第十話
「ただいま! お父さん、北門の先でオーガが出たって!」
「聞いてる」
店のドアを開けると、カウンターの向こうにお父さんがいた。
しかも、めずらしく愛用の鎧と兜をつけて、隣には戦槌を置いている。
「お父さん? どうしたのその装備?」
「もしものためだ」
「まさか! オーガが王都の門を破るなんて無理に決まってるよ!」
「知らん。守るものがある」
「お父さん……」
ドワーフで凄腕鍛治師のお父さんは、「外でオーガが出た」と聞いただけで、私を守るために完全武装したらしい。
お父さんの愛が深い。でもちょっと深すぎない?
「そうだ! お父さん、オレリアたちは平気かな、素材採取旅行ってどこ行くのかな、南門から出たんだし南だよね? お父さん知ってる?」
「聞いていない。だが」
「だが?」
「心配いらん。一人はハーフエルフで魔法が使える」
「そっか、オレリアが言ってた! フィロメナおばさんは一発だけだけど大きい魔法を使えるって! 人よりMPが多いハーフエルフの全力だもん、オーガも一撃だよね!」
「かもしれん。それに」
「それに?」
「アイツは『錬金術師』だ。アイテムを駆使して家族ごと逃げるぐらいはできる」
お父さんの完全武装よりめずらしいお父さんの長文!
へえ、おじさんは職業「錬金術師」なんだ。
ってことは『ファイブ・エレメンタル』に出てきたアイテム、逃走用の煙玉とかモンスターと遭遇しにくくなる匂い袋とか、万が一があっても各種ポーションや炸裂玉なんかも使えるわけで。
うん、もし遭遇してもなんとかなる気がしてきた。そもそも遭遇しないかもしれないんだし!
「おじさんって『錬金術師』だったんだね。おばさんが『薬師』で、よく店番してるおじさんは『商人』とかかと思ってた」
「秘密だ」
「え?」
「アイツが『錬金術師』なのは秘密だ。錬金術師は忌避される」
そういえば、ゲームの中でもそんな描写あったし公式設定集にも書いてあったっけ。
悪用される物を作れるから、貴族や公的機関に所属してないフリーの錬金術師はいい印象を持たれてないって。
それが通称「闇堕ち錬金術師」の闇堕ちっぷりを悪化させて————
「闇堕ち、錬金術師? ……オーガ!? まさか!!!」
「マノン?」
「イベントじゃなくて聖女たちが戦うんでもなくて! 隠し攻略キャラ『モンスター絶対殺すマン』の過去回想!」
「どうした、マノン」
「とある錬金術師の奥さんと娘さんが、男の子を守るために死んじゃって! 自分のせいだって男の子が『モンスター絶対殺すマン』になって!」
顔からさあっと血の気が引く。
ふらっとよろけた私の肩をお父さんがゴツゴツした手で掴む。
「錬金術師が、闇堕ちして、最愛の奥さんと娘を蘇らせるために非道な人体実験で薬を開発しようとして、邪魔する聖女たちの敵になるっていう」
闇堕ち錬金術師はそういうキャラだった。
後半でようやく正体がわかって、名前はメナリア。
女の子みたいな名前だなあって————
「ああ……おばさんは、フィロメナ・フィジク。オレリアは、オレリア・フィジク。二人の名前を取って…………」
つまり。
『ファイブ・エレメンタル』の中では。
オレリアも、フィロメナおばさんも、死ぬ。
この、王都の北に出たオーガとの戦いで。
村から王都に向かっていた「隠し攻略キャラ」を守るために。
隠し攻略キャラのトラウマとして。
闇堕ち錬金術師の動機付けとして。
6歳の頃から、ううん、私がここに越してきた頃から、マノンちゃんマノンちゃんってニコニコくっついてきたオレリアが。
8歳までずっと一緒に過ごして、いまでも休みの日に勉強教えてもらって、私のことを親友だって、優しくて、私が変なこと言ってもいつもニコニコしてて、抱きしめるとふくふくであったかくてやわらかくて、大切な、私の親友が————
————死ぬ。
今日、もうすぐ。
クソみたいなシナリオの都合とキャラ設定のせいで。
それが、『ファイブ・エレメンタル』の出来事で、ここは『ファイブ・エレメンタル』の世界だから。
「…………認めない」
お父さんが作ってくれたオーバーオールの中に手を突っ込む。
懐に隠してたアイテムポーチ(小)から、キーアイテム「地下水門のカギ」を取り出してぎゅっと握る。
「私は、そんなの認めない! オレリアが、おばさんが、オーガに殺されるなんて!」
お父さんが向かいで眉を寄せた。
目を見るだけで、行くな、と言っているのが伝わってくる。
でも。
「ごめんね、お父さん。どんなに止められても、私は行くよ」
「出られない」
「こっそり街の外に出る方法があってね、今日ちょうど出られるようになったんだ。だから——」
行くね、と言おうとしたら。
お父さんはふうっと大きく息を吐きだして、私の肩から手を離して、ごそごそとカウンターの下を漁る。
「お父さん?」
カウンターに、ドンッとふたつの装備が置かれた。
手袋……違う、ただの手袋じゃない。
ナックルパートにゴツゴツしたパーツが取り付けられて、手首はひじの途中までを守る手甲と一体になった手袋。
大人サイズより小さな…………まるで、私のために作ったような。
もうひとつは、『ファイブ・エレメンタル』でグラフィックを見たことがある。
私の戦闘スタイルにも合っていて、いまこの時に一番役に立つ半長靴。
こっちも大人用よりひとまわりもふたまわりも小さくて。
「使え」
「お父さん……?」
「突撃犀の手甲と軍馬の半長靴だ」
言いながら、お父さんが私の手を取って皮の手袋を脱がせる。
呆然としてるうちに、手に新しい装備がはめられた。
お父さんいわく「突撃犀の手甲」が。
指をぐにぐに動かしてみる。
ぴったりだ。
まるで、誂えたみたいに。
「なんで……お父さんが、これを、私に」
「俺は鍛治師で、マノンの父親だぞ」
「それはそうだけど、でもサイズはともかく、なんで私が【体術】スキルで——」
「どう戦うか、どう戦ってきたかなんて見りゃわかる」
お父さんが目を細める。
突撃犀の手甲は、私にぴったりだった。
手に吸い付いて動きを阻害しないところも、打撃に使う部分に施された強化パーツも。
手首から肘の途中ぐらいまで、外側——私が受けに使ってきたところ——には革が張られてる。
お父さんは、私がどう戦おうとしているかわかってくれてる。
どう戦ってきたか、知っている。
でも、止めないでいてくれた。
8歳から2年間も。
きっと私が何も言わなかったから。
それでも、私を応援して。
私にぴったりの装備を作ってくれた。
涙をこらえて半長靴の紐を結ぶ。
サイズが合うのなんてわかってる。
お父さんは、「公式チートキャラ」で、王都イチの鍛治師なんだから。
ありがとう、お父さん。
いままでのこともお礼も、帰ってから言うね。
「オレリアもおじさんもおばさんも! 必ず、助けて帰ってくる!」
立ち上がって、私は走り出した。
「行け。俺も追う」
お父さんの、そんな言葉に送り出されて。
……そうだね、一緒に行ってもドワーフの走力じゃ結局置いていくことになっちゃうもんね。
行ってきます、お父さん!
親友と、おじさんおばさんを救うために!
神シナリオライター不在だった『ファイブ・エレメンタル』の、運命を変えるために!





