第四話
「王都にこんなところがあるんだねぇ」
「うん。私はここで強くなったんだ」
「二人を守る。モンスターを殺す。強くなる。もっと守れるようになる。もっと殺せる。もっと強くなれる」
「落ち着いて、バティスト。ここに出るのはそんな強いモンスターじゃないから」
お父さんとオレリアの両親・ジスランおじさんとフィロメナおばさんに見送られて、私たちが向かったのは王都の地下水路だ。
もちろん、ダンジョンの方じゃなくてその手前、チュートリアルの方。
いくら二人に素質があって、お父さんからもらった装備やおじさんがくれたポーションがあると言っても、二人は戦い慣れてないからね。
最初はここで充分だろう。
水が流れる水路の横、石造りの通路を歩いていると、カチカチって音が聞こえてくる。
「あると便利な【索敵】はあとで練習してもらうとして……ほら、来るよ」
私にとっては、この2年間ですっかり聞きなれた音。
でも、何も知らない二人は私の警告に緊張してる。
オレリアはゴクッと唾を呑み込んで杖を構え——
「く、くる。だ、大丈夫、怖くない、痛くない、殺られる前に、殺ればいいんだ! あああああっ!」
——ブツブツ言いながら震えていたバティストは、雄叫びをあげて突っ込んでいった。
「あっ、ちょっ!……まあ負けるわけないし、お説教はあとでいいか」
「たいへん、マノンちゃん! バティくんが!」
「バティくん……? 焦らなくていいって、オレリア。ほら」
しがみついてくるオレリアの肩を抱いて落ち着かせて、ゆっくり通路を歩いていく。
角を曲がったところで、バティスト……バティの攻撃がビッグラットに当たったのが見えた。
重い一撃に、ビッグラットはすぐに消えて、小さな魔石を残す。
「はあ、はあ、はあ、はあ」
「バティ」
息の荒いバティストに声をかけても、呆然とビッグラットがいた場所を見つめて返事がない。
そういえば、バティスト・オブレシオは根が臆病で、だから「早くモンスターを排除する」ために怪我を恐れず攻勢に出る、っていう性格だったっけ。
「バティ!」
「はっ。マノンさん、オレリアさん、無事で……」
「もちろん。バティが倒してくれたし、そもそもビッグラットなんて何体来ようが相手にならないからね」
「よかった…………」
「それよりバティ。一人で突っ走らないで。私たちは『パーティ』なんだから」
「でも僕……俺は」
「もしバティが突っ込んで、私たちの方に強力なモンスターが来たらどうするの?」
「うっ……すみません……」
「怖くても、勝手に突っ込まない。それが一番効率的で、一番速くモンスターを倒すコツだよ」
「一番効率的で、一番速く……」
「だいたい、必要以上にモンスターを怖がる必要ないって。バティの防具はお父さん謹製だよ? この辺でダメージ与えられるモンスターなんていないから」
「はい……」
出会った時よりちょっと身長が伸びて筋肉ついて、髪をツンツンにして、強がっても中身はそうそう変わらない。
「英雄の剣」を手に持ったまま、バティはしゅんと肩を落とした。
「いままで罠を仕掛けて仕留めてきたってことは、ちゃんと戦うのははじめてだったもんね。そう考えたら仕方ない、よくやったよ! ちゃんと倒してるし!」
「はいぃ……」
「次は見ててね! 私のオレリアが戦うから!」
「うん! わたし、がんばるよ! マノンちゃんみたく強くなるために!」
すっかりしょげちゃったバティの横で、オレリアがふんす、と鼻息荒く杖を握りしめる。
なにそれかわいい。
飛び出さないようバティは私の後ろ、気合い充分に杖をぶんぶん振るオレリアを先頭に通路を進む。
チュートリアルダンジョンの通路は、モンスターは一体ずつ、それもビッグラットしか出てこない。
しかも私の【索敵】【地図化】を併用した脳内便利MAPで、赤い光点を見逃すことはない。
だから、本来後衛のオレリアを先頭にしても心配はいらない。
「オレリア。そこの角からモンスター……ビッグラットが近づいてくるよ。攻撃手段は噛みつきと引っ掻き、それと体当たりで遠距離攻撃の手段はなし」
「マノンちゃんは物知りだねぇ」
にこにこのオレリアに褒められて悪い気はしない。
ゲーム『ファイブ・エレメンタル』の知識が基本だけどね!
いまのところ、お父さん以外に「前世がある」とか「ゲームの知識がある」ってことは話していない。
いつかオレリアには話すかもしれないけど……。
考えてる間に、本日2体目のビッグラットの姿が見えた。
オレリアが魔術師の杖を構えて魔力を練る。
いや、もともと練っていた魔力を動かす。
「いくよー! 『泥団子』!」
オレリアにしては気合いの入った声をあげると、魔術師の杖の前に魔力が渦巻き、形を為した。
水分多めの、ちょっとべちゃっとした泥の玉を。
泥団子……? 土魔法なんだし、『石つぶて』とか『石弾』とかじゃなくて……?
「てーいっ!」
オレリアがもうひとつ叫ぶと、泥団子はばびゅんと飛んでいった。
高い敏捷のせいか動体視力もよくなった私の目で、ギリギリ追える速さで。
とうぜん、そんな「質量のある泥団子を高速で」ぶつけられたビッグラットは死ぬ。
「…………えっ?」
「やったっ! 倒した、倒したよマノンちゃん!」
振り返ったオレリアは、満面の笑みで、嬉しそうに私の手を握る。
優しいオレリアだけど、モンスターを倒すことに「かわいそう」とは思わなかったらしい。
ちょっと意外だ。
でもきっと、この世界ではモンスターは人間に害なすモノで、そう教えられて育ってきたんだろう。
……『ファイブ・エレメンタル』の主人公が「聖女」だったせいか、直接攻撃じゃなくて「モンスターとの戦闘に寄与」すれば経験値が入ってレベルが上がる。
だから、オレリアは補助にまわってもらえばいいかなー、と思ってたんだけど。
うん、この笑顔と新しい魔法を覚えた努力を見ちゃったら、ちょっと言い出せないです。
「よ、よーし! この調子で一番奥まで行こう!」
「うん!」
「次は、俺も、ちゃんと戦います」
はしゃぐオレリアと、決意を秘めたバティに宣言する。
もっとも、行くのは「チュートリアルダンジョンの一番奥」だけど。今日のところは。
「で、終わったらいったん外に出て周回します! 日が暮れるまで!」
「うん?」
「経験を積む、慣れるってことですね。俺、がんばります」
「あ、そうそう、バティは強麻の服と竜革鎧脱いでね」
「うん!? マノンちゃん!?」
「えっ!? マ、マノンさん……? た、助けてもらった身です、マノンさんが望むなら何をしてもかまいませんけど……その」
「そうそう、本来は陰のあるイケメンの幼い頃の裸を……じゃなくて! お父さんの鎧着てたらダメージ受けなくて耐性上がらないから! 強くなるためだから!」
「マノンちゃん? さっき、ダメージ受けないから怖がる必要ないって……」
「あっ…………慣れ! 慣れは大事だし近接職必須の【打撃耐性】も【刺突耐性】も【斬撃耐性】もここなら簡単に覚えられるから! がんばれ! がんばれ、る?」
「やります」
「えっと、わたしは、ちょっと恥ずかしいかなあって、マノンちゃんだけならいいけど」
「オレリアはいいの! むしろ脱いじゃダメ! 後衛、そう、後衛だからね! そのへんのスキル覚える必要ないから!」
迷いながらもじもじうにょうにょするオレリアを必死に止める。
女の子が野外で服を脱いじゃいけません!
耐性スキル得るためとはいえ、オレリアにモンスターを群がらせるなんてとんでもない!
三人で初めての「冒険」は、そんなひと悶着があったけれど、無事に終わった。
これからしばらくはこれを続けて、オレリアとバティがレベル8ぐらいまで行ったら、奥のダンジョン『王都地下水路』でレベリングして。
その先は——
いよいよ、私も初体験の、王都の外のダンジョンだ。





