第二話
「嬢ちゃん、ほんとにこの依頼でいいのか? キツいし臭いししんどい仕事だぞ?」
「はいっ! 私、この依頼を受けるために冒険者見習いになったと言っても過言ではないぐらいです!」
「お、おう……そういやオーバーオールに長靴、背負い籠、口元を隠す当て布、髪まで縛って準備万端だな……どこで用意してきたんだそれ……」
「工房にあったヤツを、お父さんに言って借りてきました!」
「おい、工房で『フォルジュ』ってお前それ……いやいい、事情は詮索しねえのが冒険者だったな。がんばれよ、嬢ちゃん」
「はーい!」
冒険者見習い登録初日は、混雑してたから依頼は受けられず、初心者講習を見学してるだけだった。
ということで、今日が私の冒険者生活のスタート。
受ける依頼は最初から決まってる。
やっとこの日が来たと、ふんふん鼻歌まじりで歩いて、すぐに目的地に到着した。
「たぶんこのへんだと思うんだよなー。……違ったらまた探せばいいか!」
一人頷いて、マスクがわりの布をぐいっと鼻まで上げる。
「うっ。ゲームと違って臭いがなかなか。先が思いやられるなあ」
いきなりくじけそうになりながらも、私は持参した道具を排水用のドブに突っ込んだ。
冒険者見習いになった私が受けた依頼は、「王都の水路のゴミ拾い」だ。
拾ったゴミの量に応じてお金をくれる、不人気すぎる依頼だった。
なにしろ濡れたゴミは重いし、キレイな水路はともかく、ゴミの多い水路は臭いし。
「重っ! くっ、マイナスがなければ私の筋力値なら余裕なのに!」
それでも、わざわざお父さんにゴミ拾い用の持ち手付き金網(ハエ叩きの面を広げて金属製にしたような感じ)を作ってもらってまで、私がこの依頼を受けたのは理由がある。
くじけそうになりながらも、お昼休憩を挟んだ午後遅く。
「今日はここまでにしようかな……私、脳筋ステータスと見せかけて耐久低いんだった……」
すくいあげたゴミを引きあげて、ざざっと中身を確認する。
たまーに銅貨や銀貨が見つかるから。
ゲームのアンリエットがこの依頼を受けたのもそれが理由だったっけ。あと「誰も受けなくて困ってる」って人助けで。
「あっ!」
落ち葉や木片や鳥の骨っぽいものの中に、キラリと光るものがあった。
この輝きは銅貨じゃない。
銀貨でもない。
「あった! やったー!」
見つかったのは、金属製のカギだった。
『ファイブ・エレメンタル』で最初に見つけることになる「キーアイテム」だ。文字通りの。
「よしよしよし、これで次のステップに行ける!」
思わずガッツポーズして、うれしさのあまり小躍りする。
私が「王都の水路のゴミ拾い」っていうキツくて臭くてしんどくて、たいして稼ぎにならない依頼を受けたのはこれが目的だった。
でも。
「これがあるってことは……やっぱりここ、『ファイブ・エレメンタル』の世界なんだろうなあ……」
国や街の名前、人の名前が似てるってだけじゃない。
ゲームと同じ場所に、同じものが落ちていた。
そうなると、これから先にゲーム通りのことが起きる可能性が高くなってくる。
「……ちゃんと備えよう。そうすれば大丈夫。大丈夫なはず。私はきっと、推しを助けられる!」
ささっと後片付けして、古ぼけたカギを握りしめると、私は冒険者ギルドに走った。
ウソです。
ゴミが重くてのたのた歩いて戻りました。
敏捷はね、高いんだけどね、耐久がね……。
【運搬】【移動速度上昇】スキルでラクになってるはずなのにこれかあ……。
「お疲れ、嬢ちゃん。ちっこい体でよくがんばったな」
「ありがとうございます! それで、これなんですけど」
「なんだこりゃ? ああ、地下水路のカギっぽいな」
「これ、どうしたらいいですか? 落し物だからどこかに届けたり、あっ、ギルドで買い取ってくれますか?」
「いらねえってんならもらうけどよ、嬢ちゃんが持ってっていいぞ」
「えっ? いま地下水路のカギって、これがないと困るんじゃ……」
「おいおい嬢ちゃん。この王都に、地下水路の入り口がいくつあると思ってんだよ。カギがひとつぐらいなくなったって困りゃしねえって。だいたい、困ってんならいま問題になってんだろ」
「たしかに。街の話題にもなってないですもんね」
「そうそう。まあ、困ったところで兵士さん呼んで壊してもらえばいいだけだしな」
「なるほど……」
「ってことで、欲しいってんなら持っていっていいぞ。冒険者見習いのマノン、初の依頼達成の記念にな!」
「じゃあ、記念にもらっておきます!」
おなじみになったコワモテおじさんギルド職員が、カウンターに置いたカギをずいっと押し出してくる。
私は笑顔で受け取って、腰の布袋に大事にしまった。
なんなら、依頼達成で受け取った銅貨よりも大事に。
問題になったら困ると思っていつものおじさん職員に報告したけど、これなら言う必要もなかったのかもしれない。
『ファイブ・エレメンタル』の主人公、聖女アンリエッタが拾ってあっさり自分のものにしたみたいに。
「それじゃあ、また明日来まーす!」
「おう、無理すんなよ」
8歳の子供らしくおじさん職員に手を振って、私は冒険者ギルドをあとにした。
帰り道、体が軽くてついついスキップしてしまう。
前世の記憶があってもいまの体に気持ちが引っ張られ——もあるかもしれないけど、単純にうれしくて。
「ふふーん、『地下水路のカギ』ゲット! これで明日からは……んふふ」
ニマニマしながらウチに帰ると、家の前でお父さんが待っていた。まだ夕方にもなってないのに。
道に面した扉、つまり店舗の入り口の前で。
むすっと腕を組んで。
「ただいまー! もう、お父さん、そんな顔してそこにいたらお客さん来なくなっちゃうよ?」
「おかえり」
忠告を聞き流して、お父さんは上から下までジロジロ見てくる。
「心配しなくても、怪我なんてしてないって! お父さんがオーバーオールと手袋と長靴を用意してくれて、網も造ってくれたから」
「よし。風呂」
この「風呂」は「風呂の用意をしろ」って意味じゃない。
たぶん「用意しといたから風呂に入れ」ってことだ。
鍛冶場の余熱で水を温めて、私が一日の疲れを癒やせるように……ん?
「あっ……まさか…………私、臭う?」
聞くと、お父さんはふいっと顔をそむけた。
無口で無骨なドワーフでも、乙女に直接「臭い」って言わない気遣いはできるらしい。
「臭い移っちゃうかあ……これ、明日からどうしよう」
キーアイテムを見つけて浮かれてた気持ちが、少し沈んでしまった。
いやほんと、どうしよう。





