閑話 ゲームの中の看板娘は最強キャラ談議に名を連ねる
リオナディア王国、フラメリア公爵領。
他国と国境を接してきたフラメリア公爵領は、古くから王国南部の守護を担ってきた。
過去には南に位置する他国への侵攻の拠点となったこともある。
いまでこそ隣国との関係は良好だが、かつての戦争の名残はいたるところに存在する。
「これが、宵闇城か……」
「その呼び方は通称ですよ、クリストフ殿下。あれは城ではなく単なる砦です」
「かつての国境守護の要。人里から離れているうえ、砦からの見通しはよく隠れての進軍は不可能。無視して我が国に侵攻すれば横合いを突かれる。いい立地だ」
「近くに人里はなく、出入りすればすぐわかります。だからこそ義姉をここで隠棲させることになったのですが……」
「すごい瘴気です。道中もすごかったですが、宵闇城のまわりはいっそう……」
聖女を含めた五人のパーティメンバーが眺める「宵闇城」もまた、かつての戦争の名残りだった。
——制作したゲーム会社いわく「乙女ゲーム」の『ファイブ・エレメンタル』。
ヒロインのアンリエット=聖女として高等学園でのイベントをこなし、攻略キャラとパーティを組んで好感度とレベル&スキルを高めて、卒業パーティで悪役を断罪する。
ヒロインを操作するプレイヤーが誰を攻略対象に選ぼうが、あるいはハーレムルートを行こうが、この流れに分岐はない。
こうして、攻略キャラプラス聖女の5人全員で瘴気渦巻く宵闇城に向かうのも、どの攻略キャラと結ばれようと同じ流れだ。
神と神はいたのに、神がいない自称乙女ゲームだったので。
もちろん、シナリオ上のラストダンジョン、瘴気渦巻く宵闇城にいるのは、ラスボスであるエリアーヌ・フラメリアである。
モンスターは瘴気から生まれて、瘴気によって強化される(という設定だ)。
ゆえに、流れ出る瘴気の影響で、宵闇城城門前にたどり着くまでの道中、強力なモンスターが何度も聖女たちを襲ってきた。
初見で何も対策してなければ全滅も当たり前という、なかなかの難易度で。乙女ゲーとは。
なお全滅した場合、その時パーティを組んでいた攻略キャラからランダムで、倒れ伏すキャラのスチールが手に入る。乙女ゲーとは。そういうことじゃない。
ともあれ、プレイヤーは四苦八苦しながら、ゲームの中では聖女が率いるパーティも悪戦苦闘しながら宵闇城城門前にたどり着いて、禍々しい城の外観とキャラたちの会話ムービーが終わると。
その場に、ゲーム中でお世話になりまくった冒険者パーティ「未知への探求」が登場する。
Sランク冒険者パーティ「未知への探求」はリオナディア王国の冒険者の間では「変わり者」として知られている。
ランクに見合った高額報酬の依頼を断ることも多く、強敵との戦いにも興味がない。
冒険者ギルドにふらりと現れてはまたどこかにふらりと旅立つ。
名前通り、「未知への探求」のために。
パーティ「未知への探求」が変わり者と称されている理由はもうひとつある。
彼らは冒険者でありながら、職業「商人」をパーティに入れているのだ。
そのため、旅先で、依頼の途中で、ダンジョンの前で、それどころかダンジョンの中で彼らと出会えば、各種ポーションやお役立ち道具、武器防具さえ売り買いできる。
じゃっかん割高だが、場所を考えれば暴利と呼べるほどでもない。
彼らはあくまで、「未知への探求」が目的で、「商売して困った人を助ける」のは趣味なのだという。
まあ、ありていに言えば、このあたりは「もっともらしい設定」であり、「未知への探求」は、攻略に行き詰まったゲーマーのためのサポートキャラだ。
宵闇城城門前で出会った聖女もまた、「未知への探求」の商人から各種ポーションを購入して、ほかのメンバーから宵闇城の情報を集める。
彼らはありえない瘴気の濃度と流れに惹かれて宵闇城にやってきたらしい。
が、城内のモンスターは強そうなのでこの先には進まない、聖女たちと会うのはこれが最後だ、などという会話を交わす。
つまり、「この先ではポーション類を購入できる場所はありません」というアナウンスだ。親切。
だが、騙されてはいけない。
「殿下、もうすぐ神聖魔法が発動します」
「そうか。では、みな位置につけ」
クリストフ王子の指示に、神聖魔法の詠唱を続けていた聖女アンリエット以外のパーティメンバーが各々の口調で返事する。
そして、ムービーに移行する。
聖女を中心にして、四人のパーティメンバーが魔法陣の四隅に散った。
「火は風を起こし、風は水を運び、水は土を潤し、土は命を育む。神が祝福された世界の理よ、いまここに。『ファイブ・エレメンタル』!」
聖女アンリエットが詠唱を終えると、光が弾けて波となり、宵闇城を覆う。
光が流れた時、瘴気はすっかり薄まっていた。
神聖魔法によるラスダン、およびラスボスの弱体化である。
ちなみに、これまでイベントや会話で高めてきたマスクデータ「名声値」により弱体化の程度は異なる。
「さすがだ、アンリエット。さあ行くぞ。俺たちの手で決着をつける!」
王子が意気込んで、また各々がキャラに合ったセリフを言って、美麗なムービーは終わる。
ムービー終わったか、よし、ラスダン行くぞ!とプレイヤーが気合いを入れて操作したところで。
「待ってくださーーーーーい!」
宵闇城城門前に駆け込んでくるキャラクターが一人、登場する。
「よかった、間に合いましたー!」
「君は……?」
「殿下、覚えてないんですか? ほら、王都のフォルジュ鍛治工房の」
「ああ、いつも店番をしていた子か。君はどうしてこんなところに……?」
「みなさんのために、お父さんが秘蔵の素材を使って武器を打ったんです!」
そう言って、女の子は背負子をガシャッと下ろす。
と、ゲームでは商人に話しかけた時のように画面が変わる。
商品をセレクトして性能や効果を確かめ、購入を決めるモードである。
サポートキャラ「未知への探求」に会うのはこれが最後だからと、ラスダン前に各種ポーションを買いまくったプレイヤーはここで絶望することだろう。
あるいは、「騙されたー!」と、制作側の底意地の悪さに頭を抱えるかもしれない。
購入画面にはこれまでとはケタが違う金額が並んでいた。
しかも、パーティ5人分、すべての武器が揃っていて。
がんばって貯めても、買えるのはひとつかふたつだろう、というレベルだ。
なお宵闇城では、王子と聖女の(攻略後のエクストラダンジョンを除く)最強武器が手に入る。
かつて公爵家に存在した過去の聖女の遺物と、エリアーヌが婚約者だった頃に王子のために用意した武器が。
二人分を検討から外しても、残る三人分をすべて買うにはとうてい資金が足りない。
「ここで購入できる」と知らなかったプレイヤーから「いつもの鍛治工房が造ったんだったら王都で売ってくれてもいいんじゃないですかねえ!」などと怨嗟の声が巻き起こった「出張武器屋事件」である。
そして。
「ありがとうございました! じゃあ私、帰ります! みなさんがんばってくださいねー!」
そう言い残して、王都のフォルジュ鍛治工房(ゲーム唯一の武器防具アクセサリー屋)の看板娘はささーっと走り去っていく。
聖女パーティ5人がかりでも対策なしでは全滅するレベルのラスダン前の危険地帯を、店番をしている時と変わらない服で、武器も持たず、背負子ひとつで、たった一人で。
エクストラダンジョンを除く三人の最強武器を購入できる機会は、この一度きりだった。
ゲーム制作側の「ラスダン前に強い武器の購入機会を作りたい」「ラスダンの中でお金稼いで戻って購入する、なんて甘えたことをできないようにする」という思惑が、武器屋の看板娘のこの行動を生んだ。
結果、ゲーム中では名前も出ない鍛治屋の看板娘——マノン・フォルジュ——は、「最強議論スレ」で必ず名前が上がることになる。
制作側の都合による、非公式チートキャラの誕生であった。