8 お泊り会(守景)
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8 お泊り会(守景)
宇喜多家備前岡山五十七万石――。
守景は予てより、兄姉と慕う宇喜多秀家と豪から、備前に遊びに来いと誘われていた。
しかし、豊臣家の宰相として、政務に追われている守景は中々、時間を取れなかった。
そんな忙しい毎日を送る守景を見かねた秀頼と淀殿より、休暇を与えると言われた。
淀殿曰く、貴方はまだ子供のような年なのですから、たまには親しい者達と遊んで来なさいと言った。
守景は淀殿の心遣いに深く感謝し、大阪を離れ、主だった家臣を連れ、備前まで遥々とやって来た。
秀頼からはお土産を持たされて、宇喜多秀家の居城を訪れた。
秀家と豪が、門の前で守景を待ちわびていた。出迎えてくれた二人に守景は礼を言った。
「秀家様、豪様。出迎えて下さり恐縮にござる」
「良いのだ。我らとの仲ではないか。堅苦しいのは無しにしよう」
守景は二人の心遣いに丁重に感謝した。豪も待ちわびた様子で守景を見て微笑んでいる。
「守景、少し見ない間に立派になりましたね。家臣の方々も守景を支えてくれて有り難く」
豪は大名が板についてきた守景に優しく言った。守景は暫く見ない間に、
豪が幾らか小さく見えた。それにハッと気づき、守景は自分の背丈が伸びていた事に驚く。
遥かに小柄の豪だが、それでも彼女の存在の大きさが窺えた。
感動の再会に水を差したのは守景が頼みとする自身の筆頭家老織田有楽斎だった。
「宇喜多秀家……お主、父の直家に似ておらんな。宇喜多直家は稀代の謀将であった。
しかし、お主は誠実そうじゃのう。豪殿は御母上の松殿の面影を感じる。
そんなことより、長旅は年寄りには疲れたわい。風呂でも沸かしてもらえないかのう?」
織田有楽斎は図々しく、秀家と豪を品定めした。それでも秀家と豪はその優しい人柄ゆえ、
何も反論はしなかった。豪は逆に守景の筆頭家老を務めるのは大変でしょう、と笑っていた。
「儂も来たぞ」
後ろを振り返れば、守景と秀家の盟友、近江佐和山十九万四千石の大名であり、
五奉行筆頭石田三成が普段、不愛想な顔を綻ばせていた。三成も暇を取り、遥々やってきたのだ。
「三成殿。この前は世話になりました。私には分かっていましたよ。
貴方は憎まれ役を演じてはいるが、誰よりも優しい御方。何か、思惑や意図があるのでしょう」
守景は三成に頭を下げて、この前の礼をする。三成は笑顔で、
「守景……儂は生涯憎まれ役を演じるつもりだ。お主に人望を集めさせ、
諸大名の不満を一手に引き受ける覚悟だ。さすれば、儂が命を失う憂き目に逢っても、
誰も悲しまずに済む。儂はお主や秀家殿の為に捨て石になる覚悟だ」
三成は目を瞑り、迷う事なく毅然とした態度で言った。守景と秀家は三成の覚悟に心を打たれた。
悲壮なる三成の意気込みに守景と秀家は言葉を失った。
「そこまでにして。皆様にはこれから、最高のもてなしを致します」
それを遮るように豪はどんよりとした空気を察して場を盛り上げた。
その場に居並ぶ守景や三成を始め、その家臣たちは最高のもてなしと聞いて場が賑やかとなる。
そして宴会場は秀家の居城の一室で執り行われた。居並ぶ諸将達は備前の名物に舌鼓を打つ。
守景は最高のもてなしに感極まった。政務に忙殺されていたため、
普段はまともな食事を取っていない為、どんな料理も最高であった。
洗練された所作で食事を口に運んでいる守景の隣で、
自身の筆頭家老である織田有楽斎は酒を豪快に飲んで酔いつぶれている。
「有楽斎殿が酔いつぶれてしまったので、寝室に運んできます」
守景は意識も定かではない有楽斎を宛がわれた寝室へと運び、また宴会場へ戻って来た。
「守景……貴方は昔と変わらず優しいのですね」
豪が守景の家臣に対する優しい扱いに感銘を受けて、クスッと笑った。
「いえ、家臣は家族と同じです。当然の行いです」
守景は当然と言った口調で豪の言葉を返した。周りを見渡してみれば、
石田三成は、守景の家老であり、前北条家当主北条氏直と親しく酒を酌み交わしながら、
話しを弾ませていた。家臣たちはそれぞれ、賑やかにこの宴会を楽しんでいる。
守景はそれを微笑ましそうに見渡して、秀家と豪に向き直り、三人で酒を飲んでいた。
目の前に優雅に佇む備前宰相と称される五大老宇喜多秀家。秀家は優しそうな顔で守景を見ている。
「秀家様、豪様。このような酒宴を設けて頂き感涙の極み。
お蔭で最高の思い出となりました。有り難く……」
守景は頭を下げて礼をした。秀家と豪は優しい笑顔を一切崩さない。
「お気遣い無用。ゆるりと滞在して下され。寝室も用意しております。
秀頼様の御守りで大変な毎日でしたでしょう……その為に疲れを十二分に癒してくだされ」
守景も酒の酔いが回って来たのか、意識が朦朧としながら寝室で深い眠りに落ちた。
秀家と豪の温かい心遣い。この時の思い出を、守景は生涯忘れることは無かった。
決戦の前の和やかな雰囲気です。
関ヶ原の戦いまであと少し。