第四話
私とオレリアが二人とも【算術】【ユーレリア大陸西方語】のスキルを揃えた三日後から、裏庭での訓練には新たな日課が加わった。
「地面に座って、ゆったり足を組んで、深くゆっくり呼吸するんだって」
「座禅みたいなものかな?……とにかくやってみよ!」
裏庭の木の横、芝生——というか短く刈られた雑草のうえに腰を下ろす。
オレリアも隣にすとんと座り込んだ。
「それで、体内魔力はおへその下が中心で、それを感じとって、体の中でぐるぐるまわすんだってぇ」
「なるほど? 情報量多すぎない?」
体内魔力。
たぶん、MPで表示される自分の魔力量ってことかな。
おへその下が中心。
うん、丹田ってヤツね。そこに自分の魔力が集まってると。
このへんの情報は初耳だ。
というか、魔法や魔力について、初めて聞いた気がする。
お父さん教えてくれないからなあ。
口数少ないから聞き出すのも大変だし。
それで?
感じとる?
急にハードル上がりすぎじゃない?
体の中でぐるぐるまわす——循環させる以前の話じゃない?
「ちなみに、オレリアはその説明でわかったの?」
「なんとなーく?」
「はーっ! これだから『知力16』のMPオバケは!」
座った姿勢からごろーんと横に転がる。
オレリアは微笑みながら首をかしげている。
くっ! 前世の記憶持ちで! 悪役令嬢エリアーヌ・フラメリアにハッピーエンドを迎えさせるって目標を立てた私が! 6歳女児に負けるわけにはいかない!
勢いをつけてぐいんと座り直す。
オレリアはニコニコしたまま、深くゆっくり呼吸をはじめた。
「瞑想と腹式呼吸。とりあえずマネしてみるかー」
あぐらをかいてヒザに手を置いて、オレリアのマネして呼吸する。
深くゆっくり。
肺じゃなくてお腹を動かすイメージで。
腹式呼吸を続けて、自分の体に、体の感覚に集中する。没頭する。
おへその下。
丹田。
そこに温かな塊が————
「感じられないんですけど!?」
「マノンちゃん?」
「まっっったくわからないんですけど!?」
「えっと…………」
「お手本! お手本を見せてくださいオレリア先生!」
「せんせいだなんて、そんな、えへへへへ」
にへへーっとだらしなく笑う、肉付きのいい6歳女児かわいい。
守りたい、この笑顔。
じゃなくて。
そうだけどそうじゃなくて。
「じゃあ、やってみるね?」
そう言うと、オレリアは目を閉じた。
すうっと息を吸う。
ゆったりと息を吐く。
ふた呼吸もすると、なんだかオレリアの気配が変わった気がした。
「いま、少しだけ、動かせてるよぅ。どうかな?」
やってることはさっきの私とおんなじだ。
じっと見つめてもわからない。
そっと触れてもわからない。
おしまい、とばかりに目を開けたオレリアを前に、私はぐおーっと頭を抱えた。
「とにかくやってみる! 今度はオレリアが見てて!」
「はーいー」
もう一度挑戦する。
オレリアのお母さんいわくこれは「魔力を鍛える」修業らしい。
ってことは、一朝一夕で身に付くものじゃないし、「できれば終わり!」ってものじゃないんだろうけど……。
妹分と思ってたオレリアはできてるからなあ。
「どう、かな?」
「うーん。あのね、魔力の塊が動いてないみたい」
「そっかあ、動いてないかあ……あれ?」
「どうしたの、マノンちゃん?」
「動いてないってなんでわかるの? 私、さっきオレリア見た時なにもわからなかったよ?」
「ええーっと、なんとなーく? 見えたような?」
「…………オレリア、ちょっとステータス見てみて? なにかへんなスキル生えてない?」
「えっとぉ……あっ! 【魔力視】【魔力感知】【魔力操作】だって! ぜんぶレベル1だけど増えてるよぅ、マノンちゃん!」
ぼんやり虚空を眺めていたオレリアが、にぱっと顔を輝かせる。
へえ、【魔力視】。
それで私の魔力が動いてないってことがわかったんだね。
あと【魔力感知】ね。
これでおへその下あたりにあるっていう自分の魔力を感じ取れたのかな? もしくは感じ取れたからスキルとして表示されたのかな?
そして、【魔力操作】。
きっとこれで自分の魔力を循環させたんだろう。
オレリアに、魔力関係のスキルが一気に三つも。
昨日まではなかったのに。
昨日おばさんに教わって、昨日と今日ちょっと瞑想しただけなのに。
「オレリア天才では!? MPオバケで知力値高くてすごいなーって思ってたけどこれ魔法の天才なのでは!?」
「ええー? そんなことないよう」
「ち、ちなみに、こんな修業方法を知ってるおばさんはもっと天才だったり……?」
「お母さんは、ハーフエルフ?だからMPが少なくて、魔法は大きいのひとつだけしか使えないんだって」
「おー! 大技一発で戦況を変えるヤツ! ロマンだね! 見てみたいなあ!」
「えっとね、修業して、わたしとマノンちゃんが大きくなって魔法を使えるようになったら見せてくれるって」
「たしかに、いま見てもよくわからないもんね! 楽しみー!」
ハーフエルフの、たぶん人族より高いMPを注ぎ込んだ大魔法!
どんなのか気になる!
やっぱり、肉体に精神が引っ張られてるんだろう。
楽しみすぎて、んひゃー!とばかりに小躍りしてしまう。
大丈夫、私はいま6歳。
テンション上がって踊り出しても6歳ならなにもおかしくない。恥ずかしくない。
それにしても……。
「こんなあっさり魔法関連のスキルを入手する『村人』ってなんだろ……いや待て私。魔法を使える村人がいてもおかしくない。村に一人いるオババ的なアレで」
「マノンちゃん?」
「それに、『ファイブ・エレメンタル』に出てこないキャラでこの天才っぷり。これ、強さの目標を上方修正しておいた方がいいかなあ……」
「マノンちゃーん」
聖女も攻略キャラも、高等学校ではジャンルごとの「最強」だった。
有望な人材は、平民でもだいたい高等学校に通うことになるはずで。
つまり、主要キャラは「同世代で一番強い」んだと思う。
職業村人だけどMPと知力値が高くて、あっさり魔法関連のスキルを入手して、魔法系はバンバン伸びていきそうなオレリアよりも。
「よし! オレリアは魔力を鍛える修業がんばるんだよ! 初等学校で魔法を教わるようになったらそっちも!」
「うんー。マノンちゃんは?」
「魔力を鍛える瞑想はするけど、私は体を動かす方をがんばる!」
なにしろ私の初期ステータス、筋力と回避がめちゃ高いからね!
回避アタッカーで物理攻撃、が私の進むべき道! なはず!
職業商人……?
行商人なんかは重い荷物背負って、時にはモンスターから逃げるために素早く走る必要がある、んじゃないかなあ。
回避アタッカーは合ってるんじゃないかなあ。たぶん。
「おおー。二人でがんばろうねぇ」
進むべき道は違うけれど。
オレリアは、私の決意をにこにこと応援してくれた。
こうして。
6歳から8歳までの2年間。
私とオレリアは、それぞれの親のお店を手伝ったり、勉強したり、修業する日々を送った。
小さな小さな裏庭で、二人で過ごした2年間。
それは、ひょっとしたら、私がマノンとして転生して、唯一平和に過ごせた、幸福な日々だったのかもしれない。