第二話
私がお父さんに前世の記憶とゲーム知識——お父さんにも伝わるように「物語」の知識——があるって打ち明けてから二週間が経った。
お父さんは、あれからも変わらずに接してくれてる。
ううん、ちょっと変わったかもしれない。
お父さんのお父さんな部分じゃなくて、鍛治師の部分が、だけど。
お父さんが鍛冶場に籠ってない間は、いろいろ質問された。
私の前世——元の世界にはどんな武器があったか、どんな金属が、どんな技術が、どんな加工方法があったか。
金属製品はどんなものがあったか。何が便利だったか。
口数少ないお父さんが、目を輝かせていろいろ聞いてきた。
もううろ覚えだし、たぶんもともと詳しくなかったし、あんまり答えられなかったけど。
お父さんは、ちょっとの情報でも興奮して、すぐ鍛冶場に戻っていろいろ試してた。
いちおう、この世界にはまだないっぽい銃火器のことは教えてない。
それでも、お父さんには充分だったみたいだ。
この二週間のお父さんの試行錯誤は、目の前の彼らが証明してくれる。
「それでは、私たちはこれで出発します。いろいろとありがとうございました、ドミンゴさん」
「俺こそ。感謝する」
お父さんが、Cランク冒険者パーティ「未知への探求」のリーダーである商人さんとがっちり握手を交わす。
未知への探求は、武器防具どころか馬車も含めてグラフィックが変わって——装備が一新されていた。
未知への探求の五人は、パーティ名の通り、お父さんが初めて作る装備を前に嬉々として実験台になってくれた。
それどころか、新しい装備が出来上がるまでのこの二週間、私たちの訓練に付き合ってくれた。
「何ヲシテモ生キ残レ」
「いろいろ教えてくれてありがとうございました!」
パーティ「未知への探求」の盾役、職業・神官戦士の小巨人、ヤスペルさんにバティストが深々と頭を下げる。
回復魔法を使いながら立ちはだかるヤスペルさんに、一番訓練に付き合ってもらったのは職業・豪剣士のバティストだ。
英雄の職業と言っても、バティストのレベルはまだ2。
全力で攻撃しても、ユニークスキルを使ってもヤスペルさんはビクともしなかった。
盾で防いで、巨大な棍棒を振るってバティストの隙を指摘して。
それだけじゃなく、ヤスペルさんはバティストに、モンスターとの戦闘でいかに生き残るか、生き残ることがどれだけ重要か説いてくれた。
それが、バティストを身を呈して守った父親や行商人・ジルさんの恩に報いることなのだと。
技自体を教える関係ではなかったけど、ある意味で理想的な師弟だったと思う。
でも、私やジスランおじさんが聞いてみても、ヤスペルさんは王都に残ろうとしなかった。
「未知への探求」として、まだ発見されていない神の秘蹟を探したいのだ、と。
ちなみに、小巨人の宗教観は王都の一般的な教えと違う部分もあった。
「生キ残リ、モンスターヲ殺シテ、輪廻ニ返スノダ」
「はい! 父さんやジルさんのためにも、僕……俺を助けてくれたマノンとオレリアとおじさんおばさんのためにも、殺して殺して殺しまくります!」
……それが、これ。
「前世」って言葉が通じるように、この世界では輪廻転生が信じられてるんだけど……。
ヤスペルさんいわく、すべての輪廻がその対象で、モンスターは死ぬことで次は人間や、せめて動物に生まれ変われる、らしい。
だからモンスターを殺すことは、魂を救済する善行なのだと。
…………「モンスター絶対殺すマン」ここにもいたのね!?
そりゃこれだけ危険な世界なら、モンスターに恨みがある人も多いだろうけど!
ともかく、ヤスペルさんとバティストはがっちり握手して別れた。
なお私もヤスペルさんと模擬戦してみたけど、守りが固すぎて引き分けだった。
レベルやスキルにない、スキル外スキルとか「対人戦」の巧さを見せつけられた気がする。
「ハーフであってもクォーターであっても、エルフの生は長い。焦らず気長に研鑽を積むといい」
「がんばりますぅ。わたし、マノンちゃんを守りたいから」
「ありがとうございました、レオンツォさん。里に寄ることがあったら両親によろしく伝えてください」
未知への探求の魔法アタッカー、エルフの精霊魔法使い——レオンツォさんは、オレリアとフィロメナおばさんに精霊魔法の基礎を教えてくれた。
精霊と意思疎通するには「精霊語」が必要で、語学教室っぽいものを開いてくれた。
私も少しはわかるようになった、と思う。
いまのところスキルになってないし、精霊も見えないけど。
でも、フィロメナおばさんは水精霊を喚び出す時のMP消費量が減ったらしいから、効果はあったんだろう。
オレリアなんてスキル【精霊視】【精霊語】を覚えて、レオンツォさんの見立てではすぐに【精霊魔法】を使えるようになるだろうって話だけどね……。
私のオレリアは天才かな?
ちなみに、ハーフやクォーターだからって、エルフからの差別はないらしい。
おばさんがエルフの里を出たのは、単に人間の暮らしに興味があったからだとか。
出て以来一度も里に帰ってないけど、オレリアが旅できる年齢になったら顔見せに行こうかなーって言ってた。
軽い。
長生き種族のエルフはそのへんの感覚は人族と違うっぽい。
「次会う時までにはもっと強くなっとけよ、マノン」
「もちろん! キコなんてボコボコにしてあげる!」
「はっ、言うじゃねーか」
バティストはヤスペルさん、オレリアはレオンツォさんに教わる時間が長かった。
私が一番訓練する時間が長かったのは、パーティ内では「回避アタッカー」をしている獣人のキコだ。
キコの戦闘スタイルは、狼獣人のスピードとしなやかさで攻撃を【回避】して、自前の爪や【体術】で攻撃していく形だ。
つまり、私とがっちりハマる。爪以外。
感覚派だったから「教える」というよりは「とにかく戦う」訓練ばっかりだったけど、いろいろ有意義だった、と思う。
キコと比べて【体術】のスキルレベルも敏捷も、私の方が高いと思う。
でも、勝率は3割程度だった。
読みの鋭さ、対人戦の経験、狼獣人ならではの急制動。
今後のことを考えたら、特に「対人戦」はいい経験になった。
「んじゃ、おたがいもっと強くなってまた戦おうぜ!」
「ふふん、その余裕もいまだけだからね!」
この経験を活かすし、これからはオレリアとバティスト、三人でパーティ組んでレベル上げするから。
きっと、次に「未知への探求」と会う時、私はもっと強くなってる。
強くなる。
ゲームのイベントを潰せるぐらいに。
「また遊ぼーねー!」
パーティの斥候役にしてムードメーカー、ハーフリングのイングヴァルは、遊んでばかりで特に教わることはなかった。
……そんなことない。
お父さんが作る新製品の実験台を嬉々として務めてくれた。
それに、私が提案した「かくれんぼ」や「鬼ごっこ」も、斥候の技術を盗むためってわかってて乗ってくれた。
……いややっぱり遊びたかっただけかもしれないけど。
「それでは、私たちはこれで。ドミンゴさん、いい装備をありがとうございました。マノンさん、職業・『商人』の技術、しっかり磨いてくださいね」
パーティ「未知への探求」のまとめ役でリーダー、人族のユベールさんにもいろいろ教わった。
特化してないからこそできる武器を持ち替えた軽戦士の立ち回り、それになにより。
「はい! お父さんにおじさんおばさん、私は恵まれた環境にいます。スキル【鑑定】、覚えて見せますね!」
「ファイブ・エレメンタル」でお世話になりまくったスキル【鑑定】を入手するコツを教えてくれた。
職業・商人なら覚えやすいし、覚えれば商売のうえでも冒険のうえでも役に立つからって。
スキル【鑑定】は、商品の情報を知って値付けしたり(脳内だけでもOKだとか)、値段や見た目から情報を解き明かしたり、人やモンスターを見てステータスやスキルを予測したりを、いろんなものですることで身につくらしい。
スキルレベルが低いうちはざっくりした情報だけだけど、スキルレベルが上がれば詳細も見えるようになるとか。
ユベールさんが御者席に座って馬車を走らせる。
この2週間ですっかりグラフィック——装備が変わったCランク冒険者パーティ「未知への探求」が旅立っていく。
ゲームの中では、「未知への探求」はダンジョン内や街のないエリアで、聖女パーティにアイテムを売ってくれるちょい役の「お助けキャラ」で、名前さえ出なかった。
でも。
この世界では、お助けキャラにも人生がある。
だから——
「生きて、また会いましょうねー!」
私は、5人の無事を願って手を振った。
また会えるように。
…………ダンジョン内で使い果たしたアイテムを売ってくれる「お助けキャラ」じゃなくてね!





