第五話
「いよいよだね……緊張してる?」
「いや。俺は、自分でも不思議なぐらい落ち着いてる」
「わたしはちょっと怖いかなぁ……でも、マノンちゃんと一緒なら大丈夫だって信じてる」
私たち——私とオレリア、バティストがチュートリアルダンジョンとダンジョン『王都地下水路』の攻略をはじめてから1年半が経った。
王都内で二人のレベルを上げたのは、そのうち半年だけだ。
オレリアとバティストがレベル12(私は18まで上がった)になって、王都地下水路の広間——スケルトンナイトがいたところ——まで楽に行けるようになって。
その時点で、私たちは王都周辺にあるダンジョンの攻略をはじめた。
リオナディア王国の中心地、王都のまわりにはいくつものダンジョンが存在する。
なんでそんな危険な場所に王都があって、国のトップである王様がいるのかって?
それはもちろん、自称乙女ゲーの『ファイブ・エレメンタル』の中心となる舞台が王都だからだ。
……ううん、よく似てるけど、この世界は「ゲーム」じゃない。
この場所に王都があるのは、王族や、王族の信頼する騎士や貴族のレベルを上げやすいから、それと「国を守るのは王である」という考えから、らしい。
国の一番危険な地域は王が守り、有力貴族は国境付近を領地にしている。
立派な志だけどそれホント? 国に所属しない高ランク冒険者が王都を拠点にしてて不心得起こさない?とか、有力貴族から反乱起こされたりしない?とか、思うところはあるけどとにかく、王都の周辺にはダンジョンがいくつもある。
私たちにとって都合のいいことに。
もうすぐ12歳で、いくら親の了解を得てるって言っても、本来なら私たちは王都の外に出られない。
そこは地下水路の秘密の門を抜けていくとしても、子供たちだけで外泊するのは難易度が高い。
野営はともかく、宿には泊まれないし乗合馬車も使えないし……。
だから、上がった敏捷値と【体力回復強化】【移動速度上昇】スキルにモノを言わせて日帰りできる場所にいくつもダンジョンがあるのはありがたかった。
この1年は、早朝に家を出て地下水路を爆走、外に出てからも爆走して目的地のダンジョンに到着、ちょっと休憩してから周回を繰り返す日々だった。
目標としてた「高等学校入学前にレベル40」には届かなそうだけど、充分強くなった、と思う。
ちなみに、ホントは外に出ちゃいけないってことは当然、私たちがダンジョン攻略してるのは冒険者ギルドに内緒なわけで。
貢献度や冒険者ランクはともかくとして、「うわ、素材の買取どうしよう」って思ったけど心配はいらなかった。
私のお父さんは鍛治師で、オレリアの両親は錬金術師と薬師だからね!
もともと冒険者ギルドが買い取った素材を、冒険者ギルドから買う人たちだったから!
冒険者ギルドを通さずにぜんぶ買ってくれました。
自分たちでは使わない素材も、職人同士の繋がりで融通できるからって。
装備といい、消耗品といい、お父さんには(あとおじさんおばさんにも)お世話になりっぱなしだ。
そんな日々を1年半続けて。
今日は、私たちの最終試験だ。
学園の入学試験じゃなくて、区切りの日って意味で。
「行くよ、二人とも。いつも通りに」
オレリアとバティストが頷くのを確認して、ダンジョン「小鬼の砦」の中庭に続く扉を開く。
王都の北側にあるダンジョン「小鬼の砦」はちょっと特殊なダンジョンだ。
ダンジョンに入ってすぐに見えるのは、ダンジョン内なのに広がる青空、丘の上にそびえる砦。
攻略するには砦を落とさないといけなくて、その難易度から冒険者たちには人気がない。
出てくるモンスターがゴブリン、ゴブリン上位種だらけで素材のうまみが少なく、砦の中には罠はあるしモタモタしてると増援は来るし、という作りも人気のなさに拍車をかける。
おかげで私たちは、ひと目を気にせず悠々攻略できたわけだけど。
ボスはゴブリンキングとその取り巻きで、砦の中の広間にいる。
倒せば攻略終了だけど、「小鬼の砦」にはもう一つ仕掛けがあった。
ゴブリンキングを倒して、モンスターがいなくなった砦を出て、「ダンジョンを出ることなく砦に戻る」と、中庭にとあるモンスターが出現する。
適正レベル15〜20のダンジョンなのに、それよりレベルが上の隠しボス。
木の扉を開けた先、まばらに草が生えた中庭に、そいつはいた。
主が不在となった砦を、今度は自分たちが使おうとでも思ったのか。
そいつはキョロキョロとあたりを見まわしている。
小鬼よりはるかに大きくて、身長は2メートルぐらい。
赤い肌のムキムキマッチョで、額からは一本のツノが生えてる。
武器はなく、腰のあたりに動物の皮を巻いている。
オーガ。
それも、ダンジョンを攻略したパーティの人数と同じだけの数、つまり、3体。
「ガアアアアアッ!」
あの時と同じオーガの【咆哮】に、背後のオレリアがビクッとして、隣のバティストがゴクッと唾を飲み込んだのが聞こえてくる。
でも、それだけ。
3体のオーガが【咆哮】を重ねても、それだけ。
あの時とは違う。
私たちは、強くなった。
「二人とも、落ち着いてね! 作戦通りに!」
「ああ。俺は、大丈夫だ」
「うん。がんばってね、マノンちゃん」
二人を後ろに残して、私は一人先行する。
高い敏捷値と【移動速度上昇】【俊足】を活かして2体のオーガの間を通り過ぎ、一番後方にいたオーガを飛び蹴りでふっとばす。
通り過ぎたオーガが追ってくる気配がするけど、
「お前らの相手はこっちだ! 俺が……僕が、変わったってところを見せてやる!」
2体ともバティストが引き付けてくれた。作戦通りに。
「《精霊さん、一緒に遊ぼう。『穴掘り』》! からのー、『土壁』!」
バティストは、一人で2体のオーガと戦うわけじゃない。
オレリアが歌うように【精霊語】で話しかけると、【精霊魔法】が発動して、土の地面にぼこっと二列の穴が開く。
続けて【土魔法】で土の壁を築く。
【精霊魔法】と【土魔法】スキルを併用した、疑似二重詠唱。
ハーフエルフのフィロメナおばさんもエルフの冒険者・レオンツォさんもできなかったそれは、オレリアの得意技だ。
私のオレリアが天才すぎる!
二つの魔法で、オレリアとバティストの横には、「逆ハの字」型の壁と空掘ができた。
後衛のオレリアにオーガが向かわないよう、戦場を限定するように。
オーガは、私たちにとって因縁のモンスターだ。
特に、危うく殺されそうだった(ゲームだと殺された)オレリアと、目の前で行商人のジルさんを殺されたバティストにとっては。
でも、二人とも作戦通りに動けてる。
「ガアッ、グオ! ガ?」
だから私は、安心して、適当にあしらっていたオーガに向き直った。
「私にはユニークスキルも、オレリアみたいな得意技もないけど——高い敏捷とスキルと!」
オーガの拳を【回避】して、この前200を超えた敏捷で懐に飛び込む。
「お父さんが、私のために作ってくれた装備がある!」
背が伸びて届くようになったみぞおちに、正拳突きを叩き込む。
遅れて突撃犀の手甲から【衝撃】の追加効果が発生する。
さっと飛び退くと、オーガはゴバアッと血を吐いて前のめりに倒れた。
【索敵】の赤い光点がひとつ消える。
かつてあれだけ苦戦して、ギリギリの戦いだったオーガを、一撃。
オレリアを助けたあの遭遇戦からおよそ1年半。
私たちは、強くなった。





