第三話
地下水路のカギを見つけた翌日。
薄暗いうちから冒険者ギルドに行って、今日も「水路のゴミ拾い」の依頼を受けて。
私は、王都の北門近くにある路地にいた。
「ほんとにあった……」
陽が射し込まない暗い路地には、忘れられたようにポツンと地下水路の入り口があった。
錆びた鉄格子も南京錠も、ゲームのグラフィックと同じだ。
緊張しながら、昨日拾ったカギを差し込む。まわす。
サビでちょっとぎこちないけど、南京錠はガチャっと開いた。
「よし! ここまで同じなら、きっと中も……!」
ウチから持ってきた明かりの魔道具に魔力を込める。
光り出したカンテラを腰にくくりつけて、苔むした階段を下りていく。
階段を下りきった先には、横向きに水路が流れていた。
水路の両側には横幅2メートルぐらいの通路がある。
カギがなかったせいで人の出入りがなかったはずなのに、通路はところどころ明かりの魔道具でぼんやり照らされている。
ゲームで見たときと同じように。
その光景を見て、私は思わずガッツポーズした。
「あった……! チュートリアルダンジョン!」
チュートリアルダンジョン。
ゲーム会社いわく「乙女ゲー」の『ファイブ・エレメンタル』で、主人公である聖女アンリエットがはじめてモンスターと戦う場所だ。
プレイヤーは、ここではじめて戦闘時の操作方法を教わる。
あと、ゲームの攻略に必要な便利なスキルもあっさり手に入る。
だから私は、みんなが受けない「王都の水路のゴミ拾い」の依頼を受けた。
カギを手に入れて、この場所に来るために。
「ゲームでは聖女が12歳のとき、いまから4年後のイベントだから来れるか不安だったけど……よし、よし、よし!」
思わずへにゃへにゃ踊ってしまう。
ここに来れば、スキルをゲットできるしモンスターを倒してレベルも上げられる。踊っちゃっても仕方ない、よね?
私が取っちゃったら聖女が困る?
…………きっとほかの場所にもカギ落ちてるって! なければないで、貴重な職業「聖女」なんだから、サポートしてもらえるでしょ!
私の目的は悪役令嬢のエリアーヌ・フラメリアを助けることなんだし!
よし、言い訳終了!
階段を下りた場所から左に曲がる。
と、そこには木製の扉があった。
ギギッと音を立てて開けると、中は小さな部屋になっていた。
机がひとつ、壁際には木製のロッカー。
壁に置かれた木の板には、地下水路の簡単な地図と巡回ルートが描かれてる。
「昔、王都のまわりに水棲モンスターが居ついて、その頃にできた衛兵詰所、だったっけ」
冒険者と騎士団が協力して水棲モンスターを一掃したから、いまでは使われてないって公式設定集に書かれてた。
使わなくなる前に片付けるんじゃ、とか思っちゃいけない。
小部屋にモンスターがいないことを確認すると、私はすぐに机の前に走り寄った。
机に置かれた羊皮紙に手を当てる。
「スキルスクロール、使用!」
言うと、羊皮紙に書かれていた魔法陣が輝く。
光は紙を埋め尽くして溶かすように羊皮紙を消滅させると、私の中にすうっと吸い込まれていった。
「ステータス、オープン!」
名前:マノン・フォルジュ
種族:人族
職業:商人
レベル:1
HP:86(-36)
MP:43(-18)
筋力:19(-6)
耐久:14(-6)
敏捷:20(-6)
知力:12
器用:15(-3)
スキル:体力回復強化、回避、移動速度上昇、俊足、跳躍、魔力感知、魔力操作、算術LV3、ユーレリア大陸西方語LV2、礼儀作法、交渉、運搬、地図化(NEW!)
称号:なし
「やった! ゲームの通り、スキル【地図化】が増えてる!」
ステータスを閉じて【地図化】を意識すると、頭の中にこの地下水路の地図が浮かんだ。
といっても、私が歩いたところだけ。
「これがあるのとないのじゃぜんぜん違うもんなー。自分で習得する方法もわからないし……ゲットできてよかった!」
『ファイブ・エレメンタル』では、【地図化】はゲーム画面の右上にマップが表示されて、主人公が一度歩いた場所が自動で地図になっていくスキルだった。
現実になったこの世界では、ゲーム内よりもっと役に立ってくれるはずだ。
なお、ゲームではチュートリアルで【地図化】を取らない縛りプレイも存在した。
まあ覚えちゃえばいいし、なんなら攻略サイトにもマップ載ってたから、それほど厳しい条件じゃない。
ちなみに、「使えば」スキルを覚える便利な「スキルスクロール」だけど、『ファイブ・エレメンタル』の中ではこれと、クリア後のエクストラダンジョンでしか手に入らなかった。
「スキルをラクに覚える方法ないかなー」ってお父さんとオレリアのおじさんに聞いてみたら、スキルスクロールのことを知ってたから、いちおうほかにも存在は確認されてるみたいだ。
でも、稀少だから一般人が手に入れることはないだろうって。
ニマニマしながら小部屋を見渡して、今度は木製ロッカーを開けてみる。
中には小さなナイフと、腰に提げられるぐらいの布袋が一つ。
ナイフはなんの変哲もないナイフだけど……。
拾ったナイフを布袋に入れる。
すんなり入って、重さも形も感じさせない。
「ふんふーん。アイテムポーチ小もゲット!」
ここは「チュートリアルダンジョン」なわけで。
ゲーム内では、今後必要なスキルやアイテムを簡単に入手できて、しかもゲーム側が使い方を解説してくれた。
解説こそないけど、ゲットできるのは変わらないらしい。
「これだけでも大収穫だけど! 本命は……」
なくさないように、オーバーオールの内側にアイテムポーチをしまい込んで、私は小部屋を出た。
階段とは逆側にソロソロ進む。
動くものがいないか、異常がないか視線を巡らせて。
音が聞こえないか聴覚を集中させて。
臭いがキツいから嗅覚は考えません……。
しばらく歩いていると、薄暗い通路の先からカチャカチャ小さな音が聞こえてきた。
続けて、チィチィという鳴き声も。
じっと目をこらす。
のそっと現れたのは、私のヒザぐらいの体高のネズミ。
ビッグラット——モンスターだった。
「チュートリアルでも最初はコイツが相手だったもんね。それにしても……かわいくない!」
ビッグラットの攻撃は噛みつき、引っ掻き、体当たりの三種類。
レベル1の聖女でも楽勝の強さで、年齢によるマイナスはあっても聖女より筋力値の高い私なら問題ないはずだ。
かわいかったら攻撃できないかなー、と思ってたけど、ビッグラットを見るにそんなこともない。
私は左足をちょっと前に出して半身になり、右の拳を引いた。
戦い方の解説モノローグは流れないけど——それも問題なし。
どうやって攻撃すればいいか、私はもう知っている。
「さあ、初めての戦闘! 私のレベル上げの糧になるといい!」
口に出して自分を奮い立たせる。
言葉はわからないはずなのに、ビッグラットは私に向かってきた。
初めてのモンスターとの戦いが、はじまる。





