間話1 ドミンゴ・フォルジュは愛娘を追いかける1
王都の職人街、その裏通りにあるとある工房から。
「オレリアもおじさんもおばさんも! 必ず、助けて帰ってくる!」
「行け。俺も追う」
一人の女の子が飛び出していった。
送り出したドワーフは、ムスッとした顔で——本人としては普通の表情で——カウンターの板を跳ね上げて接客スペースに出る。
ノソノソと動いているようだが、ドワーフである鍛治師、ドミンゴ・フォルジュは精一杯急いでいるつもりだ。
種族的にもともと敏捷が低いドワーフの中でも、ドミンゴの敏捷成長値は最低の1。
とはいえ鍛治に必要な筋力や器用、さらに高ランクの鍛治に役立つ知力とHP・MPが高く、ドミンゴは己のステータスを誇りに思っていた。呪うことなどなかった。
並走できないゆえ、最愛の娘を送り出すことしかできなかった、いまこの時までは。
それでも娘に、マノンを追いかけようとドミンゴなりに急いで店を出ようとしたところで。
「待ってください」
商人風の男が一人、ドミンゴの鍛治工房兼販売所に入ってきた。
「やってねえ」
「そう言わずに。表まで話は聞こえていました。私たちは馬車を持っています」
ぶっきらぼうに客を切り捨てて、押しのけて外に出ようとしたドミンゴが足を止める。
ドワーフ、特にドミンゴは足が遅い。
人族やエルフより足が短く、敏捷値が低い。
とうぜん、ドワーフが走るより馬車に乗ったほうが早い。
「それに、私たちはCランクの冒険者パーティです。オーガの討伐に向かうと言えば、門で止められることもありません」
「乗せてくれ。なんでもする」
「王都イチの……いや、リオナディア王国どころか周辺諸国含めて一番の鍛治師の『なんでもする』ですか。惹かれるところではありますが、きちんと対価はお支払いします」
商人風の男が扉を開けて、ドミンゴが外に出る。
店の前には、男の言う通り一台の馬車が止まっていた。
「すぐに出ます。北門から王都の外へ。客人がいます、二人は下りるように」
「りょーかーい!」
「馬なんざ追い抜いていいんだろ?」
言いながら、商人風の男はひらりと御者席に上がる。同時に、小柄な男と獣人が馬車から下りた。
引っ張り上げられて、ドミンゴもまた御者席に座る。
馬車が動き出したところで、商人風の男があらためてドミンゴに声をかけた。
「それではあらためまして……はじめまして、ドミンゴさん。さらなる高みを目指して『放浪するドワーフ』に出会えたこと、光栄に思います」
「詳しいな」
「私たちは冒険者パーティ『未知への探求』。知識も情報も大切にしているんですよ」
話しながらも馬車を走らせて大通りに出る。
王都の大通りともなれば人は多く、通常なら馬車のスピードは緩めるしかない。
だが、「未知への探求」は速度を落とさなかった。
かわりに、並走する小柄な男が大声を張り上げる。
「はーい、みんなどいてどいてー! Cランク冒険者『未知への探求』が、オーガ討伐に行くぞー! ほらほらみんな、通して通してー!」
並走する小柄な男はハーフリングだった。
邪気のない笑顔と明るい声に、通行人は気を悪くすることなく道を開ける。
それどころか、道端からは「がんばれよー!」「さっさと倒してくれー!」などと、声援が送られた。
警戒の鐘が鳴ったこともあり、王都の耳早い住人はすでに「オーガが出没して北門が封鎖されそう」なことを知っていたようだ。
「それにしても、よかったんですか?」
「何がだ」
気が急くドワーフをなだめようとしてだろう、商人風の男が馬車を走らせながらドミンゴに話しかける。
「ドワーフは、子供が10歳の時に将来のための道具を贈ると聞きました。たいていは鍛治か採掘の道具だと」
「本当に、詳しいな」
「それが、娘さんに贈ったのは手甲と半長靴。戦いの道へ進ませようとしているとしか思えません」
「進ませよう、じゃねえ。進んでる。マノンが決めたことだ」
だから、親である自分は応援するだけ。
口にはしないが、その思いはドミンゴの表情を見慣れない商人風の男にも伝わった。
御者台でそんな会話がかわされていた横で、ハーフリングが走りながら巡回の兵士たちと言葉をかわしている。
兵士のリーダーらしき者が頷くと、集団から一人外れて駆けていった。
どうやら、Cランク冒険者パーティがオーガ討伐に向かうと知って、北門に知らせに行ったらしい。
そのスピードは馬車よりも速い。
ひょっとしたら、敏捷の成長値が最高でレベル15のマノンと同じぐらいの速度で。
もしマノンが見ていたらこう言ったことだろう。
そっか、軍だったら一芸特化の人を役立てるよね、敏捷特化でスキル構成整えたら伝令めっちゃ早そう、などと。
その場に残った兵士たちは、敬礼で馬車を見送った。
もちろん、王都に「オーガに対抗できる騎士や兵士」がいないわけではない。
ただ、それぞれに日常の役割がある。
上層部に報告が行って、危険性を検討されて、出撃の命令が下されて、出発の準備をして、となると時間がかかる。
即応性を考えたら冒険者が対応するのが早く、だからこその兵士たちの行動と敬礼であった。





