5 織田秀信との会談(守景)
とりあえず今日の朝はここまでです。
5 織田秀信との会談(守景)
美濃岐阜城――。
守景は備前にて宇喜多秀家と豪姫の元に予定を変更して駆け付けた後、
本来の予定である織田秀信との会談に臨んだ。守景は秀吉の遺言で滅亡した北条の名跡を継ぎ、
羽柴守景から、北条守景と名を変えた。高野山に追放された北条氏直や、
信長亡き後、織田家の長老となっていた信長の弟、織田有楽斎を家老とした。
世の誰もが羨む一万石の大名と晴れて出世したのだ。
だが、守景は大名というのは何と堅苦しい事か、と悲鳴を上げていた。
「大名になど成りたくなかった。だが、これも秀頼様をお支えする為か……」
家臣として付き従う織田有楽斎と北条氏直に愚痴を漏らし、溜息を吐いた。
「じゃあ儂に大名の座を譲ってくだされ」
髭を蓄えた壮年の織田有楽斎は守景の苦労も知らず軽口を叩いた。
一方、滅亡の憂き目に逢ったが、一応大名であった北条氏直は苦笑いをしている。
守景は二人を連れて織田秀信の居城、岐阜城に入った。
天険の要塞と呼ばれる岐阜城は険しい山の上だった。守景は若い故、何ともないが、
織田有楽斎は辛そうにしていた。氏直は労苦を表情に見せずに涼しい顔だ。
岐阜城の天守閣の最上階に案内された守景一行はとある一室に通された。
中には織田家当主織田秀信が待っていた。静かに佇む織田秀信を一目見た守景は思わず息を飲んだ。
尽きることが無い覇気と、それに相反する気品が合わさり、総合芸術のような出で立ちに驚く。
これは、亡き信長公のようではないか、と守景は思った。だが、守景は信長を見たことなど無い。
そうだ、と言わんばかりに信長公の弟である織田有楽斎を見る。
織田有楽斎は罰の悪そうな顔をして、秀信の顔を見ようとはしない。
それもその筈、織田有楽斎は本能寺の変の折、秀信の父である織田信忠に、腹を斬らせて、
自分だけ逃げおおせている。その悪い噂は守景も耳にしていた。
「私が織田秀信です。良くお越し下された守景殿」
織田秀信は落ち着いた声音で、守景達を労う。守景はホッと安堵の息を漏らした。
守景は織田秀信との会談を遅らせて備前まで走った。そのことを咎められるかと思ったからだ。
信長公のように短気な人柄ではなかった事に心の底から感謝した。
「守景です。秀信殿……申し訳ございません」
守景はまずは遅れたことを深々と詫びた。本当に秀信に悪いことをしたと思ったからだ。
「良いのです。宇喜多殿の正室、豪姫様は守景殿が姉と慕う御方。
何があっても無下に出来る訳がございません。
豪様が元気を取り戻せるならば少々の時間など惜しくはござらん。
それより、貴殿に是非合わせたい御仁をお連れ申した」
秀信は思った以上に好青年だった。少しの嫌な顔も見せずに淡々としている。
やがて、死に装束を身に纏い、幽玄の如き静かなる佇まいの御仁が姿を現した。
「あの伝説の軍師、竹中半兵衛重治殿です。竹中殿は秘密裏に生きており、
異国の地を放浪していたと聞き及びました。何でも、預言の力を授かったとか」
秀信は若干、興奮の色を隠せない様子であった。守景も伝説の軍師を目の当たりにして、
驚きを露わにした。まさか、あの竹中半兵衛重治が生きているとは予想しなかった。
「竹中半兵衛重治と申します。成程……中々、見所のある御仁の様だ。
私を前にしても気後れしないとは……褒美として諸君らに預言の力をお見せしよう。
近々、朝鮮の役にて諸将らは帰還するが、天下は再び動乱の予兆を告げる。
この大戦によって織田秀信殿は岐阜城に拠って戦うも無念の死を遂げる」
竹中半兵衛の口から驚くべき予言が漏れ出る。その場に居合わせた者は一様に驚愕し、
一斉に織田秀信に視線を合わせる。秀信は瞑目し、重苦しい沈黙の後、
大きく息を吐いたが、死に対する恐れを微塵も感じさせない。
「……そうか。私は死ぬか……ならば、守景殿に全てを託すほかない。
守景殿、私の死に様をどうか、後世に語り継いでくだされ。
竹中殿には貴重な預言かたじけない。これで準備をして最期を迎えられる」
秀信は努めて穏やかな顔で言いのけた。自らの死を知っても覇気と気品を失わない。
それに守景は心の底から敬服した。かつての天才軍師竹中半兵衛との初めての邂逅は終わりを告げた。
天才軍師竹中半兵衛は生きている設定です。