間話2 ドミンゴ・フォルジュは愛娘を追いかける2
スムーズに王都の北門を出て、ドミンゴを乗せた馬車は街道をひた走る。
「飛ばせ」
「え? いくら道が整備されてるとはいえ、この馬と馬車ではこれが限界で」
「『金属強化』をかける」
「…………ドワーフの固有魔法を見る機会があるとは」
「マノンに追いつくまで保てばいい。あとで直す」
「言質は取りましたよ!」
ゲーム『ファイブ・エレメンタル』において、「ドワーフが鍛治に向いている」には理由があった。
それが種族固有の魔法のひとつ「金属強化」だ。
この魔法で時には金床を、時には槌を強化し、素材によっては金属そのものを強化しながら鍛冶を行う。
そうすることで制作された装備は一段上の性能を発揮する。
それが、ドミンゴ・フォルジュが周辺諸国でも一番の鍛治師たるゆえんであった。
もちろん、素材の力を引き出す知識と技術あってのことだが。
ドミンゴが魔法を発動したのち、商人風の男はさらに馬車を加速させる。
それでもハーフリングと獣人の男たちは並走できている。
だが、商人風の男は、風の音にも負けず声を張り上げた。
「先行してください! 必要なら少女の救援を!」
「うーん、いらないんじゃないかなあ」
必死な呼びかけは、ハーフリングの呑気な声で断られた。
「なぜです!? まさかもう」
「どういうことだ」
座ってられないのだろう、高速で走る馬車の御者台に立つドミンゴが、ギロリとハーフリングを睨みつける。
「斥候が頼れないなら! 魔法で援護をお願いします!」
冒険者パーティ「未知への探求」の馬車に乗っているのは、御者台の二人だけではない。
商人風の男に呼びかけられて、幌付きの荷台からローブ姿の優男が顔を出す。
「喜んでばかりで風精霊と会話にならない」
「……は? エルフの貴方が、精霊と話が通じない? どういうことでしょう?」
ローブ姿の優男の耳は長く、その先端は尖っていた。
エルフである。
リオナディア王国で見かけることはめずらしい。
まあ、「未知への探求」は拠点を定めていないため、たまたまリオナディア王国にいただけなのだが。
「わからない。だが、瘴気嫌いの精霊がここまで喜んでいるのだ。魔物が劣勢なのだろう」
「は、はあ」
エルフの解説を聞いても、商人風の男は首を傾げる。
納得した様子はない。
だが、斥候の弓矢もダメ魔法もダメとなれば、遠距離から援護する手段はない。
無言で馬車を走らせると、【遠見】【索敵】を持たない商人風の男にも見えてきた。
「追いつきましたよ、ドミンゴさ……ん…………?」
止まった幌なし馬車と、横転した荷車。
その横にはゴブリンとオオカミが倒れていて、立っているモンスターはただ一体。
オーガだけであった。
それはいい。
出現情報が寄せられたオーガがいるのは予想通りだ。
ただし。
「ひゅー! まだちっちゃいのに、ニンゲンってすごいねー!」
「なかなかの動きだ。オレの方が速いがな」
「なるほど、これは風精霊が喜ぶはずです」
相対しているのが、人間の少女——それも、10歳の小さな女の子一人だというのは予想外だった。
女の子はオーガの拳や蹴りや体当たりや噛みつきを、ひらりひらりとかわしている。
かわすだけでなくスキを見て攻撃している。オーガと比べてはるかに小さな拳や細い足で。
それでも、ダメージを受けているのはオーガの方だった。
「これは……ドミンゴさんのお嬢さんは、細い感じのドワーフなんですか? それとも、ハーフリングですか?」
「ハハッ! あの子からは同族のニオイはしないよ、あの子はニンゲンだって!」
「では、あの歳でオーガと渡り合うと……?」
Cランク冒険者パーティ「未知への探求」にとって、一体のオーガは恐れるべき相手ではない。
どこで遭遇しても問題なく倒せる相手だ。
五人のパーティメンバーのうち一人以外は、オーガと一対一でも倒せる。
だが、10歳の頃であれば、誰一人オーガには勝てなかった。
「加勢、すべきでしょうか?」
「んー、やめといた方がいいと思うよ? あの子すっごい集中してるから、邪魔しない方がいいって!」
「危ない時には助けるよう、風精霊に伝えておきましょう」
「一発でももらったらオレが突っ込むわ!」
「回復魔法ヲ準備スル」
商人風の男の質問に、パーティメンバーが意見を出していく。
言い方は違っても答えは一つ。
見守って、もしもの時はフォローする。
変に助けに入って、女の子の集中力が途切れてしまう方が危ない、と思っての判断である。
「よろしいですか、ドミンゴさん」
「ああ」
娘を心配していたはずのドワーフも、無理には突っ込ませなかった。
それどころか、自身も身じろぎもせずじっと愛娘の——マノンの戦いを見つめている。
「未知への探求」五人とドミンゴが見守っていたのはわずかな時間だった。
ボディへの攻撃を積み重ねた女の子は、オーガの頭が下がったところにラッシュをかける。
頑丈なはずのアゴに、こめかみに、拳や蹴りが叩き込まれて、オーガは倒れた。
「すごい、ですね……」
「自慢の娘だ」
商人風の男が呆然と呟くと、御者台で仁王立ちするドミンゴが、長いアゴヒゲの下でわずかに口角を上げた。
満面の笑みである。ドワーフ比で。
「勝ったッ! 完全勝利ッ!!!」
拳を突き上げる女の子のまわりでは、エルフしか見えない「風精霊」が舞い踊って祝福していた。
「マ゛ノ゛ン゛ぢゃあ゛ぁぁぁぁあああああん゛!」
飛び込んで抱き合う二人の女の子を見て、情に厚い獣人の戦士がグスッと鼻を鳴らす。
小柄なハーフリングはヒューっと楽しげに口笛を鳴らし、回復魔法と盾を準備していたハーフジャイアントの神官戦士は集中を解いてのっそりと馬車から下りる。
「すみません、お役に立てませんでしたね、ドミンゴさん。残念ですが『なんでもする』という約束はなかったことに……」
「しなくていい。勇姿を見られた」
律儀に言う商人風の男の肩に、ドミンゴが力強い手を置いた。
追いかけなくても娘——マノンは勝利したことに変わりはない。
だが、「未知への探求」の馬車に乗せてもらわなければ、足の遅いドミンゴがマノンの戦闘を見ることはなかった。
もし娘に万が一のことがあっても、Cランク冒険者パーティがサポートに入ってくれる態勢を取っていた。
親としてはとうぜんの感謝である。
そして。
マノンに声をかけて、その小さく細い体を抱きしめたドミンゴ・フォルジュは——王都イチどころかリオナディア王国イチ、周辺諸国を合わせても一番の腕を持つ鍛治師は誓う。
娘とその親友——あとオマケが一人——強くなりたいと言うのなら、全力でサポートしようと。
持てる限りの力を以って、全身全霊で。
種族は違えど、娘であるマノン・フォルジュのために。
この瞬間。
プレイヤーからは「公式チートキャラ」とも呼ばれる凄腕鍛治師は、自重をやめた。闇に堕ちなかった錬金術師とともに。





