第十一話
店を飛び出して走る。
成長値が人族のMAXだった敏捷は、レベルが上がったいまは90だ。
全力で走れば、そこらの冒険者にだって——たぶんパワー派の冒険者や現段階の攻略キャラにだって——負けない。
職人街の通りから大通りに出る。
通行人や馬車がいるから、いつもは全力で走ることなんてないけど……。
スキル【俊足】【移動速度上昇】【跳躍】を駆使して、それどころか【地図化】と【索敵】の合わせ技で頭の中に表示される光点さえ利用して、大通りを高速で駆け抜ける。
「速く! もっと、もっと速く! 《身体強化》!」
無属性魔法の『身体強化』を発動してさらに加速する。
冒険者ギルド前を通り過ぎる時に、外に出てたいつものおじさん職員に見られた気がするけどそんなことどうでもいい。
北門が見えてきた、でもまだ10歳の私は門を通れない。
いつもの状態ならスピードに任せて強行突破できるかもしれないけど、オーガの出現で北門から外に出る人は止められてる。
だから私は、いつものように——今日もそうしてきたように、路地に入った。
私がはじめてゲットしたキーアイテム「地下水路のカギ」を使って、チュートリアルダンジョンの階段を降りる。
きぃきぃ出てきたビッグラットなんて無視して駆ける。
広間のビッグラットもポイズンスパイダーも戦うことなく、崩れた石壁を通り抜ける。
ダンジョン「王都地下水路」にたどり着いたタイムは最速だろう。
薄暗い通路を駆けていくと、かちゃかちゃ硬質な音が聞こえてくる。
「もう! うっとおしいなあ! 明日なら相手してあげるから!」
スケルトンだ。
さっきぜんぶ倒したのに、一度ダンジョンを出たからモンスターはもう復活してた。
でもいちいち倒していく時間はない。
せっかくお父さんがくれた新しい装備だけど、使い道はここじゃない。
ううん。
効果がわからない突撃犀の手甲はともかく、軍馬の半長靴は「使ってる」とも言える。
ゲーム『ファイブ・エレメンタル』にも存在した軍馬の半長靴は、防御力よりも【移動速度上昇+2】【体力回復強化+1】のおかげで人気の装備だった。
フィールドやダンジョンでの移動速度が速くなる半長靴は、中盤まで好んで使ってたプレーヤーも多い。
RTA勢にも利用されてたっけ。乙女ゲーとは。
たぶん、「軍馬」は移動速度が優れてるだろってことと、『ファイブ・エレメンタル』に「疲労度」のパラメーターはなかったから「疲れにくい=体力回復しやすい」でこの付与スキルになったんだろう。
とにかく、急いでるいまは本当にありがたい装備だ。
「ありがとうお父さん! 軍馬の半長靴と! 敏捷90と育てたスキル群なら! ダンジョンだって駆け抜けられる!」
スケルトンもスライムも、群れで出てくるビッグラットもポイズンスパイダーもぜんぶ無視する。
角を曲がるついでにうしろをチラ見すると、はるか後方をモンスターの集団が追いかけてきてた。
追いつかれる心配はない。
「トレインだけど、なすりつける相手もいないしね! あとは……」
パーティ単位で出てきた職業別スケルトンの間を抜ける。
【回避】【見切り】もフル稼働させて、それでも避けられないのは突撃犀の手甲で受けて。
できるだけスピードを落とさずに、相手することなく通り過ぎる。
そうして、私はダンジョン・王都地下水路の奥、広間に駆け込んだ。
「よし! スケルトンナイトのリスポーンはなし!」
スケルトンナイトはキーアイテムを落とすイベントボスだ。
一度倒してダンジョンを出ても、ほかのモンスターと違ってイベントモンスター・イベントボスは復活しない。
この場所では二度と戦えないのはちょっともったいない気がするけど、いまはそれどころじゃない。
「ゲームの通りなら……あった! ここに『地下水門のカギ』を……!」
私が手に入れた二つ目のキーアイテム、「地下水門のカギ」を差し込み、ひねってから隣のレバーを引き下ろす。
ゴゴゴと低い音がして、水路をふさぐ鉄格子が上がっていく。
ガチャンッ!と音を立てて止まった時には、鉄格子でふさがれていた水路の横の通路を通れるようになっていた。
「『水門』のカギのクセに操作できるのが水門じゃないなんて! ネーミング考え直せ!」
こういう設定の甘さとか、神シナリオライターを手配しなかったせいで生まれたクソシナリオとか。
ゲーム制作会社への恨み言を言いながら通路を抜ける。
通りすぎざまに、向こう側にもあるレバーを上げれば、鉄格子がまた降りていく。
これでトレインしたモンスターが外に出ることはないだろう。
トンネル状になった薄暗い通路を抜ければ、そこは川のほとりだった。
「たしかに堤防からは死角になってるけど……なんでいままで誰も気付かなかったんだろ」
これが「ゲームの強制力」ってヤツなんだろうか。
ひょっとしたら「ダンジョンを出てもう一度入るとモンスターが復活している」のと同じように。
だとしたら、王都のそばにオーガがとつぜん現れたのは。
オレリアとおばさんは。
「認めない! そんなの、ぜったい認めない!」
立ち止まることなく、私は堤防を駆け上がる。
王都周辺は川も街道も整備されていて、でも(物心ついてから)初めて外に出たから【地図化】に頼るよりは自分の目で見た方が早くて——
「あった! あれが北の街道だ!」
堤防を上り切った勢いのまま【跳躍】すると、すぐに見えた。
街道に出てひた走る。
ずっと走り通しなのに息も上がらないのは自前の【体力回復強化】に、軍馬の半長靴の【体力回復強化+1】のおかげだろう。
「間に合う……! 間に合わせてみせる……!」
頭の中、【地図化】で表示される地図に注意を向けながら走る。
もう避難が終わってるのか、すれ違う人はいない。
いつもならこの辺の畑を手入れしてるはずの農民も、行商人も商人も、冒険者さえ見かけない。
「これもゲームの『過去回想』とつじつまを合わせるため? でも……いたっ!」
まだ目には見えてこない。
けど。
【地図化】で見える地図、まだ行ったことないから道さえ表示されてない、グレーになってる場所に。
【索敵】で感知した光点が表示された。
モンスターを示す赤色がいくつか。
『ファイブ・エレメンタル』中で重要人物を示す黄色がひとつ。
それに。
味方を示す、青い光が3つ。
青い光点には、合計6つの赤い点が近づいていた。
「気づいて、オレリア! おじさん、おばさん!……ううん!」
青い光は動かない。
気づいてないのか、もしくは動けない理由があるのかもしれない。
だから。
「ああああああ! 間に合ええええええええ! 『身体強化』!」
全力疾走していた私は、さらに加速した。
【魔力操作】で体内魔力を練り込んで、無属性魔法『身体強化』を重ね掛けして。
ぐんぐん景色が流れていく。
見えた。
街道を外れて横転した荷車、その横に倒れる大人一人、腰が抜けて震える男の子。
男の子に悠々と近づいていく赤い肌の大きなオーガの前で、半透明の女性が『水壁』を張っている。
水壁の前、堀がわりの穴と壁は小さくて、とてもオーガの足を止められそうにない。
そして、街道のうえ、私に近い方には。
幌なしの馬車の荷台の上で、オーガに炸裂玉を投げようとするおじさんと、必死で魔法を維持してるおばさん、震えながらまた魔法を使おうとしてるオレリアがいた。
三人とも、男の子とオーガの方を見てる。
うしろから迫るオオカミ——違う。
オオカミを使役して騎乗する、3組のゴブリンライダーに気付かないまま。
あと何秒かしたら、不意打ちされる三人は危なかったかもしれない。
でも。
静かにオオカミを跳躍させたゴブリンライダーの背後から、私も【跳躍】する。
「届けぇぇぇえええ! くっ、なら! 『魔力障壁』!」
空中で一度、無属性魔法『魔力障壁』を踏んで、さらに加速して。
私は、めいっぱい足を伸ばした。
軍馬の半長靴の爪先に、肉がめり込む感触がする。
正面のひと組を吹き飛ばして、反動で留まった空中で拳を突き出して右のひと組をぶん殴って。
「もう一度! 『魔力障壁』!」
作り出した魔力障壁を踏んで空中で態勢を整えて、ゴブリンライダーとオオカミ、最後のひと組に回転かかと落としを喰らわして。
荷台に着地する。
オレリアも、おばさんは無事だ。あとおじさんも。闇堕ちしてない。
「よし! 私は!! 間に合った!!!」
「…………マノン、ちゃん?」





