第九話
頭の中に表示されるマップに、モンスターを示す赤い光点が近づいてくる。
【地図化】と【索敵】のスキルを持ってると可能になる合わせ技だ。
近づいてくるのは6体。
カタカタ鳴る音からするとスケルトンだろう。
ダンジョン・王都地下水路に入りはじめた2年前や、レベルが上がりにくくなった1年前なら撤退を選んでいたはずだ。
でも。
「ふふん! 以前の私とは違うのだー!」
スキルを鍛えると決意してから1年、日々訓練を積んできたいまの私は違う。
そもそも、当時の私ならこんなに深くダンジョンに潜ったりしなかった。
入り口付近と違って広くなった通路に現れたのはスケルトンが6体。
それも、錆びた武器だけを持った素のスケルトンじゃない。
「盾持ちソルジャーが3体、ランサーが2体、ソーサラーが1体。バランスの取れたパーティだなあ。こっちはソロなのに!」
スケルトンは私の愚痴を気にすることなく(耳ないしね)、隊列を組んで近づいてくる。
盾持ち3体が前列、槍がその間で、魔法使いは最後尾。
ボス間近のこのあたりになると、スケルトンたちも連携を取ってくる。
ダンジョン・王都地下水路にやってきた5人の聖女パーティにはちょうどいい相手だろう。
1年前の私ならしんどい、半年前の私なら戦い終わったら「今日は帰ろう」ってなってたはずだ。
けど、今日は違う。
「群れたところでザコはザコ! さくっと倒して、その奥に行かせてもらいます!」
自分に言い聞かせて、【俊足】と【移動速度上昇】を活かして私から駆け寄る。
突き出された3枚の盾と2本の槍を【跳躍】でひらっとかわして、目指すは一番うしろのスケルトンソーサラーだ。
魔法を発動される前に、【魔力感知】が捉えた魔力の源——スケルトンの核・魔石——を貫手で砕く。
魔法使いが倒れてドロップアイテムになったら、あとは簡単。
スケルトンソルジャーもランサーも、物理攻撃しかない。
盾持ちソルジャーの小剣も、ランサーの槍も【回避】と1ヶ月前に覚えた【見切り】で避けていく。
囲まれたらランサーに接近して、取りまわしづらい槍の間合いの内側から【体術】で拳を叩き込む。
一発で倒せなくても焦らず、ちゃんと周囲を把握して少しずつ削っていく。
3分もすれば、5体のスケルトンはすべて素材になった。
「よし! 順調順調!」
スケルトンがドロップした魔石と武器をアイテムポーチ(小)にしまって少し歩くと、すぐに広間が見えてきた。
この1ヶ月は、ここで引き返してスキルを磨いてきた。
でも今日は、この奥——中ボスに挑むつもりだ。
ダンジョン・王都地下水路に入るようになってから2年弱。
スキルを中心に鍛えるようになって1年。
いまの私はこんな感じだ。
名前:マノン・フォルジュ
種族:人族
職業:商人
レベル:15
HP:314(-18)
MP:211(-9)
筋力:75(-3)
耐久:56(-3)
敏捷:90(-3)
知力:40
器用:58
スキル:
体術LV7(UP!)
体力回復強化LV5(UP!)
回避LV7(UP!)
見切りLV3(NEW!)
移動速度上昇LV4
俊足LV4(UP!)
跳躍LV5(UP!)
索敵LV4(UP!)
打撃耐性LV5(UP!)
刺突耐性LV3(UP!)
斬撃耐性LV6(UP!)
毒耐性LV3(NEW!)
闇耐性LV3(NEW!)
無属性魔法(身体強化、弾丸、魔力障壁、結界)
魔力感知LV4(UP!)
魔力操作LV5(UP!)
算術LV5(UP!)
ユーレリア大陸西方語LV4(UP!)
礼儀作法LV2(UP!)
交渉
運搬LV3(UP!)
地図化
称号:なし
継戦能力を高めて集団戦もこなせるようになって、伸び悩んでいたレベルも上がるようになった。
新しく覚えたスキルは【見切り】【毒耐性】【闇耐性】ぐらいだけど、王都地下水路で戦うには充分。
無理することなくボス前に来られたし、前世で『ファイブ・エレメンタル』を周回していた私はボスがどんなモンスターなのかも、その特性も知ってる。
スキルもレベルも問題ない。
「それに、『ファイブ・エレメンタル』はボス戦でも逃げられるしね!」
もちろん逃げる気はない。
この2年間、王都地下水路に通ってきたのは強くなるためで、高等学園入学までにもっと強くなるには、ボスを倒してこの先へ——街の外へ、行けるようにならないとだから。
「私の目標は、悪役令嬢のエリアーヌ・フラメリアを助けること。そのためには、聖女より攻略キャラより強くなる必要がある。だから——」
意を決して、私は広間の入り口を通り抜けた。
漆黒の鎧兜を身につけて、タワーシールドと大剣を手にしたスケルトンの、虚ろな眼窩に赤い光が灯る。
「——スケルトンナイトなんて、踏み台にする!」
相手は一体。
いくらザコより強くても、ソロの私とは相性がいい。はずだ!
自分に気合を入れて。
ダンジョン・王都地下水路の中ボス、スケルトンナイトとの戦いがはじまった。
「はあ。勝ったはいいけど……お父さんになんて言い訳しよう」
とぼとぼと大通りを歩く。
スケルトンナイトは倒した。
ドロップアイテムはいままでで一番大きな魔石と、キーアイテムの「地下水門のカギ」、それにスケルトンナイトが使ってた大剣だった。
リスポーンしないイベントモンスターのクセにドロップアイテムはランダムで、この大剣は当たりな方だ。
アイテムポーチ小に入れて取っておく価値はある。
「使い手のいない盾より、私がゲットしてもしょうがない鎧兜より運が良かった。……のは間違いないんだけど……はあ」
スケルトンナイトは5人パーティで挑む相手だけあってさすがに苦戦した。
結果、お父さんからもらった皮の手袋と革の長靴はボロボロだ。
破れるだけならともかく、あの大剣でスパッといかれた傷もある。
凄腕鍛治師のお父さんの目をごまかせる気がしない。
足が重い。
いつも通り背負ってる、濡れたゴミの入ったカゴも重いけど、それは【運搬】のおかげであまり感じないのに。
「はあ」
何度目かもわからないため息を吐いて、私は冒険者ギルドのスイングドアを押し開けた。
いつも通り、コワモテのおじさん職員が待つカウンターへ向かう。
「おう、嬢ちゃん。いつもご苦労さま」
「はいー。あ、しばらく『水路のゴミ拾い』の依頼を受けないかもしれません」
「冒険者は自由だからな、嬢ちゃんの好きにするといい。……ん?」
いつも通りの冒険者ギルド、いつも通りの依頼報告、いつも通りのおじさん職員。
そんないつもを——日常をおしまいにしたのは、ギルドに駆け込んできた冒険者だった。
「北門の先でオーガが出た!」
大きな声で居合わせた冒険者たちに、ギルド職員たちに一報を告げる。
「オーガか、厄介な。いまいるCランク以上は……っと嬢ちゃん、悪いな。ほれ、今日の報酬だ」
「ありがとうございます。…………あのっ! いま友達が両親と一緒に外を旅してて!」
「どこの門から出たか知ってっか? どこに行くって?」
「近場の素材採取旅行だって、南門から出て!」
「なら行き先は南の森と、道沿いの村あたりだろ。北には近づかねえはずだ」
「そう、ですか……うん。王都を挟んで反対方向ですもんね。北に行くなら北門から出ますよね」
「おう。心配なのはわかるけど、まあ大丈夫だろ。すぐCランク以上の冒険者パーティを出張らせるつもりだしな」
「はい……」
「とにかく今日は家に帰れ。街の外に出るんじゃねえぞ? まあ12歳になるまでは門番が通さねえけどな」
「はい……」
おじさん職員に促されて、私は冒険者ギルドをあとにした。
大丈夫。
オレリアとおじさんおばさんたちは南門から出た、私も見送ってる。
飛び級卒業祝いの素材採取旅行で、遠出はしないって聞いた。
ベテランのギルド職員も心配いらないって言ってた。
でも————
「王都の北に、オーガ……なんか聞いたことあるんだよね……イベントじゃないし、聖女たちが相手するわけじゃないと思うんだけど…………」
————私は、家までの帰り道、そんなことを考えていた。
ぼんやりした不安は消えない。





