第七話
私がオレリアを助けて、バティスト——バティを仲間にして、お父さんに「前世の記憶がある」って打ち明けた日からおよそ一年半。
私とオレリアとバティは、この一年半、レベル&スキルレベル上げに王都地下水路と王都近郊のダンジョンに通い詰めた。
目標にしてた「高等学校入学前にレベル40」には届かなかったけど、レベル上げはいったん終わりにして。
いま、私たちは旅に出ている。
「マノン」
「えーっと、この分岐を北東方面、だったかな。うん、道が細い方」
「わかった」
「マノンちゃんは物知りだねえ」
「ごめんなさいね、本当ならあの人が道案内するはずだったんだけれど」
王都から北へ。
一年半前にオレリアたちがオーガに襲われた場所を越えて、さらに北へ。
向かってるのは私とオレリアとバティの三人だけじゃない。
馬車の御者席に座って馬車を動かしてるのは、ドワーフのお父さんだ。
唯一、私に前世の記憶があって、しかも「この世界はゲームと似てる」って話を知ってる。
だから、私が「お父さんたちと一緒に、泊まりがけで長期間の旅に出たい」って言っても、理由も聞かずOKしてくれた。
……いやそこは理由ぐらい聞こう!? その間、工房閉めることになるんだし!?
お父さんの愛と信頼が大きすぎるんですけど!? 愛してるお父さん!
ニコニコ笑顔で私を褒めてくれたのはオレリアで、仕方ない人ねえ、とばかりにため息を吐いたのはオレリアのお母さんでハーフエルフのフィロメナおばさんだ。
オレリアに「どうする? 一緒に行く?」って聞いたら、オレリアは家族に相談して。
素材採取のついでにちょうどいいから、って、フィロメナさんもついてきてくれた。
それと、ジスランおじさんも。
そのおじさんは、馬車のうしろに座って、ひたすら後方を見ている。
背後からモンスターに襲われることを警戒して、じゃなく。
「ほらほら、どうしたバティくん! 強くなりたいんだろう? 生き残ってモンスターを殺しまくるために体力は必須だぞ!」
「はいっ!」
馬車を追走するバティに声をかけて励まして(?)いる。
あとときどき特製ドリンクを手渡して、また走らせている。
おじさんいわく、持久力や筋力をつけるのを助けてくれる栄養ドリンク、らしい。
……ホントかな? ゲーム『ファイブ・エレメンタル』では闇落ちして、一般人や雑魚モンスターを聖女パーティと戦えるぐらい強くする薬開発してたよね? 一時的にで、そのあと死ぬヤツ。
なんでバティには飲ませるのに私とオレリアには飲ませてくれないのかな?
ま、まあ、一年半続けてバティの体に影響ないみたいだし、気にしないことにしよう。うん。
ともかく、この6人で馬車に乗って、王都の北に向かって旅をしてる。
いちおうの名目は、私が半年後には高等学校に入って寮生活になってなかなかお父さんやオレリアと会えなくなるから、その前に思い出作りに。
あと錬金術師のジスランおじさんと、薬師のフィロメナおばさんのための素材採取。
そう言えば、近所の人たちもお得意さんたちも、疑うことなく快く送り出してくれた。
もちろん、どっちも本当ではあるんだけど。
この旅の、私の本当の目的はふたつ。
貴族学園入学前のこの期間に対処できるひとつの悲劇と、本来は間に合わないはずのひとつの惨劇をぶっ潰すことだ。
「見えた。あれか?」
「たぶん。バティー! ちょっとスピード上げて前に来てー!」
「はい、マノンさん!」
呼ぶと、バティがぎゅんっと速度を上げてあっという間に御者席に並んだ。
さっすが、【移動速度上昇LV.6】! 敏捷低いタイプって言ってもレベル上がって敏捷100超え!
あとちょっと犬っぽい。同い年だけど前世の記憶がある私からすると年下感あってちょっとかわいい。
バティのスピードに、ぽかーんと口を開けるおじさんは無視した。
「バティ。あれ、そうかな?」
「…………はい。本当に、行くんですか?」
「まあまあ、そう言わずに。お父さんとお母さんのお墓参りはしたいでしょ?」
「それは、はい…………」
最初の目的地を前に、バティは複雑そうな表情を見せる。
ひとつめの目的地は、バティ——バティストの生まれ故郷。
「ほら、だったら行くよ! 大丈夫、バティが心配するようなことは何もないから!」
「は、はあ」
王都から北に、馬車で二日から三日かかる場所にある、オブレシオ村だ。
「何をしに来た」
「僕……俺は、父さんと母さんの墓参りに」
「墓は儂が責任を持って面倒を見ると言ったはずだ」
「それは、でも」
「何をしに来たって、ジルさんの件の報告とその後、行商人がちゃんと村に来てるかの確認でーす。ね、ジスランおじさん」
「ああ、そうだったね。村長、ジルさんの遺品の整理と行商人の手配は私がしました。素材採取のついでに、立ち寄って問題ないか確認しようと思いましてね」
「むっ。それはありがたいが……」
「はーい、じゃあそういうことで。ほら行くよバティ」
「えっ、いや、村長に断られて、おじさんはともかく俺は」
「いいからいいから!」
村の入り口、この規模の農村にしては立派な木の柵と門の手前で馬車は止められた。
門番役の村人が目ざとくバティを見つけて、村長を連れてきて。
入れたくない雰囲気だったので、ジスランおじさんに事前に伝えておいた目的を話してもらった。
こっちもいちおう真実だから、村長はNOと言えないはずだ。
その隙に。
「子供なんであとは大人同士でー!」みたいな顔をして、バティの手を掴んで走り出す。
「マノンさん、ちょっ」
「ほらバティ、跳ぶよ!」
「えっ」
「あー、待ってよマノンちゃーん」
「むっ、いかん! みなのもの!」
レベル30台の私たちにとって「農村にしては立派な木の柵」なんてあってないようなものだ。
ぴょんっと飛び越えると、遅れてバティが、ちょっとぽっちゃ——にこにこふわふわ容姿のオレリアもぴょんぴょーんと続く。
慌てた村長が、何事かと集まってきた村人にブロックするよう指示したところでもう遅い。
ひょいひょいすり抜けて、なんとなくだけど(ゲームで)覚えてた場所まで走る。
「なんでマノンさんが、お墓の場所を知って」
「村の作りなんてどこもだいたい同じでしょ? だいたいでわかるって!」
なんて言い訳をしながら、たどり着いた。
悲劇を潰すための第一歩。
それは——
「バティ。よく見てみるといいよ。バティのお父さんと、お母さんのお墓を」
——バティに、村の真実を、村人たちの思いを知ってもらうことだ。
「…………え? 俺は、僕は、村人に疎まれて、父さんは英雄だったけど、そう思ってたのは僕だけで」
バティの両親のお墓。
そこには、磨かれた石が建てられていた。
ほかの村人たちは木の杭だけとか、木の板だけの墓標なのに。
「文字を読んでみるといいよ」
ふたつの墓標には文字が刻まれている。
両親の名前のほかに、二文。
――英雄、ここに眠る――
――私たちは、二度と英雄に頼らない――
それは、村人たちの感謝と決意の表れだ。
命を費やして村を守ってくれたバティの父親への感謝と、『豪剣士』のバティを小さな村に縛り付けない、という決意の。
「これ、これは、僕は、父さんは…………」
バティが固まる。
レベルが上がって強くなった、ステータスが高くなったって言っても、バティはまだ11歳の男の子だ。
混乱するのも当然だろう。
「見られてしまったか」
遅れて現れた村長は、やけにくたびれた顔をしてみえた。
続いて集まってきた村人たちは、バツの悪そうな顔をしていた。
遅くなりました……
次話更新予定は不明ですが、ぼちぼち続けていきます!





