありますよね」

「お互い辛いことも頑張っていこうね。なんかあったらすぐうち来ていいからね」

「ありがとうございます。お母さん頼りにします」

さやもあやともさやのお母さんもみんな優しくて、俺をまるで家族のように喋ってくれた。

ご飯を片付ける時も、食べた後にみんなでテレビ見て、あやとがアイスが食べたいと言ったので、俺とさやでおつかいを頼まれた。俺は遅くいるのもなんだし、コンビニまで行って帰る事にした。

「お邪魔しました! 夜ご飯もお邪魔させていただいて、ありがとうございます。また会った時はよろしくお願いします」

「そんなかしこまらなくても〜。また来てね」

「はい! またお邪魔させていただきます」

「お兄ちゃんまたね〜」

「おう。じゃあなあやと」

そのままさやと家を出て、エレベーターまで歩いて行った。外に出た時、部屋の中とは違い外は冷えていた。

「さやのお母さん優しくて、喋りやすかったからよかったよ。もしめちゃくちゃ怖いお母さん出てきたらどうしようかと思ったよ」

「うちのお母さんの事どんな風に思ってたの」さやが笑いながら一階のボタンを押した。

さっきまで家族のように見えたあの感じとは違い、さやと二人きりになると急にドキドキしはじめた。それも時間が経てば、慣れて行って、さっきの感じに戻った。

暗い道を二人で歩きながら雑談して、その様子はまるで同棲するカップルのように見えただろう。

「あやとはどんなアイスが好きなの?」

「んーとね、チョコが好きだから、多分これ」チョコモナカジャンボを一つカゴの中に入れた。

「お母さんの分は?」

「多分これかな。あずきバー」さやは慣れた手つきでアイスを取っていく。

「チョイスがお母さんらしいね。さやは?」

「私はー! んー、これにしよ」自分のやつとなると少し悩みながら、雪見だいふくをとった。

「豊くんは何もいらない?」

「俺は大丈夫だよ」

「でもお母さんがお金くれたから、お母さんの奢りだよ?」

「そうだったね。じゃあいただこうかな」俺はジャイアントコーンをさやの持つカゴに入れた。

そのまま会計に持って行った時、夢から覚める前のように、もう少しでさやとお別れか……とお別れの時間が近づいてる事に気づいた。さやの後ろ姿を目に焼き付けた。艶のある髪が綺麗で、俺好みのボブで、今回は前回と違い、黒の服に、暗めの色の長いスカート。

大人っぽさのある服が似合うなー。もしメイドの服とか着たら……と下心丸出しの考えをしてたら、会計が終わり外に出た。

「やっぱ夜は少し冷えてもう一枚着たくなるね」

「そうだね。早く雪降らないかなー」

「まだまだ降らないでしょ」笑いながらツッコんでくれて、俺のアイスを袋から出して、俺に渡してくれた。

「ここで食べてかない?」さやが女の子らしい顔をして行った。

「うん。いいよ。食べてこ」

コンビニの灯りに照らされながらアイスを食べた。さやは雪見だいふくをゆっくり食べ進めている。なんかさっきの時間だったりこの時間がずっと続けばいいなんて思った。あの幸せな家族のような感じがたまらなく好きだ。そしてさやが隣にいる。これ以上に幸せなんてないだろう。そう思いながらさやと他愛もない話をしていた。

アイスを食べ終える頃、少し体が冷えたけど、さやを見ると寒気なんて吹っ飛んで、少しロマンチックな雰囲気になった。

「ねえねえ」

「ん?」

「次はいつ会える?」

「うーん。そうだな、って俺スマホないから予定確認できないや」

そうだったね……とさやが少し笑いながら言った後、沈黙ができた。俺は必死に来週の予定を思い出していた。月曜日は確かかずきがカラオケに行こって……

「豊くん……来週の土日空いてない?」さやが少し真面目な顔をしながら勇気を振り絞った感じで言った。

「多分空いてるよ」

「じゃあさ、豊くんと水族館行きたい」

「うん。いいよ。俺もさやと行きたい」心の中ではさやから誘われた事が嬉しくて叫びたい気持ちだったけど、自然な感じで誘いに乗った。さやはやった! と少しはしゃぎながら歩き始めた。さやは無邪気に水族館について喋っていた。

さやは前々から水族館に行ってイルカが見たかったらしく、大人っぽいさやだけどまだ純粋さは残ってる感じが可愛かった。そしてそのまま水族館の話をしながら、さやの住む団地の下に着いて、お別れの時間となった。

「今日はありがとうね。ご飯までいただいて」

「ううん。家もご飯も私が誘ったから、全然気にしないで」

「うん。じゃあまたね」

「……またね」何か言いたそうにしてたけど、そのまま別れ歩いていると、後ろで袋が落ちる音がした。振り向くとさやが俺の元へ走ってきた。

走ってきたさやはそのまま俺に抱きついた。俺はいきなりハグされたわけだったけど、雰囲気的に動けなかった。鼓動が早くなっていく。俺の体に耳を当てるさやに聞こえるくらい心臓の音が鳴っている。

さやは俺に抱きついたまま何も言わない。俺は動けないままだっけど、さやは少しすると顔を見せた。

「なんか……寂しくなって」

「そっか……またすぐ会えるよ」

「来週の土日まで頑張る」

さやは俺の体から手を解き、今度こそまたねと言った。俺も今度こそな? と笑って別れた。さやは俺が角を曲がるまで見守ってくれた。時折振り返って、手を振ると、さやも振り返してくれた。


余韻に浸りながら暗くなった道を歩く。街灯が全てロマンチックに灯っていて、少し笑みを浮かべて歩いて帰った。

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