第一話
オレリアとおじさん、おばさんあとバティストを助けたあと、私たちは王都に戻った。
出る時と違って帰りは簡単だった。
お父さんとおじさんおばさんの大人組の幌なし馬車に私とオレリアが乗る。
門を通るときは「薬師の妻と、近所のドワーフと一緒に素材採取の小旅行に出てたのですが、帰りにオーガに遭遇しまして。間一髪、冒険者に助けられました。あ、こちらは私の娘、あちらはドワーフのドミンゴさんの娘です」っておじさんが説明してくれてラクラク通過。
オーガは冒険者パーティ「未知への探求」が倒したことにして、荷車にオーガと亡くなった男性を乗せ——一緒に乗せてもこの世界の価値観では違和感ないらしい——、バティストを連れて帰還。
街道の安全を脅かすモンスターを素早く討伐した「未知への探求」には、兵士や住人たちから感謝の拍手や歓声が飛んだ。
私が倒したのに手柄を譲っていいのかって?
説明も証明も大変だし、交換条件にいろいろ教えてもらうことになったからいいのです!
いまはまだ目立ちたくないしね!
ってことで、10歳の女の子一人じゃ門を通してもらえないから行きは大変だったけど、帰りは簡単だった。
おたがい疲れてるだろうから、感謝と無事の祝いは明日にってことになって、オレリアとおじさんおばさんとも早々に別れて。
あ、バティストは「未知への探求」と一緒に行商人さんが亡くなった報告に行ってます。あとでおじさんも合流するらしい。
それで、帰り道に買っておいた夕飯を食べて。
いつもみたいに工房に籠もろうとしたお父さんを止めて。
私はいま、小さなダイニングで、お父さんと向かい合っている。
……というかお父さん、今日あんな出来事あったのに普通に鍛治しようとしたの!? もっとこう、聞きたいこととか言いたいこととかあるんじゃないの!?
ドワーフ×職人で寡黙の乗算どころの話じゃなくない!?
「こほん」
わざとらしい咳で心を落ち着ける。
「お父さん。話したいことがあるんだ」
「聞こう」
本当は話したくない。
何も聞かずに、何も言わずに鍛冶場に戻ろうとしたお父さんに甘えて、話さない方がよかったのかもしれない。
話したら、お父さんが、お父さんでいてくれなくなっちゃうかもしれないから。
でも——
ぎゅっと自分の両手を握って震えを止める。
「あのね、私…………」
——お父さんに、こんな私を信頼して、愛してくれるお父さんに隠して、騙して、生きていきたくない。
たとえそれで、お父さんに捨てられたとしても。
「私、前世の記憶があるんだ。たぶん生まれた時から。お父さんの娘になる前から」
前世の記憶がある。
私はマノン・フォルジュだけど、前世の私から記憶や人格を引き継いでて、私はマノン・フォルジュじゃないのかもしれない。
それを聞いたお父さんは、
「そうか」
と言って頷いて、それだけだった。
んんんんんんー!?
「あの、お父さん、それだけ? 私は前世の記憶があって、性格だってひょっとしたらその時のままで」
「それがどうした」
「いや『それがどうした』って!? ほら私はマノンじゃないかもしれなくて!ってことはお父さんの娘とは違う存在かもしれなくて」
「『生まれた時から前世の記憶があった』」
「うん」
「なら、俺が知ってるマノンはマノンだ。俺の娘だ」
お父さんがゴツゴツの手を伸ばす。
けど、短い腕はテーブルに阻まれて届かない。
ので、私はしゃっとイスを下りて、テーブルを回り込んで、お父さんにしがみついた。
手足が短くても、背が小さくてもうすぐ私が追い越しそうでも、お父さんは小揺るぎもしない。
私に前世があるって言っても、まったく動揺しなかったように。
安心したのか、うれしいのか、自分でもわからない感情がばーっとあふれ出して、子供みたいに泣いてしまう。
お父さんの自慢のヒゲを涙と鼻水で汚しちゃいそうなのに、お父さんは何も言わずに肩を抱いて頭を撫でてくれる。
「うう……」
「ごく稀にいる」
「え? なに、あ、前世の記憶がある人?」
「ああ。貴族や、別の国の住人や、種族違いや、ごく稀にいる」
「そうなんだ。……前世って言ってもこの世界での話っぽいけど」
「命は巡る。それだけだ」
この世界では、少なくともこの国や周辺では神様が信じられてる。
神様がいるから魔法が存在して、生まれた時に神様が職業を授けているから職業「授与」じゃなくて「判別の儀」だって。
そりゃ流派はいろいろあるらしいけど、基本は一緒だ。
死生観——命は巡って、また生まれ変わる、という考え方も。
だから「前世の記憶がある」って言っても、お父さんは納得してくれたんだろう。
でも。
「私ね、前世ではこことは違う世界で生きていて」
「ほう?」
「それで、この世界は、その時にやったゲームと同じで」
「げえむ?」
「なんて言ったらいいんだろ、空想の物語? あ、物語はだいたい空想か、でもそんな感じの。それで、ここは物語の中の世界と同じで、起こることとかダンジョンとかダンジョンにいるモンスターとか」
「その物語は、まったく同じなのか? すべて?」
「あっ、ううん、全部じゃないかな。出てこなかった人もいるし」
オレリアもフィロメナおばさんも助けられたし、って言葉は呑み込んだ。
ぜんぶじゃなくても、この世界はゲーム——物語——と一緒。そう聞いて、お父さんはどう思うのか。
私のこと、気持ち悪いと思われないだろうか。
ヒゲの隙間から、こわごわとお父さんの顔を見る。
お父さんは、いつもと変わらない顔をしていた。
読みにくい無表情じゃなくて、本当に、いつもと同じ顔を。
「違うならいい」
「え?」
「『予言者』と思われたら大変だからな」
「そうかもだけどそういう問題じゃなくて、私はみんなが知らないことをいろいろ知ってて」
だから気持ち悪くない?
変わらずお父さんの娘でいていいの?
そう続けようとしたけど、言葉は出なかった。
口をパクパクさせる私を、お父さんは目を細めて見つめて、そっと頭を撫でてくれる。
「関係ない。マノンは、俺の自慢の娘だ」
ただそれだけを言ってくれた。
お父さんの分厚い胸板に頭を当てる。
ゴワゴワのヒゲがくすぐったい。
どこからかグスグス泣いてる女の子の声が聞こえてきて、ああ、これ私の声だなあ、まるでちっちゃい子みたい、でもいま10歳だし仕方ないか、とか思いながら泣いて。
ごしごし涙を拭いて顔をあげたら、お父さんと目が合った。
「それで、マノン。その世界の武器はどんなのがあった?」
……そういえばさっき「違う世界」って言った時に「ほう?」って興味ありそうな反応してたもんね!
でもいまの話で気になるところそこ!?
娘の一大決心の打ち明け話なのに!?
お父さんが受け入れてくれたっていう安心感と、お父さんの娘だっていう喜びと、さすがドワーフ、さすが王都イチの職人!っていう関心とどこかズレたお父さんの反応で、私はしばらく泣き笑いしてた、らしい。
やっと止まった時には、打ち明け話をした時とは違って、どうしたらいいかわからずちょっと困った顔のお父さんがいた。





