第十二話
「よし! 私は!! 間に合った!!!」
「…………マノン、ちゃん?」
オレリアの声が震えてる。
フィロメナおばさんと目が合ったけど私に言葉はかけてない。
おばさんはもにょもにょと、聞き取れない言葉を喋っていた。
精霊語だ。
予想はしてた。
ハーフエルフで人族よりMP多いはずのおばさんが使える「ただひとつの魔法」は、精霊魔法だろうって。
「制作会社いわく乙女ゲー」の『ファイブ・エレメンタル』では、精霊魔法はピーキーな仕様だった。
MP消費が多く、強力だけどなかなか言うことを聞かない。
言ってみれば、操作不能なNPCがパーティに一人増える、みたいな。
ハマれば強いけど言うことを聞かない流れに当たったら特に役に立たないっていう。
でも、おばさんは精霊語で意思疎通して男の子をオーガから守れてる。
「おばさん、あと10秒だけ水の精霊に耐えてもらって!」
返事はない。
ただおばさんは、目を見開いたままコクッと頷いてくれた。
震えるオレリアが心配だけど、頭の中から思考を追い出す。
いまは敵への対処が先だ。
3匹のオオカミと3体のゴブリンライダーに意識を向ける。
赤い光点は3つ消えてて、最初の飛び蹴りを喰らったオオカミと、最後のかかと落としを受けたゴブリンライダー&オオカミは倒せたっぽい。
残る1匹のオオカミ——殴ったヤツ——は地面に転がって虫の息だ。
ってことは、身近な脅威は2体のゴブリンライダーだけ。
「いくら普通のゴブリンより強くても! 騎乗してないならただの雑魚!」
瀕死のオオカミの近くにいたゴブリンに向けて、荷台から飛びかかる。
ゲギャ?とかわいくない声で顔を上げたところを蹴ると、バキッと手応え——足応え?——があった。
赤い光点が消えるのを確認して馬車の前に駆ける。
こっちのゴブリンライダーはたいしてダメージ受けてなかったらしく、私に棍棒を振り下ろしてきた。
「こんなの! スケルトンナイトと比べたら遅すぎる!」
前に出ながら屈んで【回避】して、みぞおちに拳を叩き込む。
このまま連撃を——と思ったら、ゴブリンライダーの光点が消えた。
「突撃犀の手甲、攻撃力高いのかも! さすがお父さん!」
オレリアとフィロメナおばさん(あとおじさん)に奇襲をかけてきた6体のモンスターは倒した。
残すは、本命。
「お待たせ、おばさん! あとは自分たちの身を守っててくれればいいからね!」
「マノンちゃん、危ないよぅ、だってあれはオーガで」
「大丈夫、オレリア! 私、強いんだから!」
オーガだけだ。
私を脅威と認めたんだろう、オーガが荷車と男の子からこっちに向き直る。
オーガの身長は2メートルぐらい。
赤い肌のムキムキマッチョで、額からは一本のツノが生えてる。
武器はなく、腰のあたりに動物の皮を巻いている。
『ファイブ・エレメンタル』ではレベル20ぐらいのパーティで戦う相手で、各種ゴブリンやオーガが出るダンジョン「鬼の住処」のダンジョンボスだ。
ただそれよりも、物語の後半——瘴気に侵されたフラメリア領では武器持ち・職業持ちのオーガが複数で出てきて聖女パーティをボコる方が有名だった。プレーヤーにとっては悪夢として。
「それと比べたら、ただのオーガなんて!」
適正レベルに届いてないけど、格上との戦いは慣れてる。
それに、オーガの両足は傷ついてダラダラと血が流れていた。
おじさんが炸裂玉を使ったんだろう。
最初に見たときは傷がなくて、炸裂する音は聞こえなかったけど。
仕様変更かな?
とにかく。
ほかにモンスターはいない。
オーガは傷ついてる。
格上とは戦い慣れてる。
オーガは怪我してることなんて気にもせず悠々と歩いて私に向かってきて。
「ガアアアアアッ!」
吠えた。
一瞬ビクッとしたけど、体の中で練ってた魔力が硬直を打ち払う。
「うん、警戒してた【咆哮】にも対抗できてる!」
『ファイブ・エレメンタル』ではこの咆哮がやっかいだった。
オーガよりレベルが低かったり耐久が足りないと硬直しちゃって、モーションコントローラーが利かなくなって。
無防備に一発か二発、威力の高いオーガの物理攻撃を喰らうっていう初見殺しで。
レベルは足りないけど、このオーガ相手なら私の耐久でも抵抗できた。
【魔力操作】と『身体強化』も役に立ってるっぽい。
オレリアに教えてもらった【魔力操作】と、一緒に練習した【無属性魔法】が。
あとさっきゴブリンを瞬殺して気づいたことがある。
私は、人型のモンスターがどう動くか、予想できる。
「来るッ! 突進からのぶちかまし!」
オーガの骨盤の動きを感じて攻撃を予測する。
オーガが一歩目を踏み出した時には、私は男の子がいる荷車やオレリアたちのいる馬車から離れる方に移動していた。
肩を突き出して走ってきたオーガを余裕で【回避】する。
すれ違いざま、横腹——あばら骨の一番下の一本にフックを叩き込む。
ポキッと、折れた手応えがあった。
「よし! 人型なら! 骨の構造はイヤっていうほど知ってるからね!」
8歳から2年間、ずっとスケルトンを相手してきた。
どの骨がどう動いたらどんな攻撃してくるかずっと見てきた。
【回避】から【見切り】を覚えるほど。
スケルトン以上に大きなオーガでも、サイズを脳内で調節すればどこにどの骨があるかだってわかる。
「マノンちゃん……すごい…………」
オレリアと一緒にがんばってきた2年間は、一人でダンジョンに通った2年間は、無駄じゃなかった。
最初は、お気に入りのキャラで不憫な運命をたどる悪役令嬢エリアーヌ・フラメリアを救うためだったけど。
レベルが上がるようになってから、スキルを覚えるようになってからは、強くなることが楽しくなってたのは否定できないけど。
でも。
「私の努力は! きっといまこの時、オレリアを助けるための!」
4年間は、無駄じゃなかった。
オーガの大振りなパンチを【回避】する。
懐に飛び込んで、みぞおちに拳を突き込む。
私を掴もうとオーガが手を伸ばしてきた時には、私はもうそこにはいない。
回避アタッカーの本領発揮だ。
いったん離れると、オーガはゴバッと口から血を吐いた。
折れたあばら骨のせいか、いまの攻撃で内臓にダメージが通ったか。
私は「敏捷の高いスピード型」って言っても、ちゃんと筋力だって数値が伸びてる。
「それに……いままでただの皮の手袋だったけど……いまはお父さん謹製の突撃犀の手甲だからね!」
ゲームにない武器だったから正確にはわからないけど、たぶんコレだいぶ攻撃力高い。
あと付与もついてるっぽい。
おそらく、攻撃のあと、遅れて追加ダメージが乗る【衝撃】が。
「おじさん! ほかにモンスターがいないか警戒して! おばさんはオレリアと男の子を!」
格上でも、素手で人型、近接タイプのオーガとの相性はいい。
おじさんとおばさんに指示を出す余裕があるほどに。
それでも私は油断することなく戦った。
【回避】しきれないオーガのパンチやキックは、手甲の強化部分で受け流す。たいしてダメージがないのはお父さんの装備のおかげと、鍛えてきた【打撃耐性】の効果だ。
身長の問題で頭や顎には手が届かないから、足や胴を中心に攻撃を重ねて。
ボディが効きすぎて頭が下がったところに拳と蹴りを叩き込んで。
やがて。
オーガはずぅんっとその巨体を地面に倒した。
私は構えを解かずに横たわるオーガを見つめる。
残心、じゃない。
【地図化】と【索敵】の合わせ技で頭の中に表示される光点が消えるまで、オーガから目を離さなかった。
すぐに赤い光点がすうっと消える。
「勝ったッ! 完全勝利ッ!!!」
表示される周囲に、ほかに赤い光点がないことを確認した私は、両手を天に突き上げた。
私は、勝った。
この4年間は無駄じゃなかった。
私の前世の記憶は、『ファイブ・エレメンタル』の知識は無意味じゃなかった。
違う。
戦った私と、武器をくれたお父さんと、一緒にがんばってきたオレリアと、男の子を守ったおばさんと、オーガの足を傷つけてくれたおじさんと、身を挺して男の子をかばった男性と、パニクって変な行動を冒さなかった男の子は、勝った。
これは、みんなの勝利だ。
振り返る。
「マ゛ノ゛ン゛ぢゃあ゛ぁぁぁぁあああああん゛!」
と、泣きながら、オレリアが飛び込んできた。
「無事でよかった。間に合ってよかった…………」
オレリアは、いつも通り、やわらかくて、あったかい。





