第一話 誕生日パーティー
「乾杯! 誕生日おめでとう。いやーしかしあっという間だよな。俺たちもう今年十六だぜ? いやーしかしこの前の……」
「ほんと豊はMOROHA好きだよな」
「乾杯って言ったらこれ思い浮かぶでしょ。茶番は置いといて、もう一度、乾杯」
ジュースの入ったジョッキが甲高い音で店内に響いた。
昨日まで生きてきた十五年の苦楽をコーラで流し込み、
冷えたコーラの炭酸が喉を刺激しているのを感じた。
それと同時にみんな笑顔で深いため息をつく。
夏の猛暑はすっかり消え、夜になると肌寒い季節。
今日は俺の誕生日パーティーだ。小学生の頃から仲の良い友達と高校の同じクラスの友達が集まってくれた。
最近よくこのメンツで遊んでいる。
「もう今日で十六歳か。もう十五の夜は来ないのか。
尾崎豊の曲で十五と十七はあるのに十六はないもんな。十五の夜と十七歳の地図を合わせて十六の夜と地図って歌でも作ろうかな」
「なんだそれ。まぁでも豊で名前被ってるもんな」
高校に入学してから出会ったかずきが言った。
入学当初は顔が怖かったし、あまり関わらないでおこうと決めていたけれど、話してみると案外優しくて一緒に笑い合うことが多くなった。
今ではすっかり仲の良い友達の一人だ。
「でも将来は音楽やってたいな。なんか残したい」
「いいじゃんそれ。豊らしい」
小学生の頃から縁のある春日。趣味や思想がとても似ていて、仲のいい友達の中でも一番気が合う友達だ。
「俺らの将来はどうなってるんだろうな。豊はなんか
大物とかにもなってそうだし、逆に普通の家庭を持ったサラリーマンも考えれるな」
「それどっちでもいいな。スーツ着て電車で通勤も
ちょっと憧れるな」
「まぁ俺はサラリーマンにはなりたかないな」
「春日は相変わらず捻くれた考えしてんな。この中だと一番スーツが似合う人だと思うよ」
「毎朝毎朝、満員電車乗って会社に向かって、一日中
パソコンと向き合ってたり、営業で外を歩き回ったり、それで上司にペコペコする人生なんて俺はゴメンだな」
「そんな日々でも幸せなことのために、毎日頑張ってる感じが大人って感じするけどな」
春日は頭が良いが少し捻くれた考えを持っている。
そんな話をしてたらカタコトな日本語と共に湯気の立ち上る熱々の中華料理が運ばれてきた。
この四川料理の長楽は小さい頃からの行きつけで、
みんなとご飯食べる時は決まって長楽だった。
いつも俺らが頼むのはラーメンと唐揚げと炒飯の、
ラーメン定食なのだが、今日は普段とは違う
少し特別な日である。
なのでみんなで話しながらつまめるようなおかずを、
長年ここに通う俺が選んで頼んだ。
春日の好きなエビマヨ。熱々のギョーザ。白髪ネギと
もやしが合う焼き豚。塩コショウがいいアクセントの
揚げ手羽先。大葉の入ったバリ春巻き。家で食べるより数倍辛い麻婆豆腐。
好きなものだけがテーブルに並ぶ優越感と友達がいる
喜びが誕生日だからか、やけに嬉しく感じた。
「どれも美味しそうだな〜!」
「当たり前だろ?常連の俺が選んだんだ」
「流石豊だよ」
「まぁかずきにはまだわからんだろうな」
「うるせーよ。俺も常連になりてー」
「俺も小学校の頃から通ってるはずなんだけどな?」
「春日はいつもエビチリ定食食べてるだけじゃん」
「逆にそれ以外のは怖くて頼めないもん」
「どれも美味しいから食べてみなよ」
かずきがみんなの箸を配ってくれて、各々中華料理を
食べ始める。口の中に広がる四川料理の味は、辛くて
食べてくうちに額に汗が滲んでくる。
「春日は最近高校どうなの?」
「いやまぁぼちぼちかな。部活はまぁ楽しいけど、
勉強がだるいわ」
「俺らの中で唯一春日だけが頭がいいもんな」
「和真はずる賢いからね」
「豊ほどじゃねーけどな」
和真もまた小学生の頃から仲の良い友達である。一度殴り合いの喧嘩をしたこともあったけど今じゃいい思い出だ。
最近可愛い子と連絡が取れてるとか、テストの点数が
やばいとか、バイトがだるいとか、こんな他愛のない話が俺は好きだった。
店内の窓ガラスは、外の気温と店内の気温が違うからか曇り始めていた。
「まじで彼女欲しいなぁ。なんで俺こんなにかっこいいのに彼女できんのやろ。みんな見る目なさすぎ」
ナルシストキャラをネタにするだいきはこの間まで流行りのマッシュだったが、野球部のれおんが坊主で少し長くなったのでまた坊主にしていた時、ノリでだいきもで坊主にしていた。
坊主にした以来髪が全然伸びず、クラスでイケメン枠からネタ枠になったらしい。
「そーゆーとこだよだいき」
「あ、こーゆーとこか」
「そういえばかずきバイト始めたんだっけ」
「そうそう! 少し高めな焼肉屋さん。居酒屋みたいな感じの場所。あそこ賄いがめっちゃ多くてさ、しかもめっちゃうまいんだよな。部活終わりにバイトがあっても賄いで疲れが飛ぶんだよな」
「ラグビーやってるのにすごいな。今度みんなでそこ食べに行こうよ」
「いいね!」
みんな給料入ったらそこに行こうと、約束した。
食べ終わった料理の皿がテーブルの端に集まってきた頃、店員さんが若鶏のカラアゲとラーメンを持ってきてくれた。長楽のカラアゲはものすごくでかい。
値段が安い割にでかい。一羽丸々入ってんじゃないかというくらいでかいのだ。
みんなのラーメンが並べられてく。醤油ラーメンに豚骨ラーメン、台湾ラーメン、チャーシューメン、ネギ味噌ラーメン。どれも美味しい。気分によってみんな食べるラーメンを変えてる。
「いやー、やっぱり長楽のカラアゲでかいな」
「二つも頼んじゃったけどみんな食べれる?」
「もう結構腹きてるけどな。追い込むか!」
いつ見ても驚く大きさ。長楽に来た時は、腹ペコだったから余裕で食べれると思ってたけど食べれるかな。
春日とたいきはラーメンですら苦しそうだった。
熱々のラーメンを啜りながら、近況報告の続きをする。
――今思えばこれが最後の誕生日パーティーだった。
この時間がずっと続けばよかった。