16 主家の御為に(吉川広家)
16 主家の御為に(吉川広家)
南宮山。吉川広家本陣――。
白髪交じりの壮年の武者が、黒光りする甲冑を纏い、山の頂上から戦況を眺めていた。
大国毛利家の軍事を司る立場にある吉川広家は秘密裏に家康と内通していた。
一切の戦いを静観し、徳川の世が近い事を早くから見抜き、黒田長政を仲介として、
毛利家の所領を安堵と言う盟約を結んでいた。
広家は戦いを静観しつつも、様々な想いを巡らせていた。
「黒田長政殿……貴殿を信じ、毛利家の命運を全て託します。
毛利は約束通り、この決戦には加わりません。
毛利輝元様、貴方は西軍の総大将に祭り上げられて気を良くして浮かれていた。
そんな輝元様の器量では、家康様に対抗できないのです」
静観を決め込む広家だが、隣に本陣を置く、毛利輝元の養子であり、
毛利家次期当主で輝元の名代として一万五千の兵力を有する毛利秀元が烈火の如く、
一行に軍勢を動かさない広家に強引に詰め寄った。まだ青年と言って過言ではない見た目であった。
「広家……! 貴様、家康に尻尾を振っておるな!
何が毛利家の命運だ! 家康を討ち滅ぼし、毛利家が天下を取るための布石とするのだ!
さっさと軍勢を動かして、家康の背後を脅かすのが我らの務めだ!」
まだ年若く、血気盛んな秀元は本気で毛利家が天下を取れると信じている。
広家は激昂する秀元を見て、まだまだ青いと一笑に付した。
「秀元様、毛利家は天下など目指せません。遠い昔、太閤殿下に屈した時、
毛利家の天下への夢は終わりを告げたのです。今更、天下など目指せましょうか。
秀元様は毛利家の跡取りとして見込み違いでした」
広家が合図すると、配下の将が秀元を囲んで拘束する。縄で縛られて木に括りつけられた。
「己! 毛利家の宗家を継承する我を縛り付けるとは裏切り者!」
毛利秀元は烈火の如く広家を罵倒する。しかし、広家は相手にはしない。
広家は盟約通り軍勢を動かす気配を見せず、南宮山は嵐の前の静けさを催していた。




