間話3 バティスト・オブレシオは村を出て王都を目指す2
「バティストくん。この村を出て、王都で生活してみないかい?」
「………え? 僕が、王都に、ですか?」
小さな村から村人が減るという話なのに、村長は黙して語らない。
行商人と村長の間では話が通っているのだろう。
「職業『豪剣士』は英雄の職業だ。でも、生まれながらに強いわけじゃない」
「はあ……」
「王都に出れば師となる人もいるだろう。そうでなくても、王都周辺にはダンジョンがたくさんある。鍛えるにはもってこいだと思う」
「職業を鍛える……戦う……父さんのように」
母親は病死したが、バティストの父親は病や老衰で死んだのではない。
森のヌシと目されるモンスターと戦い、相討ちになったのだ。
もしバティストの父親が命をかけて倒さなければ、村は蹂躙されたことだろう。
父親は、バティストの英雄だった。
村にとっても英雄だった——はずだ。
「でも僕は、父さんと母さんのお墓を守らないと……」
「墓は儂が責任を持って管理する」
「村長さん?」
「儂はこれでもアイツの親友だったんだ。それぐらいさせてくれ」
「……でも、王都に行くお金もないし、行ったところで住むところも」
「お金は心配いらないよ。村長さんからもらってる」
「え?」
「村の仕事、狩りの報酬。日用品を渡したところで釣り合うものではない。残りは路銀として渡してくれよう」
「王都ではウチの屋根裏に住めばいい。私は行商に出ることも多いからね、家に誰かいてくれるとなれば安心だ。しかもそれが『豪剣士』ならなおさらね」
「そう、ですか……」
「それに、私はキミのお父さんにはずいぶん世話になったんだ。悪いようにはしないよ」
行商人の言葉に、バティストは考え込む。
村での生活は楽ではなかった。
バティストにとって生まれ故郷とはいえ、この地にはいい思い出ばかりではない。
幸せな思い出は父と母が生きていた頃のことばかりで、ここ1年は寂しい日々だった。
性根は臆病なのに森に入り、心優しいのに獣やモンスターを殺す、苦しい日々だった。
それでも。
「王都には行きません。僕はこの村を守りたいんです。父さんみたいに」
ここはバティストの故郷で、バティストにとっての英雄だった父が守った村だ。
まだ9歳の少年が父に憧れて、父と同じ道を歩もうとするのは当然のことかもしれない。
幸せだった頃の記憶も、幼なじみや友達と遊んだ楽しい記憶もまた、この地にあるのだから。
「ならん」
「えっ?」
「この村に残るのであれば、井戸の使用を禁じる」
「…………えっ?」
「村長、それは」
厳しい表情をした村長がバティストに告げる。
村の財産である共同井戸の使用禁止。
それは、ほかに水を得る手段のない村において追放と同義だ。あるいは、村に残って野垂れ死ぬか。
行商人が取りなそうとするも、村長の表情は変わらない。
ここまで言われて、バティストはついに決断した。
決断するしかなかった。
小さな村で村長に逆らうことなどできず、井戸が使えなければいずれ死ぬしかないのだから。
「わかり、ました。王都に行きます」
「それでいい」
泣きそうになりながら答えたバティストに、村長は重々しく頷いた。
こうして、バティスト・オブレシオは生まれ育った村を出ることになった。
ひと間かぎりの小さな家には、荷造りに困るほどの家財道具もない。
村長と話した翌日には、バティストの姿は村の入り口にあった。
行商人の荷車にひと抱えほどの荷物を乗せて、バティストは村を振り返る。
見送りはない。
それでも、バティストは村に向かってぺこっと頭を下げた。
『ファイブ・エレメンタル』において、1周目は聖女パーティよりもレベルの高い「お助けキャラ」として。
2周目以降は、特定のイベントをクリアすれば仲間になる隠し攻略キャラとして活躍する、バティスト・オブレシオの旅立ちである。
もしバティストが村に残っていれば、職業「豪剣士」のバティスト・オブレシオが『ファイブ・エレメンタル』に登場することはなかっただろう。
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村を出るバティスト・オブレシオに見送りはいなかった。
バティストから、見えるところには。
村の入り口に一番近い家の裏には何人もの村人が集まっていた。
中には村長や、バティストの幼なじみにして村長の娘、一緒に遊んでいた同年代の友人、その親、バティストの両親と仲の良かった村人たちもいる。
というか、いくつかの家の陰に分かれて村人全員がいる。
目的はひとつ。
成長を願って送り出すことになった、バティスト・オブレシオの見送りだ。
「これでよかったんだよね、お父さん……」
「そうだ。バティストはこんな小さな村で埋もれる人間ではない」
バティストに厳しい顔を見せた村長は、泣きじゃくる娘の肩を抱いて歩き出す。
隠れていた村人たちも姿を見せて、先頭を歩く村長に続いていく。
村の若い衆は、文字が刻まれた二つの石を数人がかりで運んでいる。
行列が足を止めたのは、共同墓地の一角だった。
「儂が手紙を出さなければ……アイツは、こんな村に帰ってくることはなかっただろう」
若い衆が石を運ぶのを眺めながら村長が独りごちる。
その後悔を聞かされた娘は、村長のシワだらけの手をぎゅっと握った。
「職業・剣豪で、まだ20代半ばにしてBランク冒険者だった。こんな村に戻らなければ、儂が手紙なんぞ出して頼らなければ、アイツはきっとAランクになったはずだ」
村長が悔恨の涙を落とす。
二つの石——墓標は、二つの墓に立てられた。
墓碑には文字が刻まれている。
——英雄、ここに眠る——
——私たちは、二度と英雄に頼らない——
それは、村人たちの感謝と決意の表れだ。
「国の、大陸の英雄になるはずだったアイツを、こんな小さな『村の英雄』にしたのは儂だ。儂らだ」
バティストの父親は、森のヌシと目されるモンスターと戦い、相討ちになった。
もし村の狩人や何人かの村人が探索に同行していなかったら、バティストの父親が体を張って殿を務めることはなかっただろう。
もしバティストの父親が命をかけて倒さなければ、村は蹂躙されたことだろう。
バティストにとって、父親は英雄だった。
村長や村人にとっても英雄だった。
けれど、一歩村を離れれば、そんな英雄の存在は誰も知らない。
「だから……アイツの子を、英雄の職業である『豪剣士』を、こんな村に縛りつけてはならない。心残りを作ってはならない。バティストが——英雄が、二度と戻ってこなくていいように」
後悔しているのは村長だけではない。
救われた村人たちも同じだ。
だからこそ、村長の作戦に協力した。
まだ9歳の男の子が寂しそうにしても、心を鬼にして作戦を実行した。
すべては、バティスト・オブレシオを、小さな村ではなく、広い世界の「英雄」とするために。
「よーし! オレはやるぞ! 『村人』だって戦えるんだってとこを見せてやる!」
「俺も俺も! 俺なんてアイツに剣を教わったからな!」
「弓の腕を磨こう。狩りだけでなく外敵にも有効なはずだ」
「強い職業の英雄一人に頼るのではなく、『村人』全員でこの村を守る。それが、儂らの誓いだ」
「お父さん……私も、付与術士の腕を磨く!」
「ああ、それがいい。だが……お前も、村に縛られなくていいんだぞ」
「お父さん……そうだね、スキルを覚えて、強くなったら、前みたいにバティストの隣に……」
そう言って、幼なじみの女の子は、ネックレスの光石に魔力を込めた。
幼いバティストにプレゼントされた、河原で見つけたという小さな石に。
不器用な村人たちは、こうしてバティスト・オブレシオを送り出した。
英雄に頼らずとも、自分たちの村は自分たちで守る。
そう決意して。
けれど————
『ファイブ・エレメンタル』においては、バティストの故郷の村は壊滅する。
ゲームの上では、どんなルートを辿っても阻止できない。
聖女やバティストが知らない間に滅んでいるか、全滅直後にたどり着くか、幼なじみが死ぬ直前に間に合うかしかない。
どうあっても村は壊滅する。
主要キャラの「パワーアップイベント」で、「神シナリオライターがいない中のダークファンタジー気取り」のせいで。





