6 帰還(守景)
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6 帰還(守景)
九州博多湾――。
守景は朝鮮の役より、帰還を果たした諸将たちを出迎える準備に追われた。
秀頼の名代として、豊臣家の代表として守景は豊臣家の蔵を開き、
大量の金銀、そして亡き太閤殿下の品々である茶器や名刀を恩賞として用意させた。
幼い秀頼にも了承を得ての宴の準備である。諸将をもてなす酒や食事などの手配を滞りなく完了させた。
隣には守景が慕う亡き太閤殿下の側近であり、五奉行筆頭石田三成が立っていた。
三成はなにやら思案する様子でウロウロしている。守景は気が気でなかった。
「虎之助や市松には相当、恨まれておろう……」
三成はしょんぼりとした様子で吐露した。虎之助とは加藤清正。市松とは福島正則である。
共に豊臣家の武断派として幅を利かせている。文治派の三成とは反りが合わず犬猿の仲だ。
加藤清正は秀吉に確か、三成とは永久に和解出来ないと豪語していた。
小さい頃から秀吉の側にいた守景はそれを忘れずにはっきりと覚えていた。
準備を終えた頃に帰還した諸将が宴の席に続々と現れた。
島津義弘 薩摩鹿児島五十六万石
立花宗茂 筑後柳川十三万石
鍋島直茂 肥前佐賀三十一万石
長曾我部盛親 土佐岡豊二十二万石
安国寺恵瓊 伊予国和家六万石
小早川秀秋 筑前五十二万石
毛利秀包 筑後久留米十三万石
黒田長政 備前中津十二万石
小西行長 肥後宇土二十四万石
浅野幸長 甲斐府中二十二万石
福島正則 尾張清洲二十万石
他
そうそうたる顔ぶれにまだ年若い守景は緊張の度合いが増していく。
守景は事実上の豊臣家の宰相であるが、経験が足りないと揶揄される。
歴戦の猛者たちの顔ぶれに守景は緊張の色を表情に浮かべる。
そんな守景の肩にポンと守景を補佐する為に一足先に帰国していた宇喜多秀家が手を置いた。
「守景……緊張しておるな。お主は大人びてはいるが、まだ子供のような年の若者。
海千山千の歴戦の猛者たちの相手を一人でこなすには荷が重い。私が補佐してやる。
私は亡き太閤殿下より、お主を補佐するように仰せつかっておる。
案ずるな、私が上手く補佐してやるから心配は要らぬ」
守景は秀家に言われて肩が軽くなった。秀家の言葉は守景を勇気づけるものだった。
「宇喜多殿……忝い。何とお礼を申してよいやら」
「良いのだ。私の領国で留守を預けてきた豪にも守景を頼むと言われておるのでな。
豪は何時いかなる時もお主の身を案じている。その気持ちは私も同じだ。
豪は言っておったぞ、近い内、石田三成殿も誘って四人で遊びに行かないか、と」
「宇喜多殿、有り難く」
守景は感謝の意を述べる。秀家は気にするなと言い、それぞれの持ち場に戻る。
そして宴の席が始まり、豊臣家の宰相として、守景は盃を手に居座る諸将に口上を述べる。
「豊臣家宰相、守景にございます。豊臣秀頼様の名代として諸将を労いに参りました。
皆さまには恩賞として金銀、茶器や名刀等、太閤殿下の品々を送ります。
お納めください。諸将の皆さま、良くぞご帰還下さった。その為に宴の席を設けました」
守景は見事な口上を述べ、盃を掲げる。諸将も莫大な恩賞を貰えるとして一様に活気づいた。
そして豊臣家の宰相との噂の守景が年若いと知り、驚きの声を上げる者が多かった。
宴の席は賑やかに盛り上がった。万事滞りなく終えた守景は安堵し、肩の荷が下りた。
しかし、宴の席に水を差すような事態が、刻一刻と迫る。それは突然、起こった。
共に宴の席の準備をした石田三成が躍り出て、守景に彼に似合わない暴言を吐いた。
「守景……戦働きしか能のない連中に過剰な恩賞を与えるなど正気の沙汰ではない。
秀頼様が、太閤殿下から受け継いだ大切な品々だ。こんな宴に時間と金を掛ける余裕はない。
即刻、取りやめるべきだ……特に福島や加藤は軍紀違反をした罪人に等しい」
三成は守景に冷徹に言い放った。その場に居合わせた帰国組の諸将達は一堂に立ち上がり、
三成を非難した。三成は目を瞑って、さも自分の言い分が正しいとする論調だ。
中でも烈火の如く怒りを露わにしたのは細川忠興、福島正則、加藤清正、浅野幸長。
豊臣家武断派の武将達だ。彼らは三成を心の底から憎んでいた。
「三成! 算盤を弾いていただけで、
近江佐和山十九万四千石の大名になったお前こそ道理に合わぬ!
我らの苦労を知らないお前に言われる筋合いはない!」
武断派の筆頭で、大柄で屈強な相貌である加藤清正は痛烈に三成を非難した。
「……」
三成は目を瞑って黙ったままだ。この時、守景は違和感を覚えた。
三成は宴の準備に大張り切りだった。清正が大好きな料理や、福島が好む酒を吟味し、
終始、朗らかな良い表情で準備に追われていた。守景と宇喜多秀家は違和感しかないであろう。
守景はそれを見ていただけに三成には何か考えがあると見抜いた。
「守景様。三成は貴方を妬んでおるのです。若く聡明で見目も良い。
将来有望な守景様を陥れる算段を立てているに相違ありません。
御安心を……この清正や福島たちが、付いております。この宴は最高でした」
清正は年若い守景を軽んじる様子を見せず、頭を下げて礼をした。
それは当然の如く。守景は紛れもなく秀吉の一族であり、
秀吉から秀頼を守るように命じられた人物。加藤や福島は守景に忠義を露わにした。
それに困惑しつつも守景も頭を下げた。しかし、三成の事が、気が気ではなかった。
彼は何を考えているのだろう。一抹の不安が脳裏を過ぎるが、
三成にも何か考えがあっての事であろうと聡明な守景は見抜いていた。
それは隣で守景を補佐する同じ豊臣一門、五大老宇喜多秀家も同様だと。
宴は終わり、諸将が去っていくのを見届けているが、ある一人の武将が、守景に話しかけてきた。
黒田長政……長身で、眼光鋭く一目見ただけで歴戦の勇士だと思わせる御仁であった。
「守景様……このような最高のもてなしを賜り、感涙の極みです。
お礼を申し上げますが、今は何も持ち合わせてはおりません。
ですが、貴方に助言を一つ……太閤殿下の恩義だけでは人は付いては来ぬ。
それをお忘れなきよう。いつまでも豊臣の天下が続く保証は何処にもない」
「黒田殿、確かに恩義だけでは人は付いてはこない。
有難き助言を賜り感謝します。ですが、受けた恩義を蔑ろにするのは道理に合いません。
恩義を返さないのは人として有るまじき振る舞いです」
黒田長政は利発な態度に感心した表情を浮かべ、もう一度頭を下げて、去っていった。
守景は黒田長政の言葉に暗雲が圧し掛かる暗い未来が頭にチラついて離れなかった。
石田三成登場。かなりの重要人物です。