第十三話
「マ゛ノ゛ン゛ぢゃあ゛ぁぁぁぁあああああん゛!」
「無事でよかった。間に合ってよかった…………」
不意打ちを狙ったゴブリンライダーとオーガを倒した私はオレリアと抱き合う。
無事に助けられたオレリアは、涙と鼻水でびちょびちょだ。
制作会社が自称するところの乙女ゲー、『ファイブ・エレメンタル』ではオレリアとおばさんはここで死ぬはずだった。
でも——
——腕の中のオレリアは、あったかくてやわらかい。
ゲームと違って。
オレリアを抱きしめる私の腕には、返り血がついていた。
オーガのものかゴブリンやオオカミのものか、わからないけれど。
オレリアの肩越しに周囲を見る。
警戒は【地図化】と【索敵】で探ってるから、そういう意味じゃなくて。
王都から続く街道のうえとそのまわりに、3匹のオオカミと3体のゴブリンライダー、1体のオーガが転がっていた。
冒険者ギルドのコワモテおじさん職員に聞いていた。
倒したモンスターが消えて素材をドロップするのはダンジョンだけで、外で倒したモンスターは残るって。
だから「素材が丸ごと欲しいヤツは外で倒すんだ。その場で解体するか、運んでこなきゃならねえけどな」って教えてくれた。
だから、モンスターの死体が残ってるのは当然で。
私についた返り血が消えないのも、当然で。
乙女ゲーム『ファイブ・エレメンタル』によく似た——ひょっとしたら同じかもしれない——この世界は、現実だから。
もし私に前世の記憶がなかったら。
『ファイブ・エレメンタル』の知識がなかったら。
推しを助けるんだー!ってアホみたいな目標を立てなかったら。
8歳から鍛えてなかったら。
もし、間に合わなかったら。
間に合ってもオーガに勝てなかったら。
オレリアとおばさんは、死んでいた。
「よかった……私の知識は、私がしてきたことは、私の存在は、無駄じゃなかった…………」
泣いてるオレリアにつられて、涙がこぼれる。
なんだか震えてる気がしたので、ふわふわのオレリアにしがみついた。
怖かったのか、それとも安堵したのか。
前世では大人だったはずなのに、涙が止まらない。
きっと10歳の体に精神が引っ張られてるんだ。
そうして、私たちはしばらく抱き合って、二人で泣いていた。らしい。
「マノンちゃん、本当にありがとう。マノンちゃんは私たちの命の恩人だよ」
「おじさん……」
違うよ、オレリアとフィロメナおばさんの命の恩人かもしれないけど、おじさんは助かるはずだったよ、なんて言えない。
「フィロメナもお礼を言いたがったのだけど、MP切れでね」
「気にしないでください。おばさんに教えてもらった『魔法の鍛え方』のおかげでもあるんです」
「それにしては強すぎたような……」
「あっ」
「安心してほしい、マノンちゃん。命の恩人が話したくないのなら、私たちは何も聞かないよ。本当に、ありがとう」
「おじさん……」
オレリアを背後から抱きしめて、おじさんが深々と頭を下げる。
そこに「闇堕ち錬金術師」の面影はない。
見れば、馬車の荷台にいたおばさんも、ちょっとだけ顔を持ち上げて会釈してくれた。
MP切れで寝てなくちゃいけないほどツライはずなのに。
「でも…………私は助けられなくて」
そう。
オレリアとおばさんを助けるのには間に合った。
隠し攻略キャラ『モンスター絶対殺すマン』になるはずの男の子を助けることもできた。
ただ、男の子と一緒にいた男性は死んだ。
間に合わなかった。
「もし私がもっと早く来ていたら——」
「気にしすぎちゃいけないよ、マノンちゃん。神様じゃないんだ、思い通りに人を助けるなんて不可能なんだから」
いやおじさん思い通りに人を復活させようとしてましたよね!?
ゲームの中の話ですけど! このおじさんじゃなくて闇堕ち錬金術師のことですけど!
ここは現実でゲームの中の世界じゃない。
そう思ったばっかりなのにまだ慣れない。
倒れた男性の前でしゃがみこんで呆然としてる男の子に声をかけようとしたら、おじさんに止められた。
落ち着くまで、もう少し一人にしてあげようって。
泣き叫んだり暴れたりしてたらそばにいてあげた方がいいけど、そこまでじゃなさそうだからって。
厳しい。
でも、死が身近なこの世界ではそういうものなのかもしれない。
オレリアと手を繋ぎながら、私はそんなことを考えていたら。
「マノン!!!!」
街道を走る馬車の音には気づいてた。
というか、【地図化】と【索敵】の合わせ技で頭の中に浮かぶマップに、味方を示す青い光点が近づいてきてるのはわかってた。
ただ、光点は6つあって、誰なんだろう?とは思ってたけど。
馬車の御者台に、戦槌を持ったお父さんが立っている。
「お父さん!」
駆け出すと、お父さんは走る馬車からぴょーんと飛び降りた。
ズンッとやたら重い音で着地したお父さんに飛びつく。
小柄だけどがっちりしたお父さんはビクともしない。
「無事か?」
「うん! オレリアもおじさんもおばさんも、みんな無事だよ! あと男の子が無事で、その、男の人は間に合わなくて、私が、もっと速ければ、もっと早くに気づけば」
「マノン」
頬を両手で挟まれて、ぐいっと顔を上げさせられる。
鍛治に打ち込んでる時と同じように真剣な目をしたお父さんは。
「よくやった。自慢の、娘だ」
そう言って、ぎゅっと抱きしめてくれた。
ふええって、まるで幼女みたいに泣く女の子の声が聞こえてくる。
オレリアの声とは違うって、それが自分の声だって気づくまで時間がかかった。
変なこと言い出した私を、お父さんは何も言わずに送り出してくれて。
それどころか装備まで用意してくれてて。
オーガやゴブリンライダーの死体を見て「よくやった」って言ってくれて。
私が抱きついても、ぎゅっとしがみついても、お父さんは揺らぐことなく受け止めてくれる。
お父さん——ドミンゴ・フォルジュは、鍛治の腕を磨くためにドワーフの王国を出て旅をしていた鍛治師。
寒村で人間の娘を託されて、育児のために王都に工房を構えた。
エルフほどじゃないけどドワーフは長命で、その長い人生を鍛治に打ち込む者も多く、なかでもドミンゴ・フォルジュは武器も防具もアクセサリーだって作れる凄腕。
でも……そんな、公式設定集の情報は関係ない。
お父さんは、お父さんだ。
ゲームに似てるけど、この世界は現実なんだから。
親友の、オレリアの死っていうシナリオは変えられた。
フィロメナおばさんも生きてる。おじさんも闇堕ちしてない。
これで、この世界は『ファイブ・エレメント』のシナリオから外れたかもしれない。
でも————
そんなのどうだっていい!
もうこうなったら、「ダークこそ至高」思考でやたら胸糞要素入れたがるクソシナリオライターの、主要キャラ以外救いのないシナリオをぶっ潰してやる!
友達は助ける! 悪役令嬢も助ける! 悲惨なイベントも(できるだけ)防ぐ!
私は「鍛冶屋の看板娘」じゃない!
私は、マノン・フォルジュだ!
だいたいねえ、ダークファンタジーやりたいんならちゃんとお金積んで神シナリオライター手配しなさいよォーーー!!!
そこが甘かったらダークファンタジーなんて成り立たないでしょうが!!!!!





