間話3 バティスト・オブレシオは村を出て王都を目指す1
リオナディア王国は栄えている。
今代の王は目立つ功績こそないもののよく貴族たちをまとめ、圧政を敷くこともない。
教会や冒険者ギルドなど、国を横断した組織ともうまくバランスを取り、王都の貧しい人が暮らす地域が拡大することもない。
騎士団や兵士のレベルが高いゆえか、他国から侵略されることもなく、人里を襲うモンスターを排除し、民の生活を守っている。
安定した治世のもと、王都や各地の都市で暮らす人々は穏やかな生活を送っていた。
だが。
都市や街道から離れた農村ではその限りではない。
特に開拓村や、「数代前まで開拓村だった」程度の農村では。
バティスト・オブレシオが生まれた村は、そんな小さな村だった。
ゲーム『ファイブ・エレメンタル』によく似たこの世界では、農業革命は起きておらず、機械を活用した大規模農業も行われていない。
魔法があるために違う歴史を辿っているのか、人を襲う強力なモンスターがネックになっているのか、それとも「ダンジョン」で食肉や農作物が採取できるゆえか。
その理由はともかくとして。
いかに王国が栄えていようと、都市や街道から離れた農村の暮らしは過酷なものだった。
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バティスト・オブレシオの朝は早い。
まだ夜が開ける前に目を覚まして、村の共同井戸に水汲みに向かう。
職業のおかげか、基礎ステータスのおかげか、9歳の小さな体で水をいっぱいにした水瓶を持ってもフラつくことはない。
水瓶を満たしたら顔を洗って朝ご飯だ。
今日の朝食のメニューは、干し肉と山菜のスープだった。
火を熾す手間と薪をケチって冷たいまま食べるのが、今日の、というか毎日の朝食だった。
ちなみに夕食も同じメニューだ。
腹を満たしたら家を出ていつもの仕事に向かう。
「忘れ物は……なし!」
ひと間だけの家をざっと眺めて、バティストは家を出た。
肩に担いだ布袋には、狩りをするための罠が入っている。
武器は背中に背負った長剣がひとつ。
同年代の子供と比べれば体が大きいとはいえ、少年はまだ9歳。
父親の形見である一般的な長さの長剣は、バティストにとっては大剣と言えるほどだ。
家を出たバティストは、そのまま村を出て外周、モンスターを防ぐ木の柵に沿ってぐるりと村をまわる。
元は村唯一の戦闘職だった父親の仕事だが、1年前に父を亡くしてからは職業・豪剣士のバティストが受け継いでいる。
もっとも、村長や村人に言われたのではなく自発的に。
そもそも、幼い頃に流行病で母を亡くし、1年前に父が死んで葬儀をあげて以降、バティストは村人とほとんど会話していない。
今朝も外周の見回りに行く際に何人かの村人とすれ違ったが、挨拶の声を出すのはバティストばかりだ。
無視されているわけではない。
バティストが「おはようございます」と目を合わせて言えば、村人は軽く会釈する。
だが、それだけだ。
幼なじみや同年代の友達や慕われていた年下の子たちと遊ぶこともなくなった。
バティストとまともに話してくれるのは、村長と時おり村に来る行商人だけ。
理由はわからない。
それでも、そんな暮らしを1年も続ければ慣れていく。
「今日も異常なし」
外周の見回りを終えたバティストは、山のふもとに広がる森に向かう。
農地を通り過ぎてまばらに木が生えるエリアを抜ければ、そこはもう森の入り口だ。
森に入る前に、バティストは震える体をぎゅっと腕で押さえつけた。
物心ついてからずっと父親に剣を教えてもらってきた。
村を守る戦士兼狩人だった父親は、戦い方のほかにも罠を利用した狩りや森での採取を教えてくれた。
職業判別の儀でバティストが「豪剣士」と判明してからは、より訓練の時間が長くなったけれど。
それはともかくとして、身寄りのない9歳のバティストが、村人の助けなく生きてこられたのは父の教えのおかげだ。
山のふもとの森に入っては山菜や果実、売れる薬草を採取して、時に鳥や獣を狩って暮らす。
一人になってからというもの、バティストはそうして生きてきた。
それ以外の生き方を知らなかった。
たとえバティストの本質が、臆病で気が小さく、優しい少年だったとしても。
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採取した森の恵みを布袋に詰めて腰に提げて、バティストは意気揚々と村に戻ってきた。
「山鳥にウサギ、今日は大漁だったなあ」
手には罠で仕留めた鳥とホーンラビットを持っている。
バティストが狩った獲物は、自分で消費することもあればこうして村長に持っていくことも多かった。
貢物、ではない。
「足りないのは塩と……罠用のロープもそろそろ考えておいた方がいいかも」
村長と、日用品を物々交換するためである。
いかにバティストが森で狩りや採取しているとはいえ、それだけで暮らしていけるものではない。
村人が会話してくれなくなったいま、バティストの交渉先は村長かたまに来る行商人だけであった。
ところが、この日はいつもと違った。
「あれ? 行商人さん?」
「やあ、バティストくん。キミに話があってね」
村長宅には、たまに村にやってくるいつもの行商人がいた。
ただいつもと違って、村の広場で店を開いた様子はない。
村長は行商人の横で静かに座っている。
ひとまず狩りの獲物と日用品をいくつか物々交換して、最近の村周辺や森の様子などの会話をして。
話が途切れたタイミングで、村長が行商人に目配せを送った。
行商人は一度目をつぶって息を吐いてから口を開く。
「バティストくん。この村を出て、王都で生活してみないかい?」
それは、村で孤独な生活を送っているバティストを見かねてのことか。
あるいは、職業・豪剣士の将来性を買ってのことか。
バティストを知る行商人は、まだ9歳の少年にそんな問いを投げかけた。
それは、公式設定資料集でさえ2〜3行で済まされる人物設定。
けれど、この世界ではたしかにキャラクターたちの過去だった。





