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4 前田利家の娘(豪姫)

続けての投稿です。

 4 前田利家の娘(豪姫)



 宇喜多家備前岡山五十七万石――。

 少女と見紛う程、若々しい容貌の女性が、黒髪をたなびかせ、美しい瞳から涙を流していた。

 豪姫は身分が低い頃からの秀吉の親友、槍の又座の異名をとる前田利家の娘である。

 豪は幼き頃、秀吉の養女となり、秀吉から大層可愛がられた。

 溺愛と形容する程、豪は秀吉に愛された。そして、秀吉は豪を可愛がる余り、

 豪が男であったならば豪を関白にしていたと公の場で言った。

 それ程、豪は愛らしい見た目と、また利発な女性であった。

 豊臣家に連なる者として、将来を期待された五大老宇喜多秀家に嫁ぎ、

 夫の秀家を献身的に支え、良妻賢母の賢夫人と称された。

 そんな夫婦仲も良く良好な関係を築く毎日であったが、豪の父である前田利家が、

 秀吉の後を追うように急死した。豪は父の死を大層悲しんだが、気丈にも何でもないように振る舞った。

 葬儀の喪主も弟の前田利長に任せ、豪は辛く悲しい気持ちを心の中へと覆い隠し、

 何でもないようにした。夫にもそれを悟られないように努めた。

 夫に要らぬ心配を掛けさせないようにする配慮からだった。

 豪は自室に籠ると泣いた。気丈な振る舞いが嘘のように涙が出た。

 その束の間である。豪の自室に入ってくる者がいた。大阪城で秀頼を託されたはずの羽柴守景である。

 守景は忙しい中、前田利家の葬儀にも参列したが、豪の後を追って、豪の自室へ通しかけた。

 しかし、秀頼の守り人として豊臣家の柱として忙しいのを豪は知っている。

 確か、美濃に所領を持つ織田秀信との会談を控えていると人づてに聞いた。

 その予定を遅らせてまで、守景は豪の為に備前まで駆け付けてきたのだ。

 夫は……秀家は見抜いていたのだ。その為に守景を呼んだ夫の心遣いに感銘を受けた。

 豪は泣くのを止めて、弟のように可愛がっている守景を部屋に通した。


「豪様……宇喜多殿に呼ばれました。豪は悲しみに暮れていると。

 宇喜多殿の前では気丈に振る舞い涙を見せないと聞きました。

 豪様、辛いときは慰めて貰うことも必要です。豪様は気丈過ぎます。

 それではいつかは壊れてしまいます。時には人に頼ることも大事です」


 守景は豪に思いの丈を吐いた。豪は感じ入り、成長した守景に感動して涙ぐむ。

 悲しみの涙ではない。弟が成長した時に見せる嬉し涙だ。豪は守景に諭され、

 何とか平常心を取り戻した。守景の一言で元の賢夫人に戻ったのだ。


「姉上と呼びなさい。貴方は私の弟も同然、姉弟の契りを結んだ仲ではありませんか」


 幼き頃、守景と豪は年が幾つか違えども、共に遊んだ過去がある。

 その時に姉弟の誓いを立てたのだ。それを守景は忘れかけていた様子であった。

 しかし、豪は薄れることなく覚えていたのだ。それだけで豪の愛情の深さが垣間見える。


「はい、これからは姉上とお呼びします。太閤殿下が亡くなり、

 徳川家康の権勢は次第に増していき、凋落の一途を辿る豊臣家を凌ぐ有様。

 私はそれを見過ごすことは出来ません。太閤殿下が残したものは全て守り通したいのです。

 その為に私は多くの諸大名の方と接触しております。不穏な気配もあります。

 朝鮮の役より、諸大名の帰還の日程が迫ってきておりまするが、

 近々、再び大きな戦があるのかもしれません。宇喜多秀家様は五大老……。

 巻き込まれる懸念がございます。私は仲睦まじい豪様と宇喜多殿を失いたくはございません」


 守景は懇願するように豪に頭を下げる。全ては秀頼を守る為なのだろう。

 豪は感じ入り、笑顔を作り、守景を慈しむ。その慈愛の精神は崇高なるものだ。

 豪とて、豊臣家を蔑ろにし、権力を振りかざす徳川を快く思ってはいない。

 夫、秀家の将来を脅かす脅威は徹底的に排除する他ない。

 だけど、そんな危険な戦いに弟のように可愛がっている守景を巻き込むのは気が引けた。


「守景。貴方には秀頼様をお守りすると言う大事な役目があります。

 貴方はまだ子供です。危険な戦に貴方を巻き込みたくはない。戦の事は私達に任せなさい」


 豪は守景を戦に巻き込むつもりは毛頭ない。むしろ守るべき存在なのだ。

 しかし、夫の秀家は家康に勝てる見込みなど無かった。家康は元禄元亀を生き抜いた名将。

 秀吉に猫可愛がりされた温室育ちの夫とは毛色が違った。だけど、豪は秀家を見捨てはしない。

 秀家が例え敗れても、夫を愛する気持ちに変わりはないと自負しているのだ。

この作品の豪姫の才覚は尋常ではありません。

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