第四話
「さあ、初めての戦闘! 私のレベル上げの糧になるといい!」
私の言葉はわからないくせに、ビッグラットが向かってきた。
ちゃかちゃかと爪音を鳴らして石造りの通路を走ってくる。
だいぶ手前で、ビッグラットが跳んだ。
「体当たり攻撃だね! なら——」
ちょっと移動して、ビッグラットの跳躍と軸をズラす。
空中で動けないビッグラットは、それだけで無防備な体を私に晒した。
「がらあき! ていっ!」
無防備な横っ腹に、お父さん謹製の皮のグローブに包まれた拳を突き出す。
ピギャッと悲鳴をあげたビッグラットは石壁に叩きつけられ——ふわっと消えた。
カラコロと小さな魔石が転がる。
「ふう。この戦い方、手に嫌な感触が残るかなーと思ったけど……そんなこともない。これなら戦えそう!」
ビッグラットはチュートリアルダンジョンで最初に出てくる雑魚敵だ。
でも、戦い方——操作方法に慣れないと、プレーヤーは苦戦することもある。
なにしろ『ファイブ・エレメンタル』は、モーションコントローラーを使った操作を推奨してたから。
……PCゲームなのに!? モーションコントローラー前提!? モニター小さかったら離れて見えなくない!?
って、当時は頭を抱えたっけ。
なんでも、ゲーム制作会社が開発中のVRMMOの戦闘システムを流用したとかしてないとか。
公式には「乙女ゲーであっても、プレーヤーが異世界気分を満喫できるように」って謳い文句だったけど。乙女ゲーとは……。
とにかく、モーションコントローラーでやり込んだ経験は、この世界でしっかり活かせる。
それに。
「ゲームのマノンは、ラスダン前に登場した時も武器を持ってなかった」
おかげでネットではマノンの戦闘スタイル予想が盛り上がったっけ。
主流は魔法攻撃タイプだったけど……。
「オレリアに負けてたMPと知力値を考えたら、やっぱりこっちが正解っぽいんだよねえ」
職業「商人」であること、初期ステータスで高い筋力と敏捷、ちょっと訓練しただけですぐ身についた【回避】【俊足】【跳躍】なんかのスキル、雑魚敵とはいえビッグラットを一発で倒したこと……。
「やっぱり、非公式チートキャラ、マノン・フォルジュの——私の戦闘スタイルは、【体術】中心の回避アタッカーだ」
ぐっと拳を握りしめる。
冒険者ならあれば便利だろってお父さんがくれた皮のグローブには傷も返り血もついてない。
返り血がついたとしても、「倒したモンスターは魔石と素材を残して消える」ダンジョンなら、返り血も消えるはずだ。たぶん。
地下水路は、いちおうチュートリアルダンジョンだから。
「体術、体術かあ。次はキックで倒してみようかなあ」
ちなみに、モーションコントローラーは両手両足につけるタイプだった。
剣や弓なんかは基本、武器を持ったイメージで手足を動かすと攻撃できる。
魔法や一部のスキルは、画面に出る線をなぞると発動した。おかげで動画サイトに「無駄にかっこいいモーションで発動させる」動画が投稿されたりしてたっけ。
……前世の私はやってないはずだ。
こっちで赤ちゃんの頃に飢餓状態になったうえにもう8年経ってるから記憶がぼんやりしてるけどやってないはずだ。某ライダーの変身ポーズで発動する!とか、このフリを当て込めば変身ヒロインの掛け声とともにいける!とかやってない。きっとやってない。
「でも、私に才能あるのが【体術】でよかった! これで剣とか槍だったら大変だったもんなあ」
ステータスは高いけど、私はまだ8歳だ。
ドワーフで鍛治師のお父さんは厳しくて、私に包丁以外の刃物を持たせてくれない。
一回、小さなナイフを手にしたら愛のゲンコツを落とされて涙目でした。
お店の商品も鍛冶場にある武器も、あれで管理がしっかりしてて、勝手に持っていったらバレるだろうし、そんなことしたらゲンコツじゃすまないだろうなあ……。
「あれ? そう考えたら、私【体術】しか選択肢なかった? 職業商人だから魔法は極められないし」
もうちょい成長したらお父さんも武器を持たせてくれるかもしれないけど、それまでは待てない。
そう考えたら【体術】は状況に合ってる気がする。
「よーし、そうと決まったら! さっさとチュートリアルダンジョンクリアするぞー!」
ぶつぶつ言いながら、近づいてきたビッグラットを蹴りで倒す。
今度は小さな魔石のほかに、皮が落ちていた。
ダンジョンはゲーム準拠の不思議仕様っぽい。解体で血まみれにならなくてすむので助かります。
チュートリアルだけあって、地下水路は一本道だ。
脇目もふらずズンズン進む。
ときどき、水路に浮いてるゴミを回収する。
冒険者ギルドで「水路のゴミ拾い」の依頼を受けてるからね。少しでも受け付けてくれるけど、何もないと依頼未達成になっちゃうもの。
三体目、四体目のビッグラットも何事もなく倒す。
そのまま進んでいくと、広間になった場所が見えてきた。
チュートリアルダンジョンのラストだ。
「さて、ゲームだとたしか……」
最後に待ち構えるのはビッグラット一体、だけじゃない。
いままでよりひとまわり大きなビッグラットの隣に、そいつがいた。
「うわっ、キモッ!」
八本の脚でカサカサ動く、子犬サイズのクモ。
ポイズンスパイダーだ。
名前の通りの毒持ちで、チュートリアルではここで毒消しポーションの使い方を教わったりするんだけど……。
「ゲームと違って、『必ず先制攻撃される』縛りはなし! さすがにそんな強制力はないよね!」
私から向かっていくと、ポイズンスパイダーは後ろの脚で体を支えて上体——上体? 前半分?——を起こした。
毒液を飛ばしてくる構えだ。
「それは知ってる! 見てから【回避】余裕です!」
毒液は前にしか飛ばない。
ので、私は【跳躍】して、お父さん謹製の革の長靴でポイズンスパイダーを踏みつぶした。
グシャッと手応えを感じて、ポイズンスパイダーはすぐ魔石と素材に変わった。
と、横から衝撃を受ける。
「痛っ!……くない? ありがとうお父さん!」
足を止めた私に、ビッグラットが体当たりをかましてきたらしい。
衝撃で転んだのに痛みは少ない。
そういえば、オーバーオールも「王都の水路のゴミ拾いする」って言ったらお父さんが作ってくれたヤツだっけ。
ありがとうお父さん。
ごろっと転がってビッグラットの追撃をかわして立ち上がる。
一対一になれば、あとはこれまでと一緒だ。
ひっかきは【回避】して蹴り、体当たりで跳んできたら、さっきのお返しに拳を叩きつけて。
ひとまわり大きいビッグラットは、ほかより一発多い二発で沈んだ。
「よし! チュートリアルダンジョンクリア!」
魔石ふたつとビッグラットの皮、ポイズンスパイダーの毒袋を拾ってキョロキョロする。
広間の奥の方、床にキラリと光る銀貨が5枚。
「なんというか……ありがたいんだけど、実際にお金があると『なんでこんなところに?』ってなっちゃうなあ。まあ、ビッグラットに光り物を集める習性があったということで……」
自分を納得させる。
広間の奥には崩れてできた穴があって、大柄な大人じゃなければ通り抜けられそうだ。
「でも行きません。…………今日は」
私は大人しく踵を返して、いちおう【地図化】で道のりを確認して、チュートリアルダンジョンをあとにした。
ちなみに。
「おおおおおお! レベルが上がってる! スキル【索敵】に【体術】も無事ゲットォ! さすがマノン・フォルジュ!」
まあ、どんな武器を選んでもチュートリアルダンジョンをクリアすれば必ずそのスキルを覚えるんだけど。
「しかも! 敏捷の成長値がMAXの5! 筋力も4! さすがラスダン前にソロで行けちゃう非公式チートキャラ、これなら主要キャラとも戦える!」
名前:マノン・フォルジュ
種族:人族
職業:商人
レベル:2
HP:103(-36)
MP:55(-18)
筋力:23(-6)
耐久:17(-6)
敏捷:25(-6)
知力:14
器用:19(-3)
スキル:体術(NEW!)、体力回復強化、回避、移動速度上昇、俊足、跳躍、索敵(NEW!)、魔力感知、魔力操作、算術LV3、ユーレリア大陸西方語LV2、礼儀作法、交渉、運搬、地図化
称号:なし





